第4話『君じゃなくて、紗理奈。千歳紗理奈』

真新しい制服を着て、僕は鏡の前でポーズを取りながら、少し不安になる。


何か大きくないだろうか。


「ねぇ、お母さん。これ大きくない? 変じゃない?」


「変じゃない。変じゃない。男の子はすぐに大きくなるっていうからね。このくらい大きい方が良いのよ」


「そうなの? うーん。でもなぁ」


何か格好悪い。


何か子供っぽいというか。


これから立花さんと同じ学校に通うというのに、こんな子供っぽくて笑われないだろうか。


「ほら。もう時間無いわよ。早く準備する!」


「分かってるよ」


待ちに待った入学式。


僕は、とりあえず現状でも様になる様に少しでも服を調整し、お母さんと一緒に家を出た。


しかし、よくよく考えたらお母さんと一緒に学校へ行くというのは子供っぽいのでは無いだろうか。


そう考えた僕はそれとなく少しだけ先に歩く。


「ちょっと和樹! 歩くの早い! レディの気が遣えないなんてモテないよ!」


「レディって年じゃないでしょ」


「ま! なんて悲しい事を言うの。この子は」


「もう良いでしょ。あんまり大きな声出さないでよ。僕、先に行ってるから!」


僕はお母さんと一緒に居るという事が恥ずかしくなって、先に学校へ向かって走り始めた。


後ろからお母さんが僕を呼ぶ声がしたが、こんな年齢になってもお母さんと一緒だなんて恥ずかしいのだ。


そして、先に学校へ着いた僕は、入り口の近くにある大きな桜の木を見上げながら、ゆっくりとした歩きに変える。


「ん?」


歩きながら桜を見ていた僕はその根元で木に手を当てながら、たたずむ一人の女の子を見つけた。


何処かで会った様な気がする。


そう思いながら近づいて、ようやく思い出した。


「あ! あの時の子!!」


「え……えっと」


「覚えてない? 僕だよ。佐々木和樹。って名前は名乗ってなかったか。ほら、野球クラブの近くで立花さんを探してた子でしょ?」


「立花さん……って、あの時の、子?」


「久しぶりだね。結局あの後会えたの? 立花さんに用があったんでしょ」


「そういう訳じゃ……」


「ふむ」


何か色々と事情がありそうだな。踏み込むのも悪いか。


僕はそう考えて、とりあえず入学式に行く為に、女の子に別れを告げて、入学式へと向かう事にした。


「じゃあ、僕はこの辺で」


「どこに行くの?」


「何処って。入学式だよ」


「入学式なら、私も行きたい」


「そう。ならまたね」


「案内、してくれないの?」


「何で僕が。僕だって今日初めてこの学校に来たんだから案内なんて出来ないよ」


「でも、私ひとりじゃ」


「なら、親は?」


「今日は、来ない」


来ないって事は無いだろうに。


そう考えると彼女も親と一緒に居るのが恥ずかしいってクチか。


そんな所で何だか自分との共通点を見つけてしまい、僕は一つため息を吐いた。


女の子は繊細な人間なのか、僕のため息に体を震わせていたが、怖がらせて悪い事をしたなと少し反省する。


「ごめんよ。君を怖がらせたかった訳じゃないんだ。お詫びって訳じゃないけど。一緒に行こうか」


「いいの?」


「良いよ」


「……ありがとう」


「ちょ、ちょいちょい。なんで地面に膝付けてるの」


「だって、感謝するなら、ちゃんと頭下げないと」


「武士じゃないんだから。いきなり土下座なんてしないでよ」


「変、だった?」


「まぁ結構」


「そう、なんだ。ごめんなさい」


「いや、良いけどさ。何かやりにくい子だな。まぁ気を付けた方が良いよ。ってだけ」


「……分かった。気を付ける」


何だか辛そうな顔をしながらそう告げた少女に、僕は何とも言えない気持ちを抱きながら、先へ歩き始めた。


しかし、一歩進もうとして、すぐに足が止まってしまう。


何故か。


理由は簡単だ。僕の左手を女の子が掴んでいるからだ。


しかも女の子の方が体が大きいせいで、僕の力では勝てていない。


「ちょっと、君! 行くんじゃないの!?」


「君じゃなくて、紗理奈。千歳紗理奈」


「そう。じゃあ行こうか。千歳さん」


