第31話 開戦の狼煙ですわ!
「なかなかいけますわね」
「簡単なのに美味しい! でもちょっと大味! っていうのがキャンプ飯のいいとこだよね〜!」
美味しそうにナポリタンを頬張る二人を眺めながら、いそいそと自分の分を消化していく。
つい「あの二人で会話が回るから無理に喋らなくていいか」みたいな感じになっちゃうな。
黙々とパスタを口へ運び続ける春永さんも同じ気持ちなのだろう。
さっきのBGMといい棒読みのサクラ質問といい、ノリは良さそうなのにな。
「ご馳走様ですわ」
「えっはやっ」
「お嬢足りた? 足りなかったらまだパンとかもあるよ!」
「大丈夫ですわ。それよりはい、視線くださる?」
スマホを構えるディナ。その動作でピンときたようで、三角さんはにっこりピースを返す。
「ほら、吹も」
えっ、ちょっ、まだ口の中入って――!
――パシャリ。
「ふふっ。ほっぺにケチャップついてますわよ」
だから待ってって……言えなかったけど。
目で軽く不満を訴えながら口の周りを拭う。
ほっぺってどこからどこまでがほっぺ? まだ取れてなかったりする?
「次はシホの番ですわよ」
「私はいい。ご馳走様」
有無を言わさず、春永さんはそれだけ告げると紙皿を置いて去っていってしまう。
「……すみません、少し事を急ぎすぎましたわ」
「そうかな? 自然な流れだったと思うけど……思ったよりもずっと手強いね」
「うん……いつもこうなっちゃうんだ」
話に聞いていたより直に感じる、明らかな拒絶の意思。
やっぱり無理やり結果を急ぐより、理由を探るほうが先みたいだ。
「ご馳走様。俺、ちょっと話してくるよ。片付け任せてもいい?」
「もちろんですわ」
「ごめんね多々良くん。よろしくね」
二人に軽く手を降ってから春永さんを追いかける。
キャンプ場は広い。うえに、シーズンだからか人も多い。ある程度間隔があいているとはいえテントも乱立している。
見つけられるかな。
不安になったのは最初だけで、意外とすぐに見つけられた。キャンプサイトを避けて道を歩けばそれほど人は気にならなかったからかな。
「春永さん」
「そっちが来るんだ」
「えっ?」
「なんでもない。なに?」
ディナに来てもらったほうがよかっただろうか。
しかし、今からではもう交代できない。
「食後の散歩、一緒してもいいかな?」
ディナなら、直接聞いたかな。
なんでそこまで嫌がるのかって。
それとも急に撮ろうとしたことを謝ったかな。
俺はなんだか、さっきのことに触れないほうがいい気がして、気後れしてしまった。
「お嬢とじゃなくていいの?」
それはどういう意味だろう。
もしかしてパパさんだけでなく春永さんにもなにか吹き込んでる?
それならまあ……それでもいいか。
「あとで行くときリードに失敗しないように、練習に付き合ってくれると嬉しいかな、なんて……はは……」
「そ」
そ?
春永さんはたった一音だけ発すると背中を向けて歩き出す。そして少ししてから振り返る。
「いかないの?」
「あっはい。いきます」
了承の言葉だったのか。だんだん尻すぼみになっちゃったせいで引かれたのかと思った。
少し後ろを歩くこと数分。二人になって改めて思う。
ハイテンションで解説まじりに引っ張ってくれる三角さん。
上手に振り回してくれるディナ。
春永さんと歩く道は、そのどちらとも異なる独特な雰囲気に満ちていた。
「なんていうか、どこ見てもテントとか木とかだね」
「そりゃね」
「あっでも建物も結構ある」
「高いけど、コテージのほうが素人には過ごしやすいからね。陽香の受け売りだけど」
「へぇ……春永さんはキャンプ歴長いの?」
「全然。今回で二回目。君たちとあまり変わらないよ」
「そうなんだ。結構慣れてるように見えたけど……じゃあクッキングの流れとか打ち合わせしてたの?」
「そう。君たちを楽しませるんだって、陽香張り切ってたんだよ」
「そっか。お陰様ですごく楽しいよ。ありがとね」
「どういたしまして」
初対面の印象ではもっと素っ気ない人だと思っていた。
広場で子どもがボール遊びしてるとか、炊事場から美味しそうな匂いがしてくるとか。
話を振れば、意外と結構話してくれる。やっぱりそれほどノリが悪いわけじゃないみたい。
それでもどこか、壁を感じる。それもなんだか、既視感のある感じの壁を。
一通り歩き終わってディナ達と合流するまで、その壁の原因も、そこから感じる既視感の正体も。
俺には、突き止めることができなかった。
*
自分たちのサイトに戻ると、三角さんが今度は私と行こうと春永さんをせっついて、少しの休憩の後、二人は散歩に出ていった。
「それで、どうでしたの?」
「ごめんなさい。なにもわかりませんでした」
「仕方ありませんわ。まだまだ始まったばかりですもの。変に踏み込みすぎてこのあとの空気を壊すよりはいいですわよ」
まさに俺もそれを危惧していたけど……それにしても春永さんのガードが固い。
これ以上は踏み込まないで、というラインを暗に匂わせている節がある。
このままでは最後まで踏み込み切れないかもしれないと思うくらいに。
……それは、それとして。
「あの、近くないですか……?」
「それも仕方ないですわ。せっかく一緒に来たのにあまり側にいられなかったんですもの」
だからってわざわざ肩が触れ合うような距離に座らなくても。
スペースも有り余っているし、わざわざ人数分のチェアも用意してもらったのに。
ある意味贅沢かもしれない。いいように捉えれば。
「それに今なら言い訳もたちますしね」
「やっぱりなにか吹き込んだでしょ」
「いいじゃありませんの。お陰でいろいろスムーズに進んだでしょう?」
「まあ、それはそう……かな?」
そうじゃなかった場合どうなっていたかがわからないからなんとも言えない。
あのパパさんなら平気だったような気もするけどなぁ。
「それより、お散歩のほうはどうでしたの? なにか面白いものはありました?」
「そうだなぁ……そういえば、少し歩いたところに川もあるんだってさ」
「いいですわね……水着も持ってくればよかったですわね」
「これ以上いたたまれなくさせないで」
「あら、いたたまれなかったんですの?」
水着の女子三人に一人紛れ込む勇気は流石にないです。
でもまあ、今のところは確かに、思っていたほど気まずくはないかな。
この時代、娯楽なんていくらでもあるのに。なんにもない場所でなにをするでもなく、他愛ない話をして、ゆっくりと流れていくのどかな時間。
来てよかった。すでにそう思えるくらいに満喫している。
「いや、来てよかったよ。巻き込んでくれてありがとね」
「ふふん! どういたしましてですわ!」
本当に、夢中になってしまいそうだ。
色くんのときみたいにはならないようにしなきゃな。
このときまでは、確かにそう思っていた。
わずか数時間で自ら覆してしまうなんて、このときは思ってもみなかったんだ。
けれど、たとえ知っていたとしてもどうしようもなかった。人には抗えないものがある。
夢中にならないほうが馬鹿げているというものだ。
――ジャーン♪ ジャンジャカジャカジャカ♪
「今日のォ! 夕飯はァ! バーベキューだァーーーーッッ!!」
「「いえーーーーい!!」」
「はよ焼け」
春永さんですらこの物言い。それもまた致し方なし。
なんといってもこれから、
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