第28話 お迎えですわ!

 未成年のみで宿泊する場合、親権者の同意、場合によってはそれを証明する同意書が必要になる。


 これは宿泊契約が法的行為にあたり、未成年には法定代理人を立てずに法的行為を行うことができないからだとか、そういう難しい話が絡んでくるせいだそうだ。


 大事なのは、同意書があれば子どもだけで泊まれるよ、ということじゃない。

 子どもだけで行動するときもその責任は大人の人にあるのだから、節度ある行動を心がけなければいけないということだ。


 節度というと堅苦しいけれど、基本的には大人でも子どもでも気をつけるべき人としての最低限のマナーを守っていれば問題はない。


 普段ならば。


 未成年だけの男女グループで泊まりに行くとなれば、きっともう少し複雑な話になるはずだ。

 変なことするわけじゃないんだからいいじゃんという話で済むほど単純じゃないはずだ。


 具体的に何がどうとは言えないけれど、俺の倫理観が良くないって言ってた。

 あと気まずいって。ディナ、三角さん、春永さんの女子三人に俺一人で混ざるの気まずいって言ってた。

 春永さんに至っては初対面というか、現時点で未対面だし。


 こっちのほうがより本心に近い自覚はあります。言い訳が長くてごめんなさい。


 ともかくそんなわけで、少し前には「ディナのやることに無関係でいたくない(キリッ)」なんて言っておきながら、今はもう既に、一歩退いた距離からの後方支援に完全に方針を切り替えていた。


 そんな土曜日の朝だった。


「ふーきーくーん!」

「ぐぁっは!?」


 腹部への衝撃で強制的に覚醒を促され、しょぼしょぼする目をしぱしぱさせながら起き上がると、脇にはいつもの四割増しの元気で仁王立ちする母がいた。


「おはよう!」

「なんで……お腹にかつぶし落としたの……」

「お母さんに起こされるよりかつぶしの柔らかい肉球で起こされたほうが嬉しいでしょ?」

「肉球の柔らかさ、なんの緩衝にもなってない勢いだったけども……」


 二段ベッドの上からは明が煩わしそうに寝返りをうつ音が聞こえ、部屋の隅では尻尾をアライグマのように太く膨らませたかつぶしが怯えた目でこちらを見ている。


 ごめんねかつぶし。なんで俺が謝るのか自分でもわからないけど、母さんは謝らないだろうから代わりにごめんね。


 そうして状況を把握しようと辺りを見渡し続けていた俺の目に、今度は信じられない数字が飛び込んできた。


「まだ六時半なんですけど」

「お客様きてるよ」

「……はい?」


 この母の嬉しそうな笑顔。

 非常識な時間帯。

 誰だかわからぬはずはないけれど、それでも信じたくない気持ちを抱きながら、二度寝をゆるさぬ母の仁王立ちに見送られるように玄関へ向かうと。


「お迎えに上がりましたわ!」


 ゴリ押し赤お嬢、見参。


「……なんでぇ?」

「吹の言い分は重々承知していますわ」

「うん。俺言ったもんね。今回は後方支援にするって」

「ええ。でももっと前にはこう言いましたわよね?」

「なんて?」


わたくしのやることに関係ないという顔をしていたくないと」


「……………………言……った」

「ですので! 巻き込みに来ましたわ!」


 ババン! みたいなオノマトペを背負っていそうな顔で胸を張るディナの前で膝から崩れ落ちてしまったのは、これはもう仕方のないことだと思う。


 誰か。仕方ないと言って。



 *



「で、言われるがまま着替え詰めて来たけど。キャンプ道具は?」

「ヨーカのお父上にお借りする手筈になってますわ」


「そっか、なんか申し訳ないな……同意書は?」

「不要ですわ。ご自宅の電話番号だけ控えさせていただきましたけど」


 教えてないけど。

 いや、母さんか。他にいないもんな。


「まあ母さんに話が通ってるなら俺はそこは別にいいか……料金は?」

「無理やり連れてきたのはわたくしですもの。今回はわたくしが出しますわ」


「いや、まあ、強引だったけど……最終的には自分で同意して来てるから自分で出すよ。いくら?」

「貴方ならそういいますわよね。なら、貸し一つにしておいてくださる? いずれどこかでなにかに替えていただきますので」

「その言い方だと無理やり連れていかれてお金も出させられるより理不尽に感じるの、なんでだろうね。いいんだけどさ」


 そんな話をしながら移動していれば、いつの間にか目的地……の、一歩手前。

 三角さん宅前に着いていた。


 大きく手を振って呼んでくれているキャップの人が三角さんだから、もう一人のうなじのあたりで髪を結んでいる眼鏡の女子が春永さんで、車に荷物を積み込んでいる人が三角さんのお父さんかな。


