第5話『しっかりしろよ。僕のライバル。格好いい男を目指すんだろ』
夏の大会が始まり、僕たちは全戦全勝で走り抜けた。
大野から始まり、僕が抑えて相手チームは出塁すら出来ずに終わる。
そしてこちらの打線は昔のチームからはかなり強化され、一番の鈴木、四番の立花先輩、五番の古谷君が並び、どうやっても一回から大量得点を取られる地獄の打線を作り上げた。
しかも大会中何度か立花先輩が常識を超えたバッティングをしており、敬遠した球をフェンスに直撃させたり、もはや止める事は不可能な人となっていた。
そのおかげもあり、僕たちは全国優勝した。
それは良い。
だが、現在僕は野球ではない問題について頭を悩ませていた。
「うぅぅ、どうするべきか」
「僕は謝った方が良いと思うけどね。確かに佐々木君の考えは分かるけど、言い方もあるでしょ」
「分かってるけど。分かってるけどさ」
「女の子って佐々木が考えている以上に繊細なんだぞ。優しくしてやれよ」
「鈴木に言われると腹が立つけど、言っている事は分かる」
「なんでだよ!」
僕たちは中庭で弁当やパンを食べながら話をしていた。
その内容は、つい三ヶ月前に僕が傷つけてしまった女の子。紗理奈の事だ。
それを古谷君に相談していた所、何故か鈴木まで話しに乱入してきたのだ。
「でもさ。本当に良いのか?」
「何がだよ」
「千歳さんだっけ? 最近、良くない奴らと付き合ってるって話だぞ」
「……僕には関係ないよ」
「まぁ。そうだね。僕たちには関係ない。それは確かにそうだ……でもさ。佐々木。困難を見つけた時、逃げるのが君なのかい? 僕なら立ち向かうけどな」
「鈴木」
「しっかりしろよ。僕のライバル。格好いい男を目指すんだろ」
「分かってるよ」
僕は、励ましてんだか、煽ってんだか分からない鈴木の言葉に返事をしながら、教えて貰った最近紗理奈がうろついているという場所へと向かう事にした。
かつて僕と紗理奈がよく居た空き教室。
その中をそっと覗き込むと、中にはあの時と何も変わらず、椅子の上で膝を抱えている紗理奈が居た。
そしてそんな紗理奈の近くで机に座りながら笑う女たち。
確か同学年だった気がするが、紗理奈と同じクラスの女子だろうか。
一応友達は出来ているという事だろうか?
「キャハハハ。マジ。それだよね」
「ね。そう思うよね。紗理奈もさ!」
「……え、いや、うん。そうだね」
「はぁー」
「……っ」
「ホントっ、冷めるわ」
「え、あの」
「ねぇ、紗理奈。アンタ、何か面白い事言ってよ」
「おもしろい、こと?」
「そ。早く」
「面白い事、って言われても、私」
「チッ。つまんねぇな!」
「なぁ、紗理奈。面白い事出来ないならさ。服脱いで学校中を歩いてきなよ」
「ギャハハ。それ笑える!」
「そ、そんなの、出来ないよ」
「出来ない。出来ないってそればっかりだな! じゃあ何なら出来るんだよ」
「何なら、って言われても」
「出来ない出来ないってさ。私らアンタが友達になってくれって言うから、友達やってやってんだよ?」
「そうそう。何も出来ない紗理奈ちゃんと友達になりたい奴なんて居ないからね」
「あー。独りぼっちの可哀想な紗理奈ちゃん!」
「そんなお前と友達になってやってんだ。誠意が足りねぇんじゃねぇの?」
「……」
紗理奈は二人の女の子に責められ、泣きそうになっている。
見捨てるなんて選択肢はない。そんなものは初めから無い。
だから、僕は勢いよく扉を開いて、注目を集めながら三人に声を掛けた。
「友達なら、ここに居る!! だから、嫌な事はやらなくても良いんだ!」
「何だ?」
「何このチビ」
「だ、誰がチビだ! 僕は佐々木和樹!! チビなんて名前じゃない!」
「佐々木……!」
「ほら。紗理奈。もう良いだろ。行こう」
