第2話 涙のわけ

「何があったんだ?」


俺は人目につかないベンチに花森を移動させ、泣き止んだタイミングでそう尋ねた。


「別に…何も…。」

「何もって…そんなわけないだろ?言いたくないなら無理に言えとは言わないけど、さっきの状況結構危なかったろ?」

「助けてくれたことは感謝してる…ありがとう。でももう気にしないで。大丈夫だから。今日会ったことは誰にも言わないで。」


全然大丈夫じゃなさそうなくらい震えていたがそう言われるとほぼ話したことのない俺が突っかかるのもなあ…と思い何も言えなかった。そうしている内に彼女はそそくさと立ち去ってしまった。


「まあ仕方ないか…。」


ため息をつきながら俺は呟いた。そのまま教室へ戻り、遅いぞと少し怒り気味な寛治を宥めつつ一緒に帰った。特に花守のことは言わず「先生に新しい雑用を頼まれたから遅れた」と伝えた。まあ泣き顔なんて見られて嬉しいもんでもないしそもそも口止めされたしな。


翌日も特に昨日と変わったことはなかった。いつも通り寛治と海と話し、先生に雑用を頼まれプリントを置きに行き、また昨日と同じように花守は絡まれていた。

………いや何でだよ!?

そのまま俺は昨日と同じように男を追い払い、花守をベンチに連れて行った。やはり花守は震えていた。

「何でまたこうなったんだ…」

俺がそう呟くと花守は気まずそうにごめん、あなたに迷惑をかけるつもりはなかったんだけど…と言った。

「ああ、いや迷惑とかは思ってないよ。俺が勝手に追い払っただけだしな。でも昨日限りだと思ってたから少し吃驚しただけだ。」


「私も昨日だけだと思ってたんだけど、話が通じなくてさ…。」


「何があったか聞いてもいいか?流石に2回目となると聞いておきたい。」

俺がそう聞くと花守は少し渋っていたが決心したように話し始めた。


「特に大した理由でもないよ。私が彼氏できたことないのを真里と瀬里奈が知って、いい男紹介してやるって紹介したのがあの人。私は別に彼氏いらないしいいって言ったんだけどもう連絡しちゃったからって言われて。あんな強引な人だとは思わなかったけどね。」


そういう花守の声は震えていた。怒りというよりは男に言い寄られた時のことを思い出して怖くなっていたんだろう。


「それは災難だったな…。だとしても何で今日も来たんだ?昨日だけならまだわかるが…」


「あの2人が邪魔が入ったっていうのを聞いてもう一回会えって言ってきたの。私は勿論嫌だって言ったんだけど…。私が行かなくてずっと待たせちゃうのも申し訳ないし、ちゃんと話したら分かってくれるかなって。まあ結果はあの通りだけど…。」


これからどうしよう、と花守は呟きその声は涙ぐんでいた。


「ごめんね渡瀬くん。なんか巻き込んじゃったみたいで。私のことは気にしなくていいから。」

彼女はそう言って俺に笑いかけた。


俺はとんでもない誤解をしていたかもしれない。ただギャルというフィルターを通して彼女を見ていたから、どうせ自分勝手で排他的、男を下に見ているような酷い連中なんだろうと思っていた。でもそんなことはなかった。花守は今震えている。理不尽な事をされた上でそれを飲み込み俺への心配を優先している。何て優しい子なんだろう。だから俺はこの子を誤解していた事を申し訳なく思いつつ、助けたくなった…。


「気にしないでなんていうけどさ、解決策あるのか?このままだと花守、ずっとあいつに付き纏われるんじゃないか?」


俺の言葉に花守は俯いて何も返さなかった。


「これからどうするつもりなんだ?」

俺がもう一度尋ねると花守はゆっくりと口を開いた。


「…2人に頼んでみる。」


「2人って本堂と浅田か?でもあいつらに嫌だって言ってもダメだったんだろ?」


「あの男の人ともう一回話してみる。」


「それこそ危ないだろ。昨日今日のことを忘れたのか?」


「私が耐えればいい。そうすれば誰も傷つかないしあの2人も喜ぶ。」


「それじゃ花守が傷つくだろ。誰かのために自分を犠牲にするなんて考えやめろ。お前は悪くないんだし。」


「じゃあどうすればいいの?あの2人を説得なんて出来っこないし、あの男の人にも敵わない。私にできることなんて耐えることしかないじゃん!」


俺が否定し続けたからか花守は少し語気を強めて言った。だが、そんな案を俺は納得できない。優しいやつが優しくないやつのために傷つくなんてそんなのは駄目だ。だから俺は大声を出したからか息を荒くした花守にこう言った。


「俺にいい案がある。」

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