僕は千歳さんにそう言いながら歩き出そうとしたが、千歳さんは歩き出す事はせず、僕はまた動けずに体を止めてしまう。


苛立ちながら、振り返りながら僕は叫ぶ。


「次は何!」


「紗理奈」


「もうそれは聞いたよ! 千歳紗理奈でしょ!」


「だから、紗理奈って呼んで」


「……っ! 分かったよ。紗理奈ね! 行くよ! 紗理奈!!」


「うん。いこ。佐々木」


僕はため息を吐きたくなる気持ちを何とか抑えながら、紗理奈と共に入学式の会場へ向けて歩いた。


しかし、紗理奈は会場に付いても僕の手を離す事はなく、僕はそれを目撃したお母さんに盛大にからかわれる事になる。


そして、さらに入学式でいきなり女の子と手を繋いでいたと有名になり、それから当分の間クラスメイトに言われる事になるのだった。




僕的には波乱の入学式から二カ月。


僕は非常に面倒な問題にぶつかっていた。


無論天才ピッチャーである僕にとって、その問題とは野球の事ではなく、日常生活の事だった。


授業が終わるチャイムの音が鳴り、これから昼ご飯となるのだが、僕は机から動かずに彼女が来るのを待っていた。


「あの。佐々木。ご飯食べよ」


「良いけど」


僕は教室に入ってきた紗理奈が僕の手を握り、外へと連れ出すのに抵抗できないまま、共に廊下へと出た。


そして共に食堂へと向かい、僕は弁当を、彼女は学食の食事を並んで無言で食べる。


いったい何の拷問なのだろうかと思う。


しかも、紗理奈と共に居るだけで、周りからは嫌な目で見られるのだ。


ニヤニヤしやがって。腹立たしい。


「やぁ佐々木」


「何の用だ。鈴木」


「何でもないさ。ただ、僕もここで食べても良いかい? いや、なに。ライバルの苦悩する姿というのも中々愉快だからね」


「……っ」


紗理奈は鈴木が登場してから、怯えた様に箸を置き、僕の手を握って、アピールする。


早く追い返せという事だろう。


しょうがない。


「鈴木。悪いけどご飯を食べながら君の顔を見るのは不愉快なんだ。消えてくれ」


「言い方があるだろ!!」


「悪いな。不愉快なんだ」


「佐々木ィ! 君は!」


「もう良いよ。行こ。佐々木」


「あ、あぁ」


紗理奈は僕の手を掴みながら椅子から立ち上がった。


相変わらずの体格さで、僕は引きずられる様に立ち上がり食堂を去って、最近紗理奈が見つけたという空き教室へと入った。


そして、相変わらず何も話さず、椅子の上で膝を抱えている。


入学してから二カ月こうして過ごして来たけど、これで良いのか僕は考えていた。


立花先輩にも相談しようかと思ったけど、何でも頼るのは何だか格好悪い。


そう考えて、結局ズルズルと今日まで来てしまったのだ。


しかし、こんな事は良くないと思う。


紗理奈は僕以外に友達も作らず、こんな風に何もせず日々過ごしている。


こんなものが健全か!? 違うだろう! 佐々木和樹!!


「あのさ。紗理奈」


「……なぁに?」


「思うんだけどね。紗理奈もそろそろ僕以外に友達を作るべきじゃないかな」


「……なんで」


「だってこのままはおかしいだろう。君は一人じゃ行動出来ない。この前だって、僕はトイレに連れて行かれそうになったんだよ」


「だめ、なの?」


「僕は男だからね。女子トイレには入れないよ」


「私は、気にしない」


「君は気にしなくても、周りや僕は気にするんだよ」


「君、じゃなくて紗理奈」


「……紗理奈は気にしなくても、周りは気にするんだよ!」


「大丈夫。佐々木は小さくてかわいいって、みんな言ってる」


それは、僕にとって一番嫌いな言葉だった。


だからだろうか。


僕は椅子から立ち上がると、ドアに向かって苛立ちのままに歩いていく。


「どこに、いくの」


「教室に帰る」


「まって、私も、いく」


「来るな」


僕は椅子から立ち上がろうとした紗理奈を睨みつけ、そのまま教室から出ていった。


その日から、紗理奈は僕の所へ来る事は無くなった。

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