第11話『リスクとリターン』
つい先日アーサーから聞いた話だが、神様というのは信仰を非常に重要視しているらしい。
何故なら、俺たちとは違い、神様は直接物語に干渉する機会が稀だし、干渉したからと言って、それが給料に直接反映しないからだ。
重要なのはあくまで信仰。
だからこそ、彼らは信仰を集めるべく、何とか異世界へ行ってみたり、会社内で作れる場を用意する訳だが。
これはあくまで神様の話であり、床に座り込みながら、俺の椅子を揺らしている痴女には関係のない話である。
「それで、相談と言うのは」
「はい。以前にも同じお話をさせていただいたのですが、このまま何もない物語を続けていても良いのか。不安があるのです」
「えぇ。確かそういう話でしたね。ですが」
「はい。タツヤさんは変える必要がないとの事でしたが、やはりと言いますか、満足度はずっと変わらないのです」
「そうですか」
まぁ、個人的には満足度がずっと継続して高いならあえて何か手を加えない方が良い派だが、変わらない状態というのが怖いのだろうとは思う。
いや、おそらくは数字が変わらないから怖いのではなく、ある日突然数字が下がった時に、何も対策をしていなかった自分たちが何か出来るはずもない。という考えから、まだ高い今のうちに出来る事を少しずつしていって、高くなるのならそれで良し。変わらなくても、いつか満足度が下がった時に状況を好転させる手段を確保しておきたい。という所かな。
「ふむ。そうですね。何となくですが、状況は見えました。そして、物語を大きく変えないテコ入れも見当はつきます」
「本当ですか!?」
「はい」
要するにゆるふわ作品のテコ入れの話だろう?
なら、何となく想像が出来る話ではある。
「まず先に、忠告という訳では無いのですが、一つだけ。私の意見は全部が全部正しいという訳では無いので、話を聞き、その上で皆さんでお話合いをしていただき、結論を出していただきたいという点はお願いします」
「はい。分かりました」
四人は淑やかな笑顔で頷き、俺はお茶を一口飲んでから、資料を手に持ちつつ話を始めた。
「最初に、大前提として。私は現行の物語を大きく変える事を良い事とは思っていません。これは以前にも言った通り、客は店の看板のメニューを見て、商品を想像しながら待つのです。確かに、一般的ではない調理法を使って商品を作り、それが客の想像を超えていた場合、客は喜ぶという事もありますが、これはあくまで想像を超えていた場合です。方向性は同じながら、客が想定した着地点よりも向こう側に飛び越えている場合なのです。見当違いな方向へ飛んでいた場合、それは不快感にしかなりません」
「……はい!」
「実際の所、高い満足度を出している状態での路線変更について、正直乗り気ではない理由はここにあります。物語の作成が遠投……つまりは遠くへボールを飛ばす競技であるならば、どの様な形であれ、より向こう側へと飛んでしまえばそれが正義でしょう。しかし物語は遠投ではありません。カーリングなのです」
俺はカーリングの言葉を聞いて、何のことやらという様な顔をしている全員に、ホワイトボードを使って、遠く離れた円形の丸にストーンという名前の漬物石を滑らせて、ピッタリと止める競技なのだと説明した。
そしてその上で円形に近づけば近づくだけ高得点なのだと再度説明する。
「そして、私たちの物語を見て、客が付けている満足度は、コレなのです! 中心点。つまりは彼らの好みに近づけば近づくほどに高得点。より高みを目指すという事はこの中心点を狙うという事。しかし、今現在中心に限りなく近い80点を出しているこちらの物語において、何かしらのテコ入れを行うという行為は点数を著しく下げる可能性もある諸刃の剣なのだという事はよくよく理解していただきたい」
「は、はい! 先生!」
「よろしい。では、この上で私の考えるゆるふわ作品のテコ入れについて、一つの案を提示します。それは、新キャラの加入です」
「新キャラの加入……?」
「そうです! 既存のキャラクターばかりでは視聴者も少しずつではありますが、飽きてくる物。しかし、長く続いた作品で、キャラクターの関係性に変化を入れるのはリスクです。例えば、ウィスタリア様とアゼリア様は現在隣同士で座っておりますが、この関係性にテコ入れをして、二人を近づけたり、遠ざけたりしたらどうでしょう? 既存の距離感を気に入っているファンは不快に思う可能性があります。まぁ、無論受け入れる人も居るとは思いますが、その割合がどの程度なのかは慎重に少しずつキャラクターを動かしてみるしかありません。ただ、この作戦は失敗した時に元の状態へ戻すのが非常に困難なため、容易く試せる新キャラ加入の方が良いと私は考えます」
