物語は師走になってから始まる⑤
二年生の担任団は、一組担任の
入れ替わりの激しい
胡麻塩頭に黒眼鏡。昭和の馨りを漂わせている。
溝口は荒田の英語の授業を見学したことがある。ゆっくり喋る典型的な日本語英語に溝口は唖然とした。
よくできる生徒は静かに自習していた。それ以外の生徒は寝ているありさまだ。
一組の担任業務は実質的に副担任の
また痩せたのではないか。
手足が細く、美脚のモデル体型だと溝口は思っていたが、最近は頬も少しこけたようだ。顔色も悪い。
溝口としては声をかけて悩みがないか聞き出したくなる。しかし、
宮嶋は、荒田の何らかの指導を受けた後、自分の席につき、小さくため息をついた。
「幸せが逃げるよ、宮嶋先生」
ありふれた言い回しに溝口は呆れた。空気の読めない男の典型的行動だ。
他の教師たちは自分の仕事に集中しているふりをしていた。
「すみません……」
宮嶋は反射的に謝っていた。最近の宮嶋はネジが狂ったみたいに的外れな反応をする。
貴家が何か話しかけていたが、声が小さく溝口は聞き取れなかった。
宮嶋は貴家の方に顔を向けず、正面を向いたままただ頷いていた。すでに心ここにあらず、だ。
宮嶋には適当な相談相手がいないようだ。指導役の荒田は歳が離れすぎて話も合わない。声をかけて来るのが貴家のような能天気な男では宮嶋も可哀相だ。
同性の若い教師なら良いはずだが、宮嶋自身が、誰かに相談する選択肢を失念しているようだった。
学生時代の自分なら後のことを考えずに宮嶋に迫っただろうと溝口は思った。そうして何人もの女性を手に入れ泣かせて来たのだ。それもずいぶん昔のような気がする。
今やただの優しくおとなしい男だ。悩んでいそうな女性を見ても、ただ遠巻きにしているだけなのだ。それはそれで困ったものだ。
そこで溝口は考えた。もし近いうちに宮嶋と二人になる機会が偶然あったなら、宮嶋に悩みの一つでもないか聴いてやろう。その機会がなければ、何もしない。これは一つの賭けみたいなものだ。
溝口はそう決めて、宮嶋から目を反らした。
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