僕は教室の中に入って、紗理奈の手を取ると、教室から出ようとした。
しかし、女の一人に僕は腕を掴まれてしまう。
「何だよっ!」
「何だよはこっちのセリフなんだけど。何勝手にその子連れて行こうとしてんの?」
「勝手にも何も。君たちは紗理奈と無理に友達やってるんだろ。なら僕が変わってあげるって言ってるんだよ」
「へぇ。何? このおチビちゃん。中々可愛いじゃん」
「マジ? へぇ。確かにね」
「良い事思いついた。おチビちゃんも一緒に遊ぼうよ。君は紗理奈と一緒に居たいんでしょ? それで良いじゃん」
「離せ! 僕はお前たちなんかと友達になんてならない!」
「オッサンの相手してばっかりだと疲れるしね。チビっ子も味変で良いじゃん」
「どうせ初めて捨てるなら。イケメンの方が良いしね。このチビちゃんならギリ合格かな」
「離せ!」
「もう暴れないでよ!」
「紗理奈。アンタも押さえな! そしたら混ぜてあげるから!」
暴れる僕を、女たちは捕まえようとしていたが、遊んでるだけの奴らと違ってこっちは毎日野球やってるんだ!
負けるわけがない。
それに、紗理奈は奴らに味方しないでくれた。
そのお陰で状況は拮抗状態になった。
そして、さらに僕が入ってきた扉とは別の扉が勢いよく開き、そこから古谷君と鈴木が入ってきた。
「佐々木君!」
「逃げろ! 佐々木!」
二人は僕を捕まえていた女の子たちを僕から引き離してくれて、僕は紗理奈の手を握りながら走り出した。
教室の扉を抜けて、遠くへ。
紗理奈と遠くへ逃げていく。
廊下にいた人たちの間を駆け抜けて、どこまでも。
そして、僕たちは裏庭の桜の木の下に座りながら、息を整えていた。
流石にもう追ってくる事は無いだろうが、それでもここまで逃げてきたのは、あの二人が何か異様に怖かったからだ。
しかし、そんな事格好悪くて言えないし。
とりあえず、僕は紗理奈の安全を確かめようと、紗理奈の方を向いた。
「紗理奈。大丈夫だった?」
「うん。私は大丈夫。佐々木も、無事で良かった」
「僕は何も危険なんかなかったよ」
「なでなで」
「頭を撫でるな!」
「いや、だった? 頭撫でるの」
「それが嫌っていう訳じゃないけど、なんか子供扱いされてるみたいなのは嫌いだ」
「そっか。ごめん」
「そんなに落ち込むなよ……悪かった」
「悪かったって、別に佐々木は悪い事してないよ。悪いのは私で」
「違う。君は悪くない。とは言えないかもしれないけど。でもこんな風に言うべきじゃなかった。ごめん」
「佐々木」
「もし紗理奈が良かったら、だけど。もう一度僕と友達になってくれないか?」
紗理奈は突然涙を流しながら、僕の手を強く握りしめた。
こんなにも傷つけていたのかと、僕はかつての自分を殴りつけたくなる。
分かっていた。
紗理奈は友達を作るのが絶望的に下手くそだ。
だから入学式で知り合った僕に頼っていた。
僕がやるべきだったのは、紗理奈がちゃんとした友達が出来る様に手伝う事だった。
勿論そこまでする必要が無いと言えば無いんだけど、でも一度友達になってしまったのだから。
途中で投げ出すのは不義理だろう。
立花先輩だったら、きっと最後までしっかりと面倒を見るはずだ。
だから、僕も、そうしよう。
「紗理奈。友達を作ろう」
「ともだち、佐々木は?」
「僕はもう友達だろ。そうじゃなくて僕以外にも友達を作ろうっていう話だよ」
「それは」
「不安なのは分かる。だから、今度は僕も一緒だ。紗理奈が困った時、僕が一緒に居る」
「佐々木、私」
「だから、大丈夫だ。一緒に頑張ろう。紗理奈」
僕は日の光でキラキラと輝く涙を流す紗理奈を見て、安心させる様に笑った。
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