第13話『聖女様は曇らせたい』
突然だが、株式会社デモニックヒーローズにはヤバイ人物が何人かいる。
まぁ、ただヤバイというだけなら、数々の発明品を作っている研究部署の連中とか、アーサーみたいな超強くて負けなしの勇者みたいな人など色々居るのだが。
今回俺が話したいのは、そういう能力がぶっ飛んでいる連中ではなく、精神がヤバイ人間である。
例えば、アーサー達との都合がつかず、一人で店飲みをしていた俺の前に勝手に座ってきた聖女様とかがそうだ。
「えっと、ラナ様?」
「ラナと呼び捨てでお呼びください。私たちは同じ会社の一員ではないですか」
「いえいえ。その様な事は、せめてラナさんと呼ばせてください」
「クス。そうですか? ふふ。では私はタツヤさんと呼ばせていただきますね。ふふ。ふふふふ」
こわ……。
急に笑い出したんだけど。コワ……。
どういう世界の方なんだろうか。
少なくともあまり関わりたい人物では無い。
「タツヤさんは、『曇らせ』というものを御存知ですか?」
「え? えぇ。まぁ、それなりに。名前くらいは聞いたことがありますよ」
「そうですか。ふふふふふ。やはりそうですよね? ふふふふ」
今の話の中で面白い部分は欠片も無かったですが、と指摘する勇気は残念ながら無い。
ただ、俺も曖昧にニコッと笑うだけだ。
そんな俺の反応がおかしかったのか、聖女ラナ様は先ほどまで以上に笑う。
怖いよ。さっきから何なの? 何がそんなにおかしいの!
「ではタツヤさんは私の同志という事ですね?」
「いえ。それは違います」
って、やべぇぇえええ!! あまりにも怖くて、咄嗟に否定してしまった。
ほらぁ! あんまりな事態に、目をぱちくりさせてるやん!
そりゃね? 見た瞬間に、思わず目で追ってしまうくらいの美人さんですし? しかも笑っている時は可愛いと素直に思う様な姿ですから、反対意見とか言われた事無いのかもしれないですけど。
今の貴女様に同意するのは難しいっス!
「……ん、んんっ! 素晴らしい方ですね。タツヤさんは」
「……」
何か喜んでる。
いや、悦んでると言う方が正しいだろうか。
思ったよりヤバいのが飛び出してきたな。どうする?
俺が答えのない自問自答を語り続けていると、聖女ラナ様が一つの回答をくれた。
持っていた鞄から取り出したのは一つの小型端末で、そこには俺がつい先日フェレットになり参加していた第三異世界課の映像が映し出されていたのだった。
「これは……?」
「私が長年探し求めていた答えがここにあります。そうですね?」
いや、聞かれても知らんがな。
その答えは貴女だけが知るものでしょう! とかやりたい。
「お話を聞かせていただいても?」
「えぇ。勿論」
聖女ラナ様はそう言うと、動画を早送りし、俺がサヨナラバイバイする時の映像を流してきた。
『っ!』
『アゼリアちゃん!!』
『あっ……! そ、そんな』
『じょ、浄化しないと……!』
ワイワイと慌てながらアゼリア様たちは、危うげなく、暴走する犬を浄化すると、犬の口から零れ落ちた、俺だった物を抱き上げる。
そして、ポロポロと真珠の様な涙をこぼすのだった。
『どうして……こんな』
『私たちが、この子を助けたから、その恩返しをしようとしていたのかもしれません』
『そんな! 恩返しだなんて、私たちはそんな!』
『えぇ。私たちはその様な事を望んでは居ませんでした。ただ、共にいる事が出来ればと。しかし、この子はそう思わなかったのかもしれませんね』
淡々と話している様で、声が震えているウィスタリア様に、流石、ゆるふわだけで長年やってきているだけあって、演技力凄いなと俺は純粋に感動する。
ウィスタリア様だけじゃない。アゼリア様もデイジー様もローレル様も、まるで心からこのフェレットが居なくなる事を惜しんでいるようだ。
中身俺なのにな。ウケる。
いや、笑ってる場合じゃねぇわ。俺もしっかり見習わないと。
「どうですか? 美しいとは思いませんか?」
「えぇ。まぁ」
とんでもねぇ。神技みたいな演技力を見せつけられている様な気分だぜ。
俺とチャーリーとか気分が乗らないと演技ボロボロだからな。
まぁ、だからこそ死ぬ気で戦わないと駄目な世界で演技じゃない行動している訳ですけども。
「やはり! 貴方様は分かっていてこの様な行動を取っているのですね!? やはり……同志……!」
「いえ。違います」
「否定されないで下さい。私もタツヤさんと同じなのですから!」
「同じって……同じ所はどこもありませんよ」
