物語は師走になってから始まる③

 水澤は、花山中とは駅を挟んで反対側にある緑台みどりだい中学校で教師をしている。新卒からずっといるから三年目だと聞いた。

 溝口と水澤は四月にショッピングモールでばったり出くわして以来、時々出くわしては話をする関係だった。

 ただ、四月の出会いの時、溝口は水澤に声をかけられても彼女が京葉大学で同期の水澤だと気づかなかった。まるで整形したのかと思うぐらい水澤は変貌していた。

 教育学部にいた頃の水澤は、化粧気もなく地味で目立たない姿をしていた。長くキャンパスに通って話をする機会を何度も経て漸く気さくな娘だとわかるのだ。

 大学時代は交際相手もいなかったのではないか。そうしたことに興味も示さず、独りの世界に籠っていたイメージがある。

 喋ると面白いがそれに気づいていた同期はどのくらいいただろう。

花山はなやま中にはもう慣れた?」水澤は訊いた。

「まあね。こじんまりとしているから顔も覚えやすいし、何より穏やかだよ」

「このあたりは穏やかで平和だよ」

「そういや、水澤の地元だったな」

「母校で教えることになるとは正直思っていなかったわ」

 水澤はこの地域で育って、母校の緑台中学校で教えている。

「変わった、って言われただろ?」

「そう思われたかもしれないけど、口に出して言われないわね」

「そうか」

「学校には私を知る先生はもういないし」

 十年も経てしまえば中学校の教師などほとんど入れ替わってしまう。

 水澤は少し喋った後、帰った。

 また水澤を誘って遊ぶ話を進めるのを忘れた、と溝口は思った。

 最近、結婚相手を意識して女性を見るから遊び相手を忘れるのだ。

 水澤麗美を結婚する対象として見る意識はなかった。そうした姿を全く想像できない女になっていた。

 彼女の後ろ姿を見送りながら、学生時代より明らかにふくよかになったと溝口は思う。もっと痩せぎすだったのだ。

 それを水澤に伝えたことがあるが、水澤は大学時代の痩せていた姿の方が異常で、中高生の時の本来の姿に戻ったのだと言って笑った。

 今は胸も豊かなナイスボディになっている。


 水澤の残り香を感じていたら名を呼ばれた。今度は溝口が痛い目にあう番だった。

 医師の問診は簡単に終わった。注射は処置室で行うとのこと。また待合室で過ごす。

 なんと無駄な時間なのだと溝口は思った。しかしそれも、処置室で会った美人の看護師のお蔭で気分も晴れた。

 この病院の看護師は若くて美人が多い。ついつい連絡先を聞き出したくなる気持ちを抑えて、看護師の顔をじっと観賞して注射の痛みに耐えた。看護師の名札には「城村」と印字されていた。

 これで義務を果たして、溝口は晴れやかな気分になった。

 しかし外には、寒く、暗い夜が待っていた。溝口は自宅にしているマンションへ足を向けた。

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