第3話『僕より強いなんて信じられないね』
両親と改めて話をして、僕は野球をまた始める事にした。
とは言っても、あのリーグに入るつもりはない。
だから近所でそんなに強くないと言われているチームに入る事にした。
前の様に様々なチームと戦う事は出来ないけれど、それでも勝ちに拘らないのなら、この前みたいな目にはあわないと思ったんだ。
そんな事を考えて、チームに入った僕は久しぶりに懐かしい奴に再会していた。
「あ。佐々木君」
「あれ。古谷君?」
「うん。前のチーム以来だね」
「僕もいるぞ! 佐々木和樹!」
「もしかして、古谷君もここのチームに入るの?」
「うん。前のチームはレギュラーじゃ無くなっちゃったし。佐々木君も辞めたって聞いたからね」
「そっか。じゃあまた一緒に頑張ろうか!」
「そうだね!」
「僕もいるぞ! 佐々木和樹!」
「分かったから。少し静かにしてよ」
「……」
「で? 君もこのチームに入るの?」
「あぁ、当然だ! 僕は君のライバルだからな!」
「いや、ライバルだって言うのなら、同じチームじゃなくて別のチームに居た方が良いんじゃないの?」
「それは、そうかもしれない。だが、だとしてもあんなチームは御免だね。君や古谷の様な有力選手を捨てるチームに未来は無いさ」
「ふふっ、それはそうだね」
僕たちは手を叩きあいながら、新しいチームへと向かう。
そこにいた監督はお爺ちゃんみたいな人で、のんびりした人だった。
昔は凄い選手だったらしい。
そして、僕たちはそのチームでまずは近隣のチームへと挑戦し、勝ちと負けを繰り返して、着実に力を付けていった。
新しい仲間たちはみんな楽しくて、良い奴らばっかりだった。
そのチームで勝った日は何よりも嬉しかったし、負けた時は何が足りなかったのか。どうすれば良いのかみんなで話し合った。
敗北は新しいカチへ繋がり、勝利は次への喜びに繋がる。
そしてそんな日々を積み重ねて、僕は遂に、あの人が居るチームと戦える事になった。
想像していたよりも近い、隣町のチームに立花光佑さんは居たのだ。
勝てるかなんて分からない。
でも、僕は見てもらいたかった。僕の力はあんなモノじゃないって。
戦う日が決まった時から僕はひたすらに古谷君と共に練習を積み重ねた。
より変化の強い球を、僅かなズレもない様な精密なコントロールを。
僕のピッチャーとしての実力をより高めてゆく。
そして迎えた当日。
残念ながら立花さんは居なかった。
向こうの監督に聞いた所、どうやら妹さんの体調が悪くなったらしく休みとの事だ。
それは残念だが、しょうがない。
「しょうがない。しょうがない」
「しょうがないって顔じゃないね。それは」
「だって、立花さんに会えるのを楽しみにしてたからさ」
「でもさ。ほら。あそこに居るのは大野さんだぞ。大野さんって言ったら小学生最強のピッチャーって呼ばれてるくらいなんだ」
「へー。最強ねぇ」
「興味無さそうだね」
「だってソレ、僕を含めないで言ってるでしょ。僕より強いなんて信じられないね」
「まったく佐々木君は自信満々だなぁ」
「それでこそ! 僕のライバルだ!」
「顔を! 近づけるな! そして僕たちの会話に無理やり入ってくるな!」
僕は古谷君とベンチに座りながら話していたのだが、後ろから顔を突き出してきた鈴木の顔を後ろに追いやる。
耳元で大きな声を出さないで欲しい。
うるさいから。
しかし、もし大野さんという人が凄い人なら、今回の試合は鈴木と古谷君に掛かっていると言えるかもしれない。
「まぁ、今日は大野さんって人から点を取るのが大事だから……」
「つまり!」
「古谷君。頼りにしてる」
「おい! 佐々木!!」
「うっさい鈴木! お前はいつだって打つんだろ? ならいちいち言う必要は無いだろ」
「……! そうだな! 僕に任せておけ!」
それから始まった僕たちの試合だが、前評判とは異なり大野さんとやらの球は大した事が無かった。
まぁ普段はもっと速い球を投げているのだろうという事は分かる。
だから、今日は立花さんが居なくて本気で投げられないのだろうと。
あぁ、それで?
