転校少女は思い出いらず
第26話 FukiフォルダにINですわ
あふれるディナの張り切りパワーは結果として、テストまでの間に発揮されることはなかった。
勉強以外の依頼が発生しなかったためだ。これは、忙しそうなディナを気遣ってのものでもあるのだろう。
実際、ディナを介さず、俺の方に少し来た。
目薬ネタを擦りすぎてウケなくなってきた、というダイゴの相談とか。
色くんからのしりとりのお誘いとか。
そもそも芸人じゃないんだからウケを狙う必要はないのでは、と何気ない日常会話の練習に取り組んだり、役割を取られたという念がこもった、相谷さんの恨めしそうな視線に耐えたり。
夜は、通話越しに雑談(一応科目に関する内容が多いけど)をしながらのんびりディナとテスト勉強をしたり。
そんな穏やかな日常を繰り返しているうちに、いつの間にかテスト期間最終日を迎えていた。
――キーンコーンカーンコーン――
「はい、ペンを置いて。裏返して後ろから前に送って」
先生の指示に従って送られてきた答案用紙を、出席番号順を崩さないように前で一纏めにする。
軽く先生が確認するのを見届けて、俺たちの期末テストは無事完了した。
「吹。テスト明け早速で申し訳ありませんけれど、今日すこし残れます?」
「あ、ディナ。えっ今日?」
「ええ。すみませんわね、突然で」
「いや、それはいいけど……難しい依頼?」
「へ? いえ、内容はまだ聞いていませんけれど……どうして?」
「いや、なんかいつもより疲れ気味に見えたから」
「ああ……いえ、疲れてるわけではないのですけれど」
そうなんだ。
俺は普通に疲れたけど。テストで。
「……テストって、60点が平均になるよう作られてますわよね?」
「何人かの先生は中間のとき、そのくらいの難易度を目処に作ってるって言ってたね」
もちろん、ちょうどピッタリ60点になることはまずない。
それより高ければ比較的簡単だったということになり、低ければ難しかったということになる。
先生たちはそのブレもフィードバックしながら、毎回丁度いい難易度のテストを目指して作ってくれている……らしい。
「一応、任せっぱなしというのもあれなので、押見奈子に何をどう教えるつもりなのか、良子に聞いたんですのよ」
「う、うん。それで?」
「良子の張ったヤマが本当に全て出題されていて……しかも
「えぇ……」
そんなのもう未来予知なんじゃないだろうか。
絶対平均点が取れる必要最低限量の出題予想。
公表すれば悪用する人がでてきそうだ。
なにをどうすればそんなもの生み出せるんだろう、と佐藤さんの席の方を覗うと、机に突っ伏して熟睡している。
テスト勉強が最低限で済んだ分、ゲームや声優関連の情報をこれでもかと詰め込んできたのだろう。
巻き込んだ側としてはもはや何も言えない。
合掌。
「吹? いきますわよ?」
「あっごめん。すぐいく」
掃除当番の人に困った顔で見られながら熟睡する佐藤さんを尻目に教室をあとにする。
向かう先は色くんのときにも使った旧校舎空き教室。
後ろから声がかかったのは、丁度俺たちが足を踏み入れた直後だった。
「お嬢ごめんね! 遅れちゃった……あれ、多々良くん?」
「
「うん、お疲れ。……ホントだったんだ」
「何が?」
「多々良くんがお嬢の付き人してるって」
「付き人!?」
ダイゴがそんなことを言うとは思えないし、色くんや相谷さんからそんな単語が出てくるとも思えない。
一体誰がそんなことを……。
「ごめん、違った?」
「似たようなものかもしれませんわね」
「違いますけど?」
ディナさん? なんでちょっと嬉しそうなんですか?
こちらまだ処理が追いついていないんですけど。
今日の依頼者はこの人か〜なんて思う隙すらなかったんですけど。
「立ち話もなんですから、座りましょうか」
「釈然としないなぁ……ええと、今日は三角さんの相談に乗るってことでいいんだよね? 俺もいて大丈夫?」
「うん。多々良くんさえ良ければ、聞いてくれると嬉しいな」
いつものように並んで座る俺とディナ。その向かいに座るのは
茶色がかった短めのポニーテールを揺らすキャンパー女子だ。
三角さんがひとつ咳払いをして居住まいを正し、それを見て、澄まし顔のディナの横で俺も背筋を伸ばす。
「あのね、一緒に写真を撮りたい人がいるの!」
「なるほど。それで勇気が出ないから背中を押してほしいということですのね?」
「あっ、ううん。そういうことじゃなくて」
ディナってまあまあ外すよなぁ、こういうの。
「何か言いたいことでも? 吹」
「滅相もないです」
「ならいいですけれど。ええと、それで? そもそも頼むのが難しい方ですの?」
「ううん。友達だし、お願い自体はもう何度もしてるんだ。けど、写真撮られるの好きじゃないみたいでいつも断られちゃって……」
ああ、そういうタイプか。
でも正直ちょっとわかるな。俺も写真撮られるの好きじゃないし。
ディナみたいに画になる容姿してたらまた違ったのかな。
「わかるなぁ……」
「吹」
「はい?」
――パシャッ
「……あの、ディナさん?」
「友人であるならこのように、事後承諾で押し切れる可能性もありますわよ」
「うん、俺まだ承諾してないから今のところただの事後だけどね?」
ディナがこちらをスルーするからか、三角さんも俺に申し訳なさそうにしながらもそちらの会話を進めていく。
「たぶん、許してくれるとは思うんだけど……でもきっと、嫌な気持ちにもさせちゃうから」
「なら写真も諦めた方がいいのではなくて?」
「そうだよね、やっぱりわがままだよね……」
「何か事情でもおありですの?」
俯いて沈んだ声で話す三角さんの様子を見て、ディナの声が柔らかくなる。
答える三角さんの声はいつもの声に近かったけれど、どこかもの寂しさを感じずにはいられない声だった。
「来年の夏は、一緒にいられるかわからないから」
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