第29話 教えるつもりが全部やってしまう、あるあるですわね

 パパさん(でいいよと言われた。そう呼べという圧を感じた)の運転でキャンプ場へ向かう。

 片道二時間半らしい。つまりパパさんは土日それぞれ五時間ずつを送り迎えで消化することになる。

 これが家族サービス。頭が上がらない。


 そんな長い道のりも、車内の空気は意外と明るかった。会話の中心にディナと三角さんがいるおかげだろう。


「そういえば、ヨーカとシホはどのようにして知り合ったんですの?」

「部活が一緒だったの! アウトドア部!」

「あれ、三角さんって退部したんじゃなかったっけ」


 思わず口を挟む。教室で耳に挟んだだけの話を出すのは良くないと知っていながら、この癖だけはなかなか抜けない。


「うん! 一緒に辞めた!」

「一緒に!?」

「合わなかったんですの?」


「うん。だってキャンプしたくて入ったのに毎日毎日体力づくり、筋トレ、ボルダリング。キャンプは月イチしかない上にそれも名ばかりでメインは登山。宿泊もテントすら張らず宿泊所を使うことのほうが多いなんて……登山部に改名しろよ」


 やば、地雷踏んだかも。

 あんなにキラキラした楽しみオーラを放ってたのに、急にどんよりした邪気に変わり始めた。


「舗装してもらった道歩いて宿泊所の人にお世話焼いてもらってそれでよく自分の力で生き抜く魅力がどうのだなんて勧誘できたもんだよ。自分に酔う前に周りの人にどれだけ助けられてるかまず自覚しろよ」


 しかも止まらないんだけど。

 どうしよう。ディナ……は、あらあらみたいな顔してるし。春永さん……は窓の外に夢中だけどそんな景色気になる?

 この三角さんより? 日常茶飯事なんですか? こうなるの。

 となると、頼れるのはもう一人しかいない。


「陽香は陽香で運動不足だっただけだろー? 父さんに車で荷物運ばせてばかりいるから」


「キャンプ地に着いてからは一人で全部できるし、免許取れるようになったら運転も自分でできるようになるからいいんですぅ! お父さんは黙ってて!」


 おお、流石パパさん。

 まだぷんぷんしてるけどもう暗いオーラも出てないし口調も戻った。

 娘の扱いはお手の物らしい。


 運転席に目を向けるとウインクが返ってくる。

 パパさんかっけえっす。助手席座れて光栄っす。


「ヨーカはわかりましたけれど、シホはどうしてアウトドア部に?」

「私も陽香と一緒。自分の力で生きていけるって誘い文句に釣られて、思ってたのと違うから逃げたクチ」


「自力で生きられるようになりたいんですの?」

「生き方くらいは、選びたいでしょ」


 これも、転校が多かった故の考え方なのかな……というのは、偏見だろうか。

 やめよう。写真に映りたがらない理由を知るために春永さんの人柄を知ることも目的の一つだけど、変に探ろうとしたら今日を楽しめなくなるかもしれない。


 思い出を残す手段を得るために思い出を歪めちゃ本末転倒だ。人柄は、探るものじゃなく仲良くなって知るもの。

 そのスタンスでいこう。


「退部するときね、織紡が辞めちゃえばって言ってくれたんだよ〜!」

「だって無駄でしょ」


「それでも一回決めたことだからって、私一人じゃ辞められなかったと思う! でも織紡が私も一緒に辞めるからって、そのかわりキャンプの仕方教えてよって言ってくれてね!」


