第34話 アパレルクイズじゃありませんのよ

 一学期が終わった。


 返ってきたテストの点で薄々気づいてはいたけれど、渡された通知表に印字された成績は中学の頃よりやや上向きだった。

 夜の勉強会の成果だろう。ディナのお陰だ。


 なのに、なんだか素直に喜べない。

 胸の奥底にしこりを感じる。キャンプの日からずっとそうだ。


 春永さんの言葉が頭から離れない。



 ――『私、観客でいたいんだ』



 【観客】を貫く覚悟も変わる覚悟も決まっていないくせに、ディナにつられるがままここまで来てしまったツケなんだろうな、これは。


 だというのに。




_____________________


 多々良 吹


 明日十時に、指定の場所でお待ちしておりますわ


        カルディナ・バーネロンド

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 そんなことで見過ごしてくれるほど、【クラスのお嬢】は甘くない。


 いつもの綺麗なレターセットと、同封された地図のプリントアウト。

 指定の場所らしき点にピン刺ししてある丁寧さとレターセットの噛み合わなさに、なんだか自然と頬が緩む。


 春永さんとなにがあったのか問い詰められたり、ちゃんと依頼をこなしなさいと叱られたり。


 頭の中のイマジナリーディナですら、もうそんなことはいわない。


 それがわかっていて甘えてしまうのはなんとも不甲斐なくて、けれど行かないと決めきれないのも、なんとも意志薄弱だと思う。






 迎えた翌日、土曜日。

 あのキャンプから一週間。記念すべき夏休み一日目。


 繁華街そばの大きな駅には大体、何かしらモニュメントがある。

 それは駅前広場だったり改札口前だったりで、多くの人の集合場所の目印となるもの。


 ディナが指定したのも、そんな駅前の、よくある噴水前だった。


 集合時間のちょうど五分前。到着してすぐ辺りを見渡し、眉をひそめながらの女性に話しかける。


「……なにしてるの?」

「あ、あら?」


 真っ直ぐ癖のない艷やかな黒髪。

 真っ黒のサングラス。

 オフショルダーやショートパンツを軸にしたアクティブ系ファッション。


 そんな普段とかけ離れた容姿から聞こえてきた声は紛れもなく、聞き馴染んだディナのものだった。


「おかしいですわね。今までバレたことなどありませんでしたのに」

「他の人が鈍かったんじゃない?」


 とはいいつつも正直、すぐには気づけなかった。

 ディナを探す時は緋い髪を目印にすることが多い。俺だけでなく、大抵の人がそうだろう。金の瞳までサングラスで隠されてはお手上げだ。


 集合時間五分前なのにディナがまだ来ていないはずはない、という人読みで注意深く観察することでようやく見つけ出せた。

 これはレギュレーション違反すれすれの裏技みたいな攻略法であって、とても誇れるものではない。


 そんなことまでは伝わるはずもなく、ディナは口元をやや手で覆いながら、嬉しそうに小さく呟く。



「……貴方はこれでも、見つけ出してくれるんですのね」



 ピロリン♪ ディナの 好感度が あがった!


 デデデン! 吹の MPメンタルポイントが さがった!


 デデデンデンデデデン!

 吹は 罪悪感 を覚えた!