それで何だと言うんだ。
そんなのは立花さんに甘えているだけだ。
僕なら、そんな風に甘えたりはしない。
誰でも取れる様にしつつギリギリを狙ったり、変化は少なくとも打ちにくい球を研究する。
そんな努力をしないで、ただ環境に甘えている。
甘えられる場所で、何もしていない。
そんな奴が立花さんの相方だなんて、なんだか気分は最悪である。
結果的にそんな適当なピッチングではこっちの打線が抑えられず、僕はキッチリ全員抑えて危なげなく勝利した。
立花さんが居ないだけでこの程度。
これが失望という感情かと思いながらも僕は一つため息を吐いた。
その後、僕は苛立った様に、広場を離れ、近くの広場へと向かった。
そして、せめて今日はギリギリまでここに居て、立花さんに挨拶だけしてから帰ろうと、彼らの練習風景を見ていた。
そんな光景を見ていて思うのは、やっぱり彼らの練習はぬるいという所だろうか。
適当に投げ、適当に受ける。
楽しそうに笑っているが、それだけだ。
まぁあの監督の様に誰かが苛立っているよりは、こういう方が良いんだろうとは思うけれど。
「あ、あの」
「ん?」
「あなた、ここの人?」
「いや、違うけど。ここの人に用があるなら、あそこに行けば? ほら、あの人、大野って言って、有名な人みたいだし」
「おおの? 大野って嫌な人の名前だ」
「ふーん。君とは気が合うね」
僕は近くに立って、ぬいぐるみを抱きしめている少女の方をしっかりと向いた。
どうも中々見る目がある子の様だ。
「君、あの人たちに何か用があるの?」
「わたし、お姉ちゃんに……その、立花さんっていう人に用があるの」
「へぇ、立花さんか。あの人なら今日は妹さんが病気とかで来てないよ」
「そうなんだ」
女の子は抱いているぬいぐるみに顔を埋めながら、消え入りそうな声でお姉ちゃんと呟いた。
立花さんとはどういう関係か分からないが、このままには出来ないなと感じる。
しかし、僕は立花さんの家は知らないし。はてさてどうすれば良いか。
あ。そうか。あそこの人たちに聞きに行けば良いじゃ無いか。
流石は僕だな。
「ちょっと待ってて。聞いてくるから!」
「え?」
「立花さんの所!」
僕は走りながら広場へと向かう。
そして監督らしい大人の人を見つけると話し掛けた。
「あの! すみません!」
「ん? 君はさっきの」
「はい。本日はありがとうございました。それでですね。本日来なかった立花さんについてちょっと聞きたいことがありまして」
「光佑君について?」
「はい。立花さんに会いたいという人が居まして」
「あら。光佑君にですか? でもあの子、今日は来られないんです。代わりに私が話を聞くって事でも良いですか?」
「あの、あそこに居る子なんですけど」
僕は監督らしき人と一緒にいた凄く綺麗な女の人を連れてさっきの女の子の所へ向かう事にした。
女の人は何処となく立花さんに似ているし。もしかしたらお姉さんなのかもしれないと思った。
しかし綺麗な人だ。
お母さんとかと比べると大根と人形くらい違う。
いや、でも立花さんのお姉さんなら、こんなものなのかな。
「君、君。立花さんのお姉さんを連れてきたよ」
「立花さんのお姉さん?」
「お姉さんですか?」
何で二人とも首を傾げているんだ。
もしかして立花さんの知り合いじゃないのか?
「えっと、もしかして、立花さんの知り合いじゃない……ですか?」
「いえ。私はちゃんと光佑君のお母さんですよ」
「立花さんのお母さん!?」
「えぇ!?」
僕は女の子と一緒に驚きの声を上げた。
衝撃なんてものじゃない。
「あ、あなたが、お母さん……! お姉ちゃんの、お母さん!」
「き、君?」
少女は立花さんのお母さんを見ると、そのまま走り去ってしまった。
結局何だったのか分からないが、僕はとりあえず朝陽さんと名乗った立花さんのお母さんに挨拶だけして家に帰るのだった。
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