第41話 教えて差し上げますわ、いくらでも!

 三角さんから依頼を受けた日。

 いつまでも心に残しておけるものはない。

 三角さんのその言葉に、俺は頷けなかった。


 きっとそのときから、俺は心のどこかで、あの光景を信じていたんだ。


 三角さんが、春永さんとの思い出を大切に抱えて生きていくのでもなくて。

 春永さんが、自分の映り込まない思い出を眺めて生きていくのでもなくて。


 二人の今日が二人の明日を作っていって欲しいって、そう願っていたんだ。


 だって、ほら。


 淀んだ夜空は満天の星空なんかじゃなかった。


 街灯は都合よく、スポットライトみたいに二人だけを照らし出したりもしなかった。


 住宅街にある小さな公園の、あんなにありふれた光景だったのに。


 ほら。寄り添う二人の頬を伝う涙があんなにも綺麗で、今も胸に焼き付いて離れない。


 ディナに背中を押してもらって、死ぬ気で走り回ってようやく見れたあの光景は。


 きっと残り続ける。明日もきっと、俺はそう信じてる。


「お疲れ様」

「ディナ」


 公園からの帰り道。

 くたくたになった足を引きずって歩いていると、これまたずいぶんいいタイミングでディナが現れた。


 俺がベンチで伸びてるとこも、二人のやり取りも、気まずくなってこっそり離れてきたとこも。

 こっそり見てたな、さては。


「上手くいった、ということでいいのかしら」

「うん。たぶんもう、大丈夫」

「そう。貴方に任せて正解でしたわね」


 それはどうだろう……。

 結局、俺ができたことなんてほんの少しの後押しだけで、あとは三角さんが自力で解決してしまった。


 あれなら俺でなくてもよかった気はする。

 無駄に走り回ってダウンしたことまで加味すると余計に……。


「ディナのほうがよほど上手くやれたんじゃない?」

「でも、貴方には伝えたいことがあったんでしょう?」

「それは、まあ……」


「ならいいじゃありませんの。それにきっと、わたくしでは届きませんでしたわ」

「そんなことはないと思うけど」

「ありますわよ。わたくしにはあの子の気持ちがあまり理解できていませんもの。けれど、貴方にはわかったんでしょう?」


「まあ、ね」

「ちなみに、どんなものか聞いても?」

「大したことじゃないよ」


 俺にとってはディナだった。

 春永さんにとっては三角さんだった。


 それだけ気づければ、あとはもう、簡単な話。


「【観客】だって、真っ直ぐ見つめて名指しまでされた日には、思わず手を取りたくなるもんなんだよ」


「そう。では、試してみましょうか」


 試す?


「吹」


 いつかのように、俺の前に踊り出る。

 振り返る。金の瞳が俺を捉える。



「貴方のことが好きです。わたくしと恋仲になっていただけないかしら」



 いつまでもなあなあにしているわけにはいかない。

 そういえば、そう思っていたんだっけ。



「……君と一緒にいろんな相談を受けてきて、たくさん見つけたよ」


 ――『だって俺も嬉しかったもん。多々良だけが、ダイゴって呼んでくれてさ』



「君の宣言通り、たくさん届けてもらった」


 ――『私が今も頑張れるのは、多良々くんのお陰でもあるんだよ?』



「新しくできたものもあった」


 ――『ありがとう師匠。お陰でちょっと前に進めた』



 俺の知らない俺の価値。

 気づいていなかっただけで、ずっとそこにあった俺とみんなの交点。


 たくさん、見つけることができたから。


 たくさん、見つけてもらったから。



「みんなが見つけてくれたからこそ。前よりずっと、みんなが輝いて見えるんだ」



 ただ一方的に見上げているつもりになっていたときには気づかなかった。


 こんなにみんなが俺を見ていてくれたことを。


 まだこんなにも、俺も、知らないみんなを見つけられるってことを。


 気づいてしまえば、これまでよりも一層、その全てが眩しくて――


「ディナ。どうして、俺なの?」

「結局、そこに戻るんですのね」


 仕方がないなって、おおらかに苦笑するディナに問う。


「ダイゴのほうがよほど、俺より真っ直ぐで、かっこよくて」

「貴方のほうが素直でかわいいですわよ?」


「……色くんのほうがずっと迷いがなくて、相谷さんのほうがすごく表情豊かで」

「自覚がないようですけれど、貴方も相当豊かですわよ? それに、貴方も駆け出しましたわ」


「……佐藤さんのほうが、気配りが上手で」

「貴方のほうが、人を深く見ていますわ」


「三角さんのほうがアクティブで、春永さんのほうが奇想天外で」

「貴方も大概アグレッシブでエキセントリックですわよ。……発煙筒」


「それは忘れて。……他にも、芝多くんとか、他にも」

「吹」


「君の理想に、ふさわしい人が――!」

「吹」


 ディナの目が誰に向いているのか。

 わかってる。受け止める覚悟がなかっただけで。

 ずっと、わかってる。


わたくしにこの熱を吹き込んだのは、貴方ですのよ」


 俺はもう知ってる。


「仮に貴方に劣ったところがあろうと、他にどれだけ素敵な人がいようと」


 だって彼女は、〝身の程知らず〟。


「そんなことは、知ったことじゃありませんわ」


 いつだってそう、切り捨ててくれる。


「……ごめん。それでも俺はまだ、自分がそこまで想われるほどの人間だとは思えない」


 ディナ。俺はそれを悪だと思ってた。


 傲慢だと思ってたんだ。


 自分のことしか見えていないから人への影響を切り捨てられる。


 それが身の程を弁えない、身の程知らずだって。


 なのに、いつの間にかそうなっていたのは俺だった。


 君は違った。

 君は知っている。


 俺がしてきたことを。

 俺が想ってきたものを。


 知った上で、知ったこっちゃないと言ってくれる。


 俺の可能性はそこに留まらないって。



「だから」



 俺も、なれるかな。


 理想のために、今そうなれない自分を知ったこっちゃないって言えるように。


 君みたいな〝身の程知らず〟に、なれるかな。


「もっと、俺に教えてよ。君の〝身の程知らず〟」


 まだだめか。仕方ない。

 そう少し影の差したディナの表情がみるみるうちに晴れていく。


 その輝度が頂点に達したとき。


「もっちろん! ですわ!」

「えっちょっまっうわーっ!?」


 全力の飛びつき攻撃に耐えうる耐久力は俺の足にはもう残されておらず、アスファルトの上を二人で転がる。


 駆け出し始めたばかりの俺では、まだ当分。




 この〝身の程知らず〟のお嬢には、敵わないみたいだ。






__________


☆今日の主人公☆


多々良たたら ふき


クラスメイト大好き系主人公。

身の程知らずに敵わない。

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