「ご機嫌よう。絶好のキャンプ日和ですわね」

「うん! おはようお嬢! 多々良くんも来てくれてありがとね!」

「おはよう、三角さん。お邪魔じゃなかったかな……?」

「ううん全然! 人多いほうが楽しいもん!」


 テンションが高い。オーラが迸っているようにすら見える。本領発揮といったところか。

 どうやら、男女がどうのなんて気にしていたのは俺だけらしい。

 俺が三角さんと挨拶しているうちに、ディナは春永さんに向かう。


「それで、貴女が春永織紡ですわね。カルディナ・バーネロンドですわ。シホと呼んでも?」

「お好きに」

「ごめんね、二人の約束に急に割り込んで。ええと、多々良吹です。よろしくね」

「別に。よろしく」


 おぉ……すごく素っ気ない。ちらと顔を確認されただけであとはずっとスマホを見ながら返事された。

 あまり関わってこなかったタイプの人だ。


 春永さんのキャラに新鮮さを感じていると、今度は三角さんのお父さんが声をかけてくれた。


「積み込み終わったよー。二人の荷物も後ろ乗せちゃう?」

「ああ、いえ、俺は大丈夫です。そんな多くないし。ディナは?」

わたくしも大丈夫ですわ。それより、本日はありがとうございます。いろいろお世話になりますわ」

「いやいや! 娘と仲良くしてもらえるのもキャンプに興味を持ってもらえるのも嬉しいからね! おじさん頑張っちゃうぞー!」


 筋肉がパンパンに詰まった力こぶをディナに披露するお父様から少し離れ、俺は三角さんに耳打ちをする。


「お父さんが送り迎えしてくれるんだっけ。キャンプ中も一緒にいてもらったほうがいろいろ都合よかったんじゃ……?」


「最初はその予定だったんだけど、今日は午後からお仕事の付き合いがあるんだって。だからお父さんがキャンセルになるとこだった分を多々良くんに置き換えて、お嬢一人分だけ予約内容更新したんだ」


「ごめん、手間とか大丈夫だった?」

「借りるサイト数も立てるテントの数も変わらないから電話一本だったよ?」


 そういうものなのだろうか。父に連れて行かれたことはあるけれど、自分で予約して自分でキャンプに行ったことはないからそこら辺の勝手はよくわからない。

 けど、大丈夫だったというならそうだったのだと思うことにしよう。

 どうせ今からじゃなかったことにもならないし。


「吹くん」

「あっはい!」


 ディナの挨拶が済んだのか、お父様が声をかけながら近寄ってきて思わず飛び上がる。

 娘に手を出すなよ的なアレでしょうか。ごめんなさい。別にそういうアレを話していたわけではなくて――!


「わかるよ」

「……はい?」

「わかる。わかるよ。女所帯に一人混ざる気持ち。大変だよなぁ」

「えっあの」

「おじさんもね、大学のゼミとかもう奴隷と言っても過言じゃない状態だったなぁ……その分男だらけのキャンプサークルが癒しでね」

「そ、そうなんですね」

「ごめんな〜おじさんも一緒にいられたらよかったんだけど……何かあったら娘に言ってね。気にかけてあげるよう言ってあるから」


 なんかよくわかんないけどすごい共感されてる。その共感に俺は共感できないのに。

 少し申し訳ない気持ちもあるけれど、どう訂正すればいいかもわからないし、変に睨まれるよりはいいととりあえず相槌を打っておく。

 うんうん。わかります大変ですよね(わかってない)。


「気まずい時間も多いと思うけど、せっかくのチャンスだ! 頑張れよ少年!」

「はは……えっ? チャンス?」


 視線が俺から移る。その先を追う。

 俺と入れ替わるように三角さんと話すディナを見てから再び俺に視線を戻したお父様が親指を立てる。


「狙ってるんでしょ?」


 ああ、これはあれだな。

 俺をキャンプに巻き込むに当たって、俺が狙ってるのは三角さんじゃなくてディナだということにしておけばお父様の警戒心を解きやすいとか、そんな入れ知恵をしたな、さては。


 俺の訝しげな視線に気づいたディナが見せたドヤ顔には、一石二鳥ですわと書かれていた。


 虚しくはないのだろうか。いや、そこに言及できる立場じゃないけどさ。

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