第12話『マスコットの矜持』
世の中には、女の子が二人いるだけで百合だなんだと騒ぐ者がいる。
まぁ、同じ様に男同士で一緒に居るだけで薔薇だなんだと騒ぐ者もいるが、まぁ後者は今回関係ないので、置いておこう。
そう。大事なのは、女の子が二人いるだけで百合だと、女の子同士で恋仲なのだと妄想する連中がいるという事実だ。
そんな者たちにとって、女の子ばかりが集まった世界はどの様に映るだろうか?
言うまでもない。
男という害虫の居ない花園だ。
さて。そんな空間に男を投入するとどうなるか。まぁ、言うまでもない。炎上だ。
初めから男がいる事を示唆していれば、ある程度理性的なファンも居るだろうが、真実突然男が生えてきた場合、ほぼ確実に炎上する。
炎上しない場合、その作品に人気が無いか、そういうファンが少なくて運が良かったというだけだ。
では、ここで第七異世界課を考えてみよう。
始まった当初からゲストとして現地の異世界人が出てくる事はあったが、基本的にレギュラーキャラは女の子四人だ。
そして高い満足度を叩き出している。
ここに男キャラを出す事は大変冒険心があると思う。
少なくとも俺には出来ない。
という訳で、小動物の投入である。
ちなみに大型動物では駄目なのか。という意見については、場合によりオーケーなのではないかと返しておこう。
クマとかが分かりやすい例だが、ハチミツばかり食べてるロビン少年の隣にいるようなクマの様な立ち位置なら良いと思うが、あれだって随分とデフォルメされた姿だ。
間違っても北の大地で金塊を奪い合う男たちのサバイバルバトルに出てくるような姿はしていない。
一般的に、バトル物や冒険物においては大型の動物はロマンの塊として、デカければデカい程良いが、小さなスペースで行われるゆるふわ系作品においては、小さく、メインキャラの魅力をより際立たせる存在の方が良いとされるのだ。
という訳で俺は、フェレットとなった体で森の中を駆けていた。
何のためにって? 出会いのイベントを作る為に決まっているだろう。
当たり前の話ではあるが、前の話まで居なかった物が突然増えていれば人は何事かと思うものだ。
本当に小さな道具とかなら良いが、小動物はそれなりに目立つ。
という訳で、彼女たちの店に現れてもおかしくないイベントを用意する必要があるという事だな。
そして、俺は目的の物を見つけると、足を止めて息を大きく吸い込んだ。
この世界。第七異世界課の人たちが居るこの世界において、唯一と言っていい危険が今俺の目の前にある。
それは、魔力の過剰摂取による暴走だ。
普段は大人しい動物も、魔力を過剰に摂取する事で、狂暴化し、暴れるというものだ。
俺の目の前には、それで狂暴化した最も危険な生物……クマが木をなぎ倒していた。
(このサイズで見ると、巨大どころの騒ぎじゃないな。元の人間サイズでも見上げるような大きさなのに、フェレットサイズでは、もはや怪獣だ)
しかし、逃げ出す訳にはいかない。
何故なら、俺の行動を既に視聴者は見ているし、これが出会いの切っ掛けになるからだ。
という訳で、俺は暴れている大怪獣クマに飛び掛かり、その体の中に溜まっている魔力を吐き出させるべく戦いを始めるのだった。
長く、苦しい戦いだった。
生きているのが不思議なくらいだ。
研究部署の人間が、頑丈に作っておいたと言っていたが、それでもギリギリとは。
俺は地面に血を落としながら、全身を朱く染めて、一歩一歩歩く。
彼女たちに聞いた店の場所へと。
しかし……流石に血を流し過ぎたせいか、俺の体は途中で力を失い、地面に倒れて意識を失ってしまうのだった。
どれくらい長く寝ていただろうか。
温かい空気に目を覚ました俺は、俺を見つめる顔に、ビデオを繰り返し見て覚えてきたフェレットの動きで応える。
どうやら途中で野垂れ死にする事はなく、無事彼女たちの店に入り込む事が出来たようだ。
「わっ! わっ! 目を覚ましましたよ! 皆さん!」
「本当ですか!?」
わぁっと、集まってきた少女たちに、俺はサッと体を動かして、テーブルの上から窓際に移動した。
別に警戒している動物の動きをしたかった訳ではなく、ただ、淫獣にならない為である。
女の子に近づいて、淫らな真似をする獣を我々は淫獣と呼び、忌み嫌ってきた訳だが、俺自身がそれになる訳にはいかない。
だが、俺の行動がご満足いただけなかったのか、頭に直接 不満そうな声が聞こえてきた。
(もう! 動いちゃ駄目ですよ! 酷い怪我だったんですから!)