「はい! 先生! でも、新キャラさんがお客様に気に入られない場合はどの様にすれば良いのでしょうか」
「クビです」
「え?」
「物語から完全に、徹底的に排除します。毛先の一本すら残さず、痕跡を欠片も残さず消滅させます」
「え、いや。でも、その方も、頑張っていたのに」
「必要ありません。その様な同情は! 必要なのは数字を増やす事の出来る新キャラなのか、もしくは減らす害悪なのかの判断です! そして、判断した以上、必要のない物は消さなくてはいけません。その存在そのものが害悪なのですから」
「……!」
俺の言葉に全員が完全に固まっていた。
まぁ、分からなくはない。
どこからどう見ても、みんなで仲良く頑張ろうね。という様な空気感でやっている様なチームだ。
俺の言う、地獄の編集会議みたいな空気ではやっていないだろう。
しかし、固定のファンが付いた作品にテコ入れをするというのはそういう行為なのだ。
適当な気持ちで行えば地獄を見る。
最悪は打ち切りだ。しかし、それをさせる訳にはいかない。
「で、でも、その様な事を、どなたに頼めば」
「私がやります」
「え?」
「無論可能かどうかは分からないので、研究部署に相談する事にはなりますが、私が新キャラをやります」
俺の言葉に少しだけ、ゆるふわ国のお姫様方が喜んでいる様な雰囲気になった。
うぬぼれにはなるが、多少心は許して貰えているという事なのだろう。
ならば……。
俺が新キャラとして加入する際の立ち位置は完全に決まった。
「あの! 先生。その新しいキャラクターというのはどの様なものを想定されているのでしょうか」
「もしかして! 旅の剣士様とか!」
「私は先生役が良いと思います!」
『女神様の信者にしましょう。それが良いと私は思います!』
痴女以外の意見に耳を傾けながら、俺はホワイトボードに新キャラとして合格なものを書いてゆく。
「女の子が多いゆるふわ系作品において、追加キャラは基本的に女の子です。もしくはイケメン騎士。完璧で優しくて、どんな時でも女の子を優先し、危機的状況にはどこからともなく現れて、常にキラキラ光っている様な理想の具現体。まぁ、アーサーの様な男ですね」
「『えぇ……?』」
いや、なんだその反応。
アーサー格好いいだろ。アーサー!
いつだって爽やかに笑って、異世界でも女の子にキャーキャー言われてるぞ!
「タツヤさんはアーサー君の良い所ばかり見てますから」
『そうそう。アーサーって我儘だし。面倒くさいし。うるさいし。独占欲強いし。近くに居ると面倒な男ナンバーワンですよ?』
「んなワケ! いやいや。男という生物は女の子の前で格好つける生物なんですよ? まさかまさか! 俺と居る時が素ですよ。まぁでも、ウィスタリア様はメリアさんはアーサーの同郷ですからね。もしかしたら、そういうヤンチャな部分もよく見ているのかもしれませんね。でも、アーサーだって、そういう面ばかりじゃないんですよ。いつだって格好良くて、凄い良い奴なんですから」
「『はぁ』」
だからなんやねん。その反応。
コイツ分かってねぇなみたいな反応!
言わないけどさ! 気になっちゃうなぁ! まったくもう!
「と、とにかく。ウィスタリアちゃんとアーサーさんの話はまた今度にしましょう。それよりも先生がどの様な役柄になるかを決めて、私たちもどうするかを決めませんか?」
「そうですね。デイジーちゃんの言う通りだと思います」
「ありがとうございます。デイジーさん。ローレルさん。では私の役割を言いましょう」
俺は無駄に溜める必要は無かったのだが、緊張しすぎて酸欠になり、クイズ番組の様にためてしまった。
そしてそのせいで、アゼリアさんがわざわざ俺の言葉を繰り返して、「役割は?」と聞いてくれる。
なんて良い人なんだろう。涙が止まりませんよ。
ここまでお膳立てされた以上、ハッキリしっかりと俺は告げる。
「ずばり! 小動物です!」
マスコット王に、俺はなる!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます