第32話 和平を結んですぴすぴですわ

 BBQ。それは食事の名を冠した戦争。


 狭い網の上に領土などなく、放り込まれた食材に所有権はない。

 手の遅い敗者に肉は渡らず、口にできるのは炭クズと化した元野菜のみ。


 ウェルダン派に人権なし。


 それがBBQ。仁義なき戦いの舞台である。


「ちょっ、みんなペース早くない!?」

「吹が遅いのではなくて?」

「だってなかなか焼き上がらなくて……あっそれ俺が育てたッ!?」


「多々良くん、お肉に親権なんてないんだよ?」

「いやそんな生々しい話じゃなくて! ていうかなんかそっちのほうが火強くない!?」

「一体誰が育てた火だと思っているんだい?」

「ずるい! 肉には認められないのに火には認められる親権なんてずるい! ていうか春永さん一言も喋らないし手も止まらないんだけど!」


「むまい」

「なんて!?」


 君さては相当お茶目な人だろ!

 クールキャラ気取っておきながらほっぺたパンパンに膨らませやがって!


 やばい、圧倒的に不利すぎる。

 そもそも自陣の火力が弱い上に焼き加減の見切りでディナに勝てず、そもそも焼き加減の好みも合わない。やはりよく焼き派には辛すぎる。


 しかも野菜を避けて肉ばかり食べるメンバーが春永さんしかいないから野菜すらあまり流れてこない。

 なんで肉の焼き加減は選り好みしないのに野菜は選り好みするんだ君は。


 というかメンバーが強すぎる。


 火の主、三角さん。

 悪食の春永さん。

 見切りのディナ。


 対抗できる要素が見当たらない。ここまでなにも貢献してこなかったからとお茶汲み係を名乗り出たのも完全に裏目に出た。


 もうだめだ。降伏します。

 誰か、属国に下るのでお恵みをください。


 あっ豚より牛がいいです。


「ところでヨーカ。わたくし実はずっと楽しみにしていたのですけれど、例のアレはまだですの?」

「あー……ごめんねお嬢。ベーコンの塊肉どうしても手に入らなくて……」


「なん……ですって……」

「ご、ごめんね!? 私も頑張ったんだけどどうしても……」

「ベーコン……」

「多々良くんまで!? で、でも、代わりと言ってはなんだけどね?」


 ゴソゴソとクーラボックスを漁り始めた三角さんの目には、確かな確信があった。

 取り出したるソレにはベーコンに勝る魅力があると。

 この隙に俺が先ほど取られた肉のお返しとばかりにこっそり奪った肉などはした肉だと。


「牛タン串、なんてどうかな?」


「「ぎゅ、牛タンッッ!!」」


 三角さんから奪い取るようにして串を受け取り網へ。

 これだけは……これだけは奪わせない!

 たとえ生焼けでも食べる!

 ディナや春永さんが網から自分の串を上げた瞬間に俺も取れば負けることはない!