(そうです! そうです! アゼリアちゃんの言う通りですよ!)
(いや。別に死んでも元の体に戻るだけですし)
(何を言っているんですか! 痛いものは痛いんですよ)
(それはそうでしょうが、近づきすぎは駄目です。炎上します。良いんですか? 満足度が下がりますよ)
(それはそれです!)
「……アゼリアちゃん。もしかしたら、怖がっているのかもしれません」
「酷い怪我でしたからね。では安心させてあげましょう」
次の瞬間、アゼリア様の口から柔らかい歌声が聞こえ、俺は突如襲ってきた眠気に、力が抜けてゆく。
なんと卑怯な!!
と、訴える事など当然出来るはずもなく、俺はあっさりアゼリア様に掴まり、抱きかかえられ、治療用のテーブルの上に置かれた。
逃げ出そうとしても、逃げられず、仕方ないと俺は大人しく治療を受ける事にしたのである。
しかし、まぁ、よくよく考えてみればいきなり懐いているよりも、こうして抵抗している方がそれらしいかもしれない。
こっちは森でクマとも戦うヤンチャなフェレットな訳だし。
かくして俺は完治まで、大人しくハンカチのベッドの上で眠り、餌を貰い。少しずつ懐いてきた演技をする。
また、行動する際には必ずテーブルの上を走り、淫獣の様に床を走って秘密の世界を覗く様な行為は決してしなかった。
少女たちに触れる際にも、こちらからは近づかず、あくまで向こうが近づいてきたから触れる程度の物だ。
それすらあまり危なそうな場所には近づかず、一番近づいた時でも肩の上くらいなものだ。
これが良かったのか。この時の満足度は何と90点を超えたらしい。
コメントを確認すると、フェレットを助けている姿に尊さを感じたとか。
ペットの可愛さを理解したとか。
このフェレット欲しいとか。そういう系のコメントが多かったらしい。
しかし、フェレットばかり映っているのが気に入らないという意見もあり、まぁ賛否両論という所だろうと思う。
この辺りは仕方ないだろう。
(でもまぁ、良いテコ入れにはなったんじゃなかろうか)
(タツヤさん! 本当にありがとうございます)
(私、感動しました!)
(見てください! 90.2点ですよ!? 信じられません! 会社始まって以来の快挙だそうですよ!)
(これも全てタツヤさんのお陰です!)
(いえいえ。皆さんの素晴らしさを視聴者の方が再認識しただけですよ)
まぁ、謙遜でもなく真実そうである。
一部フェレットに喜んでいる奴もいたが、殆どの意見はフェレットを慈しんでいるお姫様たちに癒されている。
つまりはそういう事だ。
という訳で、そろそろ二カ月の休暇も終わるし、俺の役目も終わりだな。
(このまま凄い記録が作れるのではないでしょうか!?)
(あー。ではその辺りは頑張って下さい)
(あれ? タツヤさん? 何故、そんな他人事の様な)
(あぁ。そろそろ休暇も終わりますので、私は元の第三異世界課に戻ります。小動物でウケる事は分かったので、後は獣人の方に依頼を……)
((((えぇぇえええええー!!?))))
うっさ。
耳……じゃなかった、頭壊れるかと思った。
しかし、何をそんなに驚いているのだろうか。
俺がやるのはあくまで実験的な手段だと説明したのに。
まぁ、良いか。
どの道、俺はあくまでお手伝い。後は本職の獣人さんにお願いするとしましょう。
という訳で、俺はこの世界から退場する為に、暴走し、こちらに飛び込んできた犬の前にその身を晒した。
そして、俺は先ほどまで肩に乗っていた アゼリア様を庇う様にして、犬に噛みつかれ、この世界でのフェレット生を終わらせるのだった。
ちゃんちゃん。
ほな。来週からは別の小動物を楽しんでな!
俺は元の世界に帰らせて貰うぜ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます