第27話 淑女の火を灯せ! ですわ!

 一緒にいられるかわからない……?


「それって例えば、転校とかで?」


 三角さんは俺の問いに、眉を下げた微笑みを浮かべてこくりと頷いた。


「相手の子、五組の春永はるなが織紡しほっていう子なんだけど、両親の都合でよくお引越しするんだって。中二になるときこっちに来たから、これまでの周期的に来年度か再来年度にはまたいなくなっちゃうと思うって」


 あ、相手のほうか。

 三角さんのほうが転校するのかと思った。


「だから、思い出を写真で残したいということなんですのね。その気持ちを素直に伝えれば嫌とは言わないのではなくて?」

「……ううん。言ってみたことはあるんだけど、『ごめん』って。それしか言ってもらえなかった」


「彼女が嫌がる理由に心当たりはあります?」

「写真映りが悪いから、って言ってたよ」


 それは、離れ離れになるかもしれない友達の真剣なお願いを拒否する程の理由だろうか。


 まだ春永さんの人柄もわからないうちから決めつけにかかるつもりはないけれど、なにかもっと、大事な気持ちが根っこにあるような気がする。


「とにかく、相手のことを知らなければどうしようもありませんわね。一応お聞きしますけれど、ヨーカは写真にこだわりたいんですの?」


「えっと……というと?」


「いえ、春永織紡がどうしても嫌がるのが写真だけであるなら写真以外の形で、たとえばお揃いのアクセサリなどで形に残す方針もアリかと思いましたので」


 確かに、副案としてはそういうのもいいかも。

 俺はそう思うのだけど、三角さんの表情は明るくなかった。


「無理なら仕方ないと思う。でも、できれば写真がいいかな」

「それはどうして?」

「いつまでも心の中に残しておけるものって、ないと思うから」


 なんでだろう。

 三角さんが言っていること、頭ではわかるのに。

 なぜだか俺には、頷けなかった。


「キャンプって一期一会だから、同じ季節に同じ場所に行っても全く同じ景色は見れないのが魅力でもあるんだけど。記憶の中にしかない景色は時間が経つと、いろんな補正がかかっちゃうから。目の前に広がる景色と記憶の中の景色を比べて寂しくなることもあるんだよ」


「そうですわね。それはもう、そういうものですもの」


「でもね、これ見て。先月織紡が撮ってくれたんだけど」

「あら……!」

「うわっ」


 差し出された一枚の写真には三角さんが映っていた。

 背景はロケーションも判別できないほど暗いけど、三角さんは暖かに照らし出されている。焚き火の明かりだろうということはそれだけでわかった。


 問題は三角さんの表情と持っているもの、もっと言えば、頬張っているものだ。


 厚切りベーコンはずるい!


 しかもそんな塊で串に刺して、表面が自ら染み出したであろう油でカリッと揚げ焼きされていて、肉汁が滴って……それを、そんな、美味しそうに……!


 ああ、もうダメだ。口がベーコンになってしまった。それもスーパーでパック売りされているような薄切りベーコンスライスでは我慢できない。

 ブロックだ。最低二センチ以上の厚さを所望する。今すぐ食べたいんですけどどこにありますかそれ? コンビニにはないよね?


 詰んだ。


「この時のベーコン本当に美味しくて……あれ、多々良くんどうしたの? えっお嬢!? よだれ! よだれ出てる!?」

「ベーコン……」

「じゅる……」


「ちょっ、ちょっと一回写真しまうね!? しまっていい!?」

「まって、まだ食べてない……」

「写真だよ! 食べれないよ!」


「じゅる……」

「お嬢戻ってきて! そんなキラキラした目で見られたらしまえないから! 戻ってきてー!!」


「はっ!? わたくしとしたことがつい……」

「塊肉……」

「ほら吹、戻ってきなさい。ああヨーカ、早くそれしまっていただけます? ちょっと威力が高すぎますわ」


「う、うん……ごめんね……?」


 ああ……いってしまった……ベーコン……。

 仕方ない。ええと、それで、なんだっけ?


「話を戻しますと、さっきの写真が春永織紡の撮ったものということでしたわね」


「う、うん。……いつまでも残り続けるものなんてないって、織紡も知ってるからかな。織紡の写真なら信じられるんだ。記憶が色褪せても、ぼやけちゃっても、逆に美化されすぎちゃっても。この写真を見て思い出せるベーコンの味や火の暖かさは、あの日のままだって」


「つまり、貴女の依頼は」


「うん。私、織紡に残して欲しいんだ。私たちが一緒に過ごした日々を、何十年先から見返しても信じられる形で」


 それはとても切なくて、綺麗な願い事に見えた。だから余計に、なぜ春永さんが嫌がるのかが俺にはわからない。


「でも、やっぱり、私の勝手なわがままだよね、こんなの」


 わからない、なら。

 次にどうするかは決まってる。

 だよね、ディナ。


「そうですわね。それは貴女のわがまま。ですがそれなら、どうしても映りたくないというのも春永織紡のわがままですわ。わがまま上等じゃありませんの!」


 ディナは三角さんに言い放つ。

 嘘も誇張もなく。

 遠慮も忖度もなく。

 まっすぐに。


「淑女之心得、其ノ弍! 淑女とは、心偽らぬ者である!」


 それはいつか動画で聞いた、ディナの心の道標。


「お互い抱える想いがあるのなら、必要なのは諦める理由ではなく、ぶつかっていく覚悟ですわ!」


「私、ただの一般人だよ。お嬢みたいな淑女なんかじゃ」


「淑女之心得、其ノ壱! 淑女とは、心に淑女の火を灯す者である!」


 言葉を遮ってでも畳み掛ける。

 そんなことは関係ないのだと。


「一般人かどうかは関係ありませんわ。貴女がどうあろうとするかというだけの話ですもの」


「私が、どうあろうとするか……」


「貴女はどうしますの? 本心に蓋をして諦めるか。願いを叶えるため動き出すか」


 こんな風だったのかな。

 あの夜、君の瞳に自分を見た俺も。

 今の三角さんみたいな顔をしていたのかな。


「私も、なれるかな」

「なれますわ。貴女が心に火を灯すなら」


 きっとそれは聞くまでもない。ディナもわかっているだろう。

 だってもう、三角さんの目には熱が籠もっている。


「私、知りたい。織紡がそこまで嫌がる理由は本当に写真映りだけなのか。私ができることは諦めることだけなのか。お嬢、多々良くん。手伝ってもらってもいい?」


「お任せあれ」

「ですわ!」


 ぶつかってみる。相手と向き合う。そして相手を知って、できること一つひとつにアグレッシブに挑戦していく。


 それがディナのやり方だと、俺は身を持って知っている。その効果の程も。


「さて、具体的にどう攻めていくかですけれど……やはり一緒に出かけて、挑戦しつつ探ってみるのがいいですわよね」

「あっ! それならさ!」


 パンと両手を合わせた三角さんの閃きは突如として俺に告げる。


「来週土日の一泊二日キャンプ、お嬢たちも来る?」


 今回、お前メンズの出番はないと。






__________


☆今日の同級生☆


三角みすみ 陽香ようか


キャンパー女子。

『虫に悲鳴をあげ、テントに文句を垂らし、グランピングしか経験ないくせにキャンプを語るエセキャンパー女子』にツバを吐く存在。

火を見るのが好き。ものを焼くのも燃やすのも好き。有害物質とかゴミの処理とかさえなければこの世の全ての物質の燃やし比べをしてやるのにと常々考えている。


吹からの一言

「思いとどまれるだけの常識を持っていてくれてよかった」

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