第24話 普通の概念が壊れますわよ!?
月曜昼。一年一組担任の司先生は、ディナを呼び出し依頼を行った。
『二組に勉強を拒否している生徒がいるらしい。このまま中退することも厭わない勢いだそうだ。解決しろとまでは言わないから、代わりに様子を見てきてくれ』
上記の内容からダウナー教師フィルターにかける前の内容を逆算してみよう。
二組担任の先生がとある生徒の学習態度について悩んでいることに気がついた司先生は、さりげなく状況を聞き出した。
そこから強引な強権発動は逆効果だと判断した司先生は次に、生徒の手でより近い距離から、なるべく負荷をかけない形での干渉を試みる。
そこで担当者にディナを抜擢。
『悩みがありそうだったら同級生として寄り添ってあげて! 難しいとこはこっちで対処するから! 無理はしないでね! (意訳)』
たぶん、こんなところだろう。
『ターゲットは
スマホを立て直し、見えるようになったディナの表情は暗い。
口調も何かと重たげだ。
『勉強ができるできない以前にお話を聞いていただけず、逃げられてしまって……どうしたものかと頭を抱えていたんですの』
ここまで話を聞いていