物語は師走になってから始まる②

 外はすっかり暗くなっていた。下校中の生徒の顔が見分けられない。

 今日は顧問を務めるバスケット部の生徒はいないはずだと考えながら校門を出た。

 病院は駅の向こう側にある。公園になっている森と京葉工科大学けいようこうかだいがくの敷地を突っ切って行けば近道になるが、生徒に通学路として禁止している手前、通り抜けははばかれた。

 溝口は正規のルートで駅へ出て北総線ほくそうせんまたいだ。

 駅前交番の前を通りかかる。ここにはやたら愛嬌がある若い巡査がいて、通行人への挨拶に余念がなかった。

 溝口も何度も言葉を交わしたことがある。近くに旨い飯を食わせる店はないか、だとか、独身者はどこで日用品を買っているのか、といったことを訊いたりしたものだ。

 しかし今日、その彼の姿はなかった。でっぷりとした体格の巡査が奥の椅子にすわって外へ目を光らせているだけだった。

 溝口は交番の前を通りすぎた。

 さらに十分ほど歩いて白神会はくしんかい病院へ来た。内科外来へ向かう。受診したことがないから少し戸惑った。健診で来た時は同じ病院の別棟に入ったのだ。

 待合室は予想より混んでいた。暗くなってからなので年配者がいないと思ったが、代わりに学校帰りの子供を連れた母親が多くいた。帰宅後にこどもの体調悪化を知り、連れてきた、といった話か。

 溝口は注射を射つためだけに待たねばならなかった。

 退屈を紛らすために看護師たちの動きを観察した。この病院は若い看護師が多く、しかも美人揃いだと溝口は思った。結婚相手に看護師も良いなと妄想したりした。しかし病気でもしない限り出会いはないだろう。

 そうしたことを考えていたら、処置室の出入り口から目の覚めるような美人が出てきた。白黒の世界にそこだけカラフルな色がついたような感じだ。若い美人は涙目で左腕を押さえていた。

 その痛々しさがさらに視線を集める。

 溝口はその彼女が顔見知りだと気づくのに時間を要した。彼女の方が溝口を見つけ、近寄って来るまでそれが誰なのかわからなかったのだ。

「溝口君!」と呼ばれて、ようやく彼女が京葉けいよう大学で同期の水澤麗美みずさわれみだとわかった。

「水澤じゃん、なに泣いてるんだよ」

「インフルエンザの予防接種をしてきたのよ」

「それで泣いているなんて、子どもみたいだな」

「痛いんだからしょうがないでしょ!」

 水澤は怒ったように言った。

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