見た目も能力もダンチやで。
いや、そもそも聖女ってかなり人が少なくて、聖女と呼ばれているだけでとんでもない事なんだって、人事のヒナヤクさんも言ってたし。
ヒナヤクさんみたいな素晴らしい方が言うのなら、本当にその通りなのだろう。
はぁー。ヒナヤクさんみたいな人と付き合いてぇ。出来るなら結婚したい。
無理だろうが。
たまに二人で飲めるだけで満足しておこう。嫌われたら生きていけんからな。
「……そ、そうですよね。私の様な者が、タツヤさんほどの方と同じだなんて、おこがましいですよね」
「何の話ですか? いや、え?」
「私、初めてタツヤさんが異世界に行った時の動画を見て、感動したんです! こんなにも、心を揺さぶられる様な事があるんだって、涙が溢れてしまう様な事があるんだって、私知ったんです。それからタツヤさんが積極的に行っているのが『曇らせ』だと知って、私も同じ様に心を揺さぶりたいと思ったのです!」
マジで何の話? である。
初めて行った世界と言えば、世界を救ったはいいけど、俺だけ残っちゃって、どうしようかどうしようかと悩んでいた末に、小さな村が大量の魔物に襲われそうだって、魂のアーサーから聞いて、それを食い止めたついでに死んで帰還出来たという、間抜けを晒した奴である。
思い出したくもない。
恥ずかしい思い出だ。
「私、その動画を大切に残しているんです。毎日、毎日、夜になると必ず見て、そして私も見習わなくてはと心に刻んでいるのです」
やめて?
死ぬほど恥ずかしいから。
止めて?
と、言いたいが、美人さんにそんな事を言えるほど、俺のメンタルは強くない。
豆腐。圧倒的豆腐メンタルなのだ。俺は。
故に、目の前で流れ始めた動画に思わず白目になるのだった。
『向こうの村に魔物が迫ってきている。セドリック。頼む。村人たちにこの情報を伝えてくれ』
『分かった! では私が伝えに行こう! 君はここに居てくれ。魔王を倒した英雄を一人にしてしまうのは、申し訳ないが、魔物から逃げるくらいの体力は残っているだろう?』
『あぁ』
『では私は行ってくる!』
『さて……行くか!』
俺は現地で知り合った英雄セドリックが見えなくなった瞬間に立ち上がり、遠く魔物の群れが走る場所へ向かい、最期の力を振り絞って、魔物の群れに突っ込んだ。
前ばかりを見ていた魔物は側面からの攻撃に対応出来ず、数匹が一回の攻撃で力を失い地面に倒れる。
だが、敵はそれだけではないのだ。俺はすぐさま武器を構え、魔物の群れに突っ込んだ。
まぁ、この時、非常にちょうど良かったのは魔物を全て倒し終わった後で、俺が限界を迎えたという事だろうか。
血の海で仰向けに倒れながら、俺は安堵の息を吐く事が出来たのだ。
『タツヤ……? タツヤか? タツヤ!!』
『あー。その声……セドリックか』
『目が、見えないのか? それに、その体! どうして!!』
『どうしてって。言っただろう? 俺たちはこの世界を救う為に武器を持ったんだって。だからさ』
『タツヤ……! 言っていたじゃないか! 君も、チャーリーも、全部終わったら娼館を貸し切って三日三晩遊ぶと! このまま死ぬな!!』
『あぁ。そうだな。それが、出来ないのは、ちと、残念だな』
『そうだろう!? 大丈夫だ! 私が世界中の美女を集めてやる! みんな君に、君たちに救われたんだ! 喜んで来てくれるさ! だから、目を開けてくれ!』
『……』
『タツヤ! おい! タツヤ!!』
『悪いな。セドリック。俺は、もうアーサー達の所へ、いくよ。後は、お前らで、楽しんでくれ』
『君たちを抜きに、楽しめる訳が無いだろう! 何を喜べばいい! どう笑えばいいんだ! 英雄を失って得た平和など!』
『大丈夫だ。明日は来るんだ。それを喜べばいい……なぁ、セドリッ……』
『タツヤ? タツヤ。冗談だろう? なぁ。聞いているんだろう? 答えてくれ! タツヤ! タツヤ!!』
この後、セドリックはまぁまぁ元気に英雄やっていると聞いて安心したものだが、
我ながら退場の仕方が酷い。
心残りになるみたいな死に方するなと。
まぁ、その点最近はかなり綺麗に立ち去れている気がするから、俺も成長しているという訳だな。
「あぁ……美しい」
しかし、この人。俺の失敗している動画の何が楽しいのだろうか。
意味不明だ。
分からんし、とりあえず酒を追加するか。
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