第25話 〝こう〟なった視野を〝こう〟ですわ!
「本当にもう大丈夫なんですの……?」
「大丈夫だよ。平均点までなら最低限の勉強で取れちゃうから。テストまでには私がどうにかしておくね」
布教パーティーの準備だ! と教室を飛び出した押見さんを見送った後、ディナ、佐藤さんと教室に残る。
佐藤さんはこのあと押見さんの布教パーティーに出席しつつ、彼女の勉強の面倒を請け負ってくれるらしい。
完全に丸投げする形になってしまった。
勉強についてはこっちでも協力するつもりだったんだけど……佐藤さんいわく、むしろ邪魔らしい。
「何から何まですみませんわね……それにしても、その、変わった趣味ですわね……?」
「そうかな?」
ただでさえ宇宙空間に放り込まれたような表情をしていたディナに、佐藤さんが
「私ね、友達の目を覚まさせてあげるのが趣味なの!」
と言い放った時のディナの顔といったら。
写真撮っとけばよかった。
俺も、目を覚まさせるというよりはより強力な洗脳で上書きしてない? というのが正直な気持ちなので、人のことは言えないのだけど。
「一体、何がどうしてそんな……いえ、悪く言うつもりはありませんけれど」
「ん〜……私もね、最初はたまたまだったよ? たまたま昔からの友達が変になっちゃって、どうにかしなきゃって、すっごい不安になりながら試行錯誤してね?」
明るく笑いながら言っているけれど、友達が急に「学校なんか知るか! それよりゲーム! アニメ!」みたいな感じになっちゃったら、そりゃあ不安だよね。
もしディナがそうなっちゃったら……。
――『今日はRTAに挑戦していきますわ! あっ、チャンネル登録ありがとうございますの!』
あれ、なんとかなりそうだぞ……?
「それでもね、一生懸命手を掴んで離さないでいたら、私を一番にしてくれたんだ。こんな普通な私を、一番大事な拠り所に」
佐藤さんは笑う。
普通だなんてとんでもない。
「それがね、忘れられないの! それだけ!」
これほどの努力を、それだけだと言えてしまう。
そんな普通があってたまるかという話だ。
「それが例の、コスプレグッズの方ですの?」
「うん! そういえば、そのときだったよね? 多々良くんに助けてもらったの」
「えっ」
「詳しくお願いしますわ」
「ふふっ。あのね、それまで一回も話したことなかったのにね? 突然話しかけてきたと思ったら、マンガとかアニメとか、なるべくお金をかけずに楽しむためのいろんなサービスを教えてくれて」
あーーーーーっ!?
それが最初の……っ!? 確か中一のときの……あーーーーーーっ!
黒歴史が! 封印の蓋が!!
「なんだったんだろうって思ってたんだけど、気づいてたんだよね?」
「どうなんですの?」
「いやぁ……マサカソンナ」
あの、いくらなんでもわかり易すぎるとは自分でも思っているので、顔を見合わせてクスクス笑うのは勘弁してくれませんか……。
だって、仕方がないじゃないですか。
「でもそれがなかったらあの子、取り返しのつかないことになってたかもしれないから」
家が裕福でなくて。家族みんなに余裕がなくて。好きなものの話を無邪気にできるクラスメイトが羨ましくて。
だから体育の時間、女子更衣室で盗みに手を染めようとしてしまった子と、それを見咎めた佐藤さんの言い争いを。
顔でボールを受け止めて、鼻血を垂らしながら保健室へ向かう道すがら小耳に挟んでしまったなんて話、どう切り出せばいいというのか。
「だからね、私が今も頑張れるのは、多良々くんのお陰でもあるんだよ?」
「そんな、偶然だよ」
だから、白々しくても最後までとぼけ続ける。
決して、洗脳だとか、共犯だとかといった二字熟語が頭に浮かんでしまったからとかではなく。
佐藤さんは最後にもう一度、ディナと顔を見合わせて一笑いしてから布教パーティーの会場へ向かっていった。
「結局、なにもできませんでしたわ……」
「お互いにね……」
「良子を引っ張ってきたのは貴方の功績でしょう」
「じゃあ、司先生から依頼を受けてきたのはディナの功績だね」
「ああ言えばこう言う……はぁ、いいですわ。次頑張ればいいだけですもの!」
顔を上げて、両の拳をぐっと握る。
最近はしゅんとした姿を見ることが多かったけど、このほうがディナらしいな。
「それに想定外ではありましたけれど、
「本来の目的?」
「昨日通話で話したじゃありませんの」
「ああ……価値の話」
そういえば、本当に思わずという形でだけど。
また、受け止め方もわからないまま見つけてしまった。
「貴方のお陰、だそうですわよ?」
「荷が重いね」
「まだまだ。これからもっと見つけていきますわよ!」
駆け出す君の背中を追えば、見つけられるだろうか。
君の気持ちへの、応え方も。
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