「ってなんか春永さんだけ別のもの焼いてない!?」

「なんですのその分厚い牛タンステーキ!?」


「計画者の特権」


「「ずっるい(ですわ)!?」」


 こちらの妬みなどまるで気にせず、春永さんはステーキをじっくり焼いてもきゅもきゅ食べた。

 ステーキは羨ましかったけど、春永さんがステーキに夢中になっている間、普通の肉がこちらにも流れてきたので良しとする。


 そして、その代わりとばかりに。


「きゃーーーーー!?」

「うわっ!? えっ、なんで!? なんでディナの牛タン燃えてるの!?」

わたくしが聞きたいですわよ!? ちょっ、これどうすればいいんですの!?」


「まさか、これは……っ!」

「三角さん! なにか知ってるの!?」


「火の神の一柱……!?」

「緋の髪と火の柱ァ!」


「面白いこと言ってないで助けてくださいません!?」

「ステーキうめえ」

「喧嘩売ってますの???」


 ディナの牛タン串が炎上し、黒焦げ串が一本出来上がった。


「……俺の串、食べる?」

「いえ、そういうわけには……」

「じゃあせめて、半分こにしよう。事故みたいなもんだし……」

「私のも少しお嬢にあげるね……」

「……ステーキ一切れ、あげる」

「あ、貴方達……!」


 みんなの取り分が少し減って、代わりに友情が深まりましたとさ。

 やっぱり争いはよくないね。ラブアンドピース。

 世界の平和は少しの犠牲と愛でできているのかもしれない。


「……それで、この黒焦げ串はどうしようか……?」


「「「……………………」」」


 平和の礎は苦い。

 俺はこの日、一つの真理を学んだ。



 *



 網やら皿やらが片付けられた焚き火台で、三角さんが置いていってくれたケトルを使ってお湯を沸かし、これまた三角さんが置いていってくれたカップにコーヒーを淹れる。


「すみませんわね」

「いえいえ」


 それをディナに渡して、昼間のように二人並んでチェアに座る。

 三角さんと春永さんはシャワーを浴びに行った。荷物番も兼ねて、俺とディナが先に居残りのターンだ。


 椅子に深く腰掛け、コーヒーを啜りながら夜空を見上げる。

 都会を離れたロケーションだからだろうか。夜になって一層空気が澄んでいるように感じる。

 変に感傷に浸るような動作をしてしまうのも、きっとこの空気感のせいだろう。


「また夢中になってしまいましたわね……結局、写真の件は一向に進展してませんわ……」

「こっちは結構撮られたけどね」


 BBQのときに限らず、ここに着いてからというもの、春永さんは小さなデジカメによく俺たちの姿を写していた。


「あの子、人が油断しているところ撮るの上手ですわよね」

「えっそう? 俺、結構変に身構えちゃったところを撮られた気がする」

「ああ、貴方はそういうの敏感そうですものね」


 どういう意味だろう。あまり褒められてはいなさそうだけど。

 ただ実際、なんとなく視線を感じたと思ったらレンズがこっち向いていてギクッとすることが多かったのでなにも言い返せない。


「それはあの子もですけれど。向こうがこちらを急に撮るのだからとわたくしもカメラを向けようとすると、上手いこと隠れるんですのよねぇ」

「それはもう警戒されてるんじゃない?」

「ですわね……とはいえ理由を探るのもどう攻めればいいのか……あの子、会話中の空気の変化にも敏感ですもの」


 壁を張られた。踏み込もうとすれば逃げられる。そうこちらが察したことを向こうも察した。

 そんな空気もなんどか感じた。三角さんの依頼も、これまた思ったよりずっと難題かもしれない。


「まあ、明日もあるしね。気長にいこう」

「少し悠長じゃありませんの?」

「うーん……まあ、そうかもね。正直言うとさ、あんまり三角さんの意見に共感できてないんだ」

「そうなんですの?」


 言っていることはわかる。

 大事な思い出だから忘れたくない。

 薄れてしまうのも、変わりなく覚えていると言い切れなくなるのも怖い。

 その気持ちは、俺にもある。だけど。


「俺は、忘れないと思う」


 この夜空の色も。焚き火の温もりも。

 あの牛タンやナポリタンの味も。

 全部を変わりなく記憶しておくことは、俺にもできないと思う。


 ――それでも。


「今日という日があったこと。それが俺にとって、どれほど楽しい日だったか。一番大切なことだけは、きっと忘れない」


 それは思い上がりかもしれない。

 大人になって、何年、何十年とたって、思い出が増えていけば埋もれてしまうのかもしれない。


 それでも今は、根拠もなく信じている。


 〝大切〟をしまう箱に、容量なんてきっとない。


「三角さんも、そうだと思うんだ」

「……かも、しれませんわね。それでも依頼者の要望は汲まなければいけませんわよ?」

「わかってる。だから別に、協力したくないわけじゃなくて、別の形を検討してほしいわけでもなくて……なんだろうね。俺にもよくわからないや」


 なんだか、ディナの依頼を通して人と接するたびに、自分の方を見つめ直しているような気がする。


「なら、貴方も見つけなくてはいけませんわね。その答え」


 それも、策略の内なんだろうか。

 見つけ出したら、その先には一体何があるんだろう。


 いつかのディナの声が頭の中に蘇る。


 ――『私と恋仲になっていただけないかしら』


 いつまでも、なあなあにしているわけにはいかないな。









 そんなことを考えていたからですか?


「zzz……」


 シャワーを浴びて、ゆっくり談笑して、キャンプ場の消灯時間に合わせてテントで眠り、朝起きたらそこにすやすや眠るディナがいたのは。


「……………………」


 何かの試練ですか? 神様。

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