第40話 きっとそれが、消えない思い出ですわ

 ▽▽▽



 多々良くんは軟体動物かもしれない。


 ベンチで伸びている姿を見てふと、そう思った。

 絶対追いかけてきてねって私が言ったからだよね……?

 ごめん多々良くん。


 でもありがとう多々良くん。

 おかげで織紡、帰らずに留まってくれてるよ。

 すごい顔してるけど。空気ぶち壊しだけど。


「なにしにきたの」

「なにって、言いたいこと、あって」


 ヘロヘロだよ多々良くん!!


「なに」

「…………なんだっけ」

「は?」


 多々良くーーーーーん!!


「いや、たくさんあったんだけど、走ってるうちに落っことしたかな……」

「交番いけば? じゃ」

「まってまってまってまって」


 頑張って多々良くん!

 こんなに不機嫌な織紡初めてみたけど!

 半分くらい私のせいだけど頑張って!


「ごめん、一個、一個だけ」

「早くして」


 そう多々良くん!

 早くしてって言われてるけど、一回深呼吸しよう! そう!


「……君に、そっくりだって言われて、その通りだと思った。わかるって言われたことも間違ってなかった」

「だから?」

「だから、俺にも一つ、わかるんだ」


 そっくり? 多々良くんと織紡が?

 私には一つもわからなかった、私の知らない二人の話。


 だけど、多々良くんが最後に言ったことだけは、私にもわかった。



「三角さんの笑顔の向く先を、君はなかったことに出来るの?」



 多々良くん――――!


 ごめんね、そうだった。

 本音を話すんだもんね。

 私、また失敗するところだった。


 ありがとう、多々良くん。


「織紡」


 固まる織紡に歩み寄る。

 私の本音。心の一番奥にある言葉。


「私、ずっと側にはいられない」

「っ!」


「同じ大学にいけるかわかんないし、就職先だって別々になるかも。住む場所だって――」


「えっ」

「んん〜???」


「同じところに住めたとしても、四六時中一緒にいられるかどうかは……」

「まって陽香。私もさすがにそこまで想定してない」

「えっそう?」


 ずっと側にいてってさっき言われてから真剣に考えてたのに。

 多々良くんが首を傾げているのは、さっきの会話を知らないからだよね?


「スケール感はちょっと違うかもだけどね? でも、一緒だと思う。織紡が言うなら私、側にいられるように頑張るけど、どれだけ近づいたとしても私の人生は私ので、織紡の人生は織紡のだから。一人になるタイミングも、寂しく思う瞬間も、きっとあるよ」


「……うん」


「だからね、二人の思い出を作って、それを織紡の支えにしてほしいって……そう、言おうと思ってたんだけど。……ほんとはね?」


 なんでだろう。鼻の奥がツンとする。

 ほんとの気持ちを言葉にしようとすると、なんで涙があふれてくるんだろう。


「私の思い出にも、織紡がいないと寂しいよ……!」


 自分勝手でごめん。


 織紡が一番困ってること、解決してあげられなくてごめん。


「忘れないから……! 何度も思い出すから……! 側にいないときも、きっと消えない繋がりになるから!」


 だけどね、これが私の本音。

 一番大事な気持ち。


「私、離れていても、織紡と一緒に生きたい」


 電話もする。会いにも行く。

 叶うなら本当に一緒に住んだっていい。


 どんな形でも、この気持ちさえ忘れなければ。


 きっと、叶うはずだ。


「なにそれ」


 ――だって、ほら。


「プロポーズみたい」


 気持ちは二人、一緒でしょ?






 あのね、織紡。


『辞めちゃえば』

『えっ』

『無駄でしょ。部費も時間も。やりたいの、これじゃないんでしょ』

『でも、もう道具も買ったし、親にも約束したし』

『ならなおさら、これ以上無駄にしたら悪いんじゃない? ねえ、それよりさ』


 大したことじゃ、ないんだけどね?


『キャンプ。一人でできるってほんと?』

『えっ』

『言ってたじゃん。新入部員の自己紹介のとき』

『で、できる』



『じゃあさ、そっち教えてよ。私も一緒に辞めるから』



 織紡にとっては、何気ない言葉だったと思うけど――――



 △△△






 □□



 ねぇ、陽香。


『これがね! テント!』

『うん』

『これが火起こし!』

『おお』

『そしてこれが! 今日のキャンプ飯です!』

『すげー。全部一人でやるじゃん』

『陽香、もう少し手加減してあげたら?』

『お父さんうるさい!』


 大したことじゃ、ないんだけどさ。


『うぅ……ごめん、つまんないよね……?』

『いや? 結構おもろい』

『キャンプがじゃなくて私が!? 私がだよね!?』

『はは』

『うぅ……絶対キャンプの楽しさ教えてあげるから!』

『はいはい』

『ねぇ、織紡!』

『んー?』



『大人になったら、二人きりでキャンプしようね!』



 陽香にとっては、些細な約束だったと思うけど――――



 □□






 ▽□▽□▽



 私、あのときのこと。


 思い出さない日はないんだよ。



 △□△□△

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