「ちょっと、もうやめてよ」

「仲良きことは良きことですわね」


 そうだね。いいことだね。

 なのにそれをバックミラー越しに眺めてニコニコしているのにどことなく背徳感を感じるのはなぜだろう。

 覗き見にはあたらないはずなんだけどな。


 不思議ですね、パパさん。

 あっ、パパさんの笑みはこっちに向いてるんですね。

 男一人って気まずいよねわかるよの笑みかな。

 余計いたたまれないです、パパさん。


 車内って、逃げ場ないなぁ……。


 こちらが勝手に気まずさを覚えはしたものの、そこは流石のお嬢。

 うまく会話を回してくれることで、それほど俺一人が浮くこともなかった。

 もちろん春永さんも、ついでにパパさんも。


 三角さんの機嫌もすっかり直り、元のハイテンションに戻ってくれてからは和気あいあいとした雰囲気が車内に満ちたまま、無事キャンプ場へと到着した。


「到着!」

「ですわね」

「受付も済ませた!」

「私がね」

「お父さんも帰した!」

「本当にありがとうございました……」

「それではこれより、テントを張ります!」


 三角さんの高らかな宣言にディナと二人で控えめな拍手を返す。

 春永さんはノってくれなかった。クールな澄まし顔だ。


「それじゃあこれ、多々良くんのテントだよ! 立て方わかる?」

「たぶん……わからなさそうだったら聞いていい?」

「もちろん! 女子テント立ててるから何かあったらすぐ言ってね!」


 ポニテが犬のしっぽのようにブンブン振られていると錯覚するほど元気な三角さんからテントを受け取る。

 現地に着いてからテンションがさらに割り増しで高くなってるな。


 さて、それじゃあ設営だけど……まずは女性陣を様子見。

 向こうがテントを張る位置を確認したら、離れ気味に、でも割り当てられたサイトからははみ出さない位置に目算をたてる。

 この辺かな。整備されてるキャンプ場だからか下も綺麗だけど、一応わずかな小石をよけておく。


 で、テントを広げて……あ、ワンポールテントだ。家族とのキャンプでも立てたことがあるし、自力でも出来そうかな。

 家族で行ったのはもうずいぶん前だけど。わからなかったら三角さんに聞こう。


 出入り口は……女子テントのほうに向くのもあれだけど、わざわざ背を向けるのも変かな。並行にしとこう。


 そしたらペグを――


「多々良くん、どう?」

「あれ、三角さん。そっちはもういいの?」

「うん! 三人もいるしワンタッチ式だからね! すぐ終わっちゃったよ! こっちはこれからペグ打ち?」

「うん。フライシートまで一緒に打ったら、そのあと真ん中にポール立てて終わりだよね?」


「そうそう! でね! ペグは時計回りとか反時計回りとかに順繰りじゃなくて、一本打ったらピンと張って対角線! を繰り返すと綺麗に立てられるよ! こんな風に!」

「ああ、ほんとだ……あれ、あの、三角さん?」


「こんな風に! こんな風に!」


「はやっ! あの、でも、俺の仕事……」

「はいおっけー! あとはポール立てたら完成だから、頑張って!」


 一方的に仕事を取り上げてそそくさと去っていってしまった。

 目の前には地面にピンと張られた布だけが残されている。

 まあ、三角さんが楽しそうだったからいいか。


 それじゃあ最後に、中に入って、ポールを立てて……と。これでよし。


 外に出て確認してみれば――なんということでしょう。

 少し前まで布の塊だったものが、小さなピラミッドを思わせる四角錐型の立派なテントに――!


 まあほとんど三角さんの功績だけどね。


「こっちも終わったよ」

「はーい! じゃあ多々良くんの分のマットとタオルケットも渡しとくね! 他にも欲しい物があったら何でも言って! 大体あるから!」

「りょ、了解」


 すごい、これが専属運搬業者パパさん持ちの力か。

 キャンプの必需品とかよくわからないけど、冗談で「じゃあ俺の分の焚き火台を」とか言っても本当に出してくれそうな気がする。

 余計な藪をつつくのはやめておこう。


 大人しく渡されたマットとタオルケットだけをテントにしまって出てくると、ちょうどそこでディナが待っていた。


「首尾はどうですの?」

「至れり尽くせりなお陰でバッチリだね。また改めてお礼しないと」

「それも必要ですけれど、主旨は忘れてませんわよね?」

「写真の件ね。忘れてないけど、あまり無理に攻めてもなぁ……」



 会話しながら三角さんたちのところへ。いつの間にか焚き火台やら何やら、既に準備が完了している。

 力仕事くらいはと思っていたけど、気を抜くと何から何まで三角さんが一人でこなしてしまいそうだ。


「それじゃあ準備も出来たし、これから火を起こしてお昼を作るよ!!」


 合流直後、三角さんはこれまでで一番ハイなテンションを見せながら、高らかに宣言した。






___________


☆今日の同期生☆


春永はるなが 織紡しほ


転勤族の親に連れ回されてきた少女。

寂しい気持ちを写真で埋める。

自分の映らない写真で。

「自分の居場所は自分で決める! 自分一人の力で生きていくんだ!」と決意した中学一年の夏、家出して庭の物置に一週間引きこもった。

なお、その間の風呂、トイレ、食料はたびたび家に侵入し勝手に借りた。


吹からの一言

「家出(敷地内)」

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