「そ、そろそろ行こうか」

「ええ! 思い通りにはなりませんでしたけれど、思っていたよりいい日になりそうですわ!」


 るんるん歩くディナの半歩後ろをついていく。

 どうか最後までもってくれよ、俺のメンタル。


「そういえば結局、押見奈子は全教科ぴったり平均点を取ったそうですわよ」

「ああ、やっぱり……佐藤さんもぴったりだったらしいもんね」

「本人は悔しがっていましたけれどね」

「なんで?」


「小数点以下切り捨てでなく四捨五入でぴったりの点数が取れるようになりたいんですって」

「えぇ……」


 まだ上を目指すのかあの人は。

 ……上か? それ。


 適当な雑談を交わしながらショッピングモールへと入っていく。

 雑貨屋、本屋、飲食店。さまざまな店が立ち並ぶ中でディナが最初に向かったのは。


「え、服屋? もう変装おわり?」

「いえ、わたくしの素の髪や瞳は悪目立ちしますもの。ウィッグとサングラスはもうしばらくこのままでいますわ」

「今の状態でもまあまあ目立ってる気がするけど……じゃあなんで服屋?」


「もちろん! 貴方の好みを知るためですわ!」


 あー……そうきたか。

 いやまあ、定番といえば定番なのかもしれないけど。

 その単語を出されていないからそうだと思わないようにしていたけれど、もしかしたらこれはデーt……やめよう。自ら余裕をなくしにいく必要はない。


「それで、どういう系統がいいとかあります?」

「うーん……レディースファッションなんて詳しくないしなぁ……今日のもいいと思うけど。普段はどういうの着るの?」


「TPOによってマチマチですわね」

「まあそうか。クラスの人たちと出かける時はどうしてた?」


「一度、それこそ〝お嬢様〟らしいフリフリドレスで行ったこともありますわね」

「……まじ?」

「鉄板ネタの一つですわ。ウケるんですのよ、アレ」


 そりゃウケるだろうけども。

 それで町中を歩いて職質とかされないんだろうか。


 ……あれ、ディナ本人はそこまで周囲の視線を気にせずいられるということは、今回変装しているのはもしかして、俺を気遣って……?


「今日はそれにしなかったんだ」

「せっかく貴方と二人で出かけるのにネタに走ってどうするんですのよ。とりあえず、この辺試着してきますわね」


 違った。


 ディナはサラリと照れくさいことを言い放って試着室へ消えていく。

 言い逃げずるい。もしかして今日はずっとこの調子なのだろうか。


 ただでさえ女性向けアパレルショップの試着室前に男一人でぽつんと佇んでいるというだけで、メンタルにスリップダメージが入り続けているというのに。


 回復ポイントどこですか?



 ――シャッ。


「吹、どうかしら」

「……うん、清楚系だね」

「まあ、白ワンピですから」


 開かれたカーテンの奥から出てきたディナの格好は、黒髪ロングに白ワンピ。

 シナジー効果も抜群なはずの組み合わせだけど、そこにサングラスが加わるともうなんか……。


 お嬢様っぽくはある。普段のディナの西洋貴族風なお嬢様というより、現代の社長令嬢タイプのお嬢様な雰囲気だ。


 後ろに黒服SPの幻影が見える。


「あまり好感触ではありませんわね。次いきますわ!」


 再び小気味よく音を立てて閉まった試着室のカーテン。

 その音を反芻しながら天井の模様をぼんやり眺める。

 いや別に女性物の服をジロジロ見るのが気まずいとか、試着室の中から聞こえてくるゴソゴソ音が気になるとかじゃなくて。


 いやほんとに。



 ――シャッ。


「これはどう?」

「ナチュラル系って感じだね」


 今度もワンピース。でも色合いは落ち着いたアースカラー(って言い方で合ってるよね?)で、上から向こう側が透けて見えるほど薄めのカーディガンを羽織っている。

 頭にはバンダナ。胸元にサングラスを差しているのは、流石に合わないと思ったためか。


「……ふむ。次ですわ」


 再び勢いよくカーテンが閉まる。

 そうそうこの音。気持ちいいね。

 ずっと鳴らしててほしい。気を紛らわせるために。


 その後もほぼ一定の間隔でカーテンは開け閉めされ、そのたびに俺は一言コメントを返し続けた。



 ――シャッ。


「これは?」

「スポーティだね。活発な感じ」

「……次ですわ」



 ――シャッ。


「これは?」

「ガーリー? っていうんだっけ。ふわふわだね」



 ――シャッ。


「……これは?」

「エレガント系? ゴージャスな感じ」



 ――シャッ。


「…………」

「なんだっけそれ。地雷系?」

「……吹」

「はい?」


「服の系統を当てるクイズじゃありませんのよ」

「ごめんなさい」


 だめか。

 いやだって、無理じゃない?

 可愛いよとか、似合ってるよとか。

 歯の浮きそうな言葉を真顔で言える人の気がしれない。

 というか似合うか否かなら全部似合ってるし……。


「はぁ……別に褒めちぎってもらえるとは思ってませんわ。せめてどれが一番ピンときたとか、何かありませんの?」


 ピンと……? 今日見た中で?


「うーん……なんか、黒髪ってだけでもうディナって感じがしないんだよなぁ……」


「…………」


 ――シャッ。


 あれ、引っ込んじゃった。

 え、不正解引いた?

 そんなギャルゲ的会話イベントなら選択肢ちょうだいよ……!

 ギャルゲやったことないけど!


 ――シャッ。


「さ、そろそろ満足しましたし行きましょうか」

「え、うん、ディナがいいならいいんだけど……あの、ウィッグは……?」


 何も買わずにスタスタと店を出ていくディナが、イタズラ笑顔で振り返る。


「こちらのほうが好みなのでしょう?」


 そうは言ってないけど。

 言ってはいないんだけど。


 いつもの髪色に不覚にも安心してしまったというか、ピンと来たような気がしたというか。


 そんな不思議な感覚でやや回復したメンタルは、一瞬でゴッソリ持っていかれた。

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