第35話 床のお味はいかが?

 結局今日はなにが目的で呼び出されたのか。

 ディナの気の向くままに、モール内の自由散策は続けられた。



 たとえば、雑貨屋に立ち寄ってみたり。


「女子は好きですわよね、こういうの」

「君も女子でしょ」

「うーん……目が引かれることはありますけれど、いちいち買っていたらキリがないんですわよねぇ」

「そういうもんかぁ……」



 たとえば、本屋に立ち寄ってみたり。


「吹、吹。この小説原作の実写映画が大ヒット上映中だそうですわよ」

「なにこれ、『恋のクーデレハシビロコウ』……恋のクーデレハシビロコウ???」

「失礼、吹にこういうのはまだ早かったですわね」

「いや恋がどうとかじゃなくない? これはもう」



 たとえば、喫茶店で遅めの昼食をとったり。


「よくそんなに入るね」

「ケーキは別腹ですわ。吹も一口どう?」

「結構です」

「まあそう言わず。はい、あーん」

「いや、ほんとに俺もう入らな」

「あーん」

「……はいって言わないと進まないやつ? これ」

「あーん」

「……あむ」

「ふふっ! どう? お味のほどは」

「いや、味とか、ちょっともうよくわかんないです……」


 ――とすっ!


「とす?」

「失礼、心臓を撃ち抜かれる音が……ガチ照れご馳走様ですわ」

「うわ鼻血出てる!? マンガ的表現じゃないのそういうの!?」



 どれもとにかく楽しくて、とにかく疲れた。

 まさかトイレ休憩が一番の休憩ポイントになるとは。

 君はいつも陰キャ俺たちの味方でいてくれるね。本当にありがとう。


 でもあんまり長くなると恥ずかしいからそろそろいくね。

 さらば戦友ともよ。また会う日まで。


「それでは一発芸、いきます!」


 ごめん戦友ともよ。出てきたばっかだけどもう帰っていい?


 トイレ休憩前にディナと別れた場所に戻ると、そこにはディナを取り囲むむくつけき三人の男たちの姿が。


 それはいい。前にも似たようなシーン見たことあるし、あれだけ目立つ容姿で繁華街に一人佇んでいればまあ、そういうこともあるだろう。

 一人にした俺が悪い。


「アイドルの応援うちわ」


 アレはわけわからん。

 なんだあれ。なんで頭にクリスマスの飾りみたいなモール巻き付けたTシャツの男三人がディナの前で組体操してるんだ。


 それうちわじゃなくて扇じゃない?


「うーん、もう少しパンチがほしいところですわね」


 ディナはなんで真面目に批評してるの?

 なにこれ、どういう流れ?

 俺がトイレにいる間になにがあったの?


 呆然と立ち尽くす俺。

 視線を感じたのか、ふいにこちらを向いたディナと目が合う。

 それだけで、全てとは言わないまでも状況を理解した。


 いつかの会話を思い出す。



 ――『俺のツレに何か用?』のやつですわね! 次はそれでお願いしますわ



 あ〜〜〜れは期待してる目だぁ〜〜〜〜!!


 チラッチラッとこちらを伺う期待の視線。

 男たちが「パンチか……」「どうする?」と作戦会議をしている間にはやく。

 そう物語っている。


 また警備員呼んでやろうか。

 頭ではそう思うのに、胸の奥にディナの心が刺さる。



 ――前の時は、貴方は『目撃者』でしたわね


 ――『同行者』でも、果たして同じ手段を取るかしらね?



 何よりあの、助けてくれると信じ切っている目。

 もはや目をそらすことはできなかった。


「そこまでにしてもらっていいですか」


 特になんの策もないままヤケクソ気味に割って入ると、にわかに男たちがざわめきだす。


「おぉ……! これはまさか……!」

「まさか、あの伝説の……!」

「俺の彼女に手を出すな! ってやつか!? ってやつなのか!?」


 な、なんでちょっと盛り上がっているんだ……!?


 ってうわ。Tシャツに『デートして♡』って書いてある。

 三人のシャツに『デート』『して』『♡』に分けて。

 アイドルの応援うちわってこういうことか……。


 いや感心してる場合じゃなくて!


「そ、そうです。今日は俺が先約なので、この辺で退いてもらえませんか」


「キタキタキタァー!」

「それで!? どうなっちゃうんだ!?」

「退かなかったらどうなっちゃうんだ!?」


 ど、どう!? どうってなに!?


「どうなっちゃうんですの!?」


 君までそっちに回らないで!

 今テンパってるから!!

 えーと……えーと……!


 なにか、なにかないか。

 打開策を求めて脳裏を急速に巡る記憶の欠片たち。


 そこから見つけ出したのは――


「こ、こんな人通りの多いモールの床の味なんて知りたくないでしょう!」


「「「「おぉ!!」」」」


「それも――こんな年下の女の子に投げられる形で!!」


「「「「…………はい?」」」」


 ――残念なことに、不正解極まりない回答だった。


「彼女はとても強いんです! さあ、俺が間にいるうちに逃げてください! はやく!」


「…………吹?」


「ちょっと待って! 今余裕がな――」


 後ろから引かれた手。

 動かない。というより。

 動かそうとする力のベクトルを、掌握されているような――


「なんで…………」


 あっ。(察死)


「そうなりますのよっっっ!!」

「グワァーー!?」


「「「しょ、少年ーー!!?」」」


 地面に体が吸い込まれる刹那、掴み取った記憶の中で芝多くんが笑う。


『バーネロンド流格闘術wwwなにそれwwww』


『それはバーネロンド家が独自に開発した実戦格闘術……だったらしいのですけれど、散り散りになった今となってはそれぞれの家がそれぞれ勝手に改良を加え、特定の形式も原型もなくなってしまったそうですわ』


『どwwくwwがwwくww格闘術wwww』

『ウチでは打・投・極のうち、特に投げに特化していますわね。合気道は唯一エネルギー保存の法則を超越できる武術だとかいう父の思想が原因で』


『マンガの読みすぎwwムリムリwww』

『では、試してみます?』

『えっ』


『えい』

『グワァーーー!!』


 ああ、芝多くん。

 君はあのとき、こんな気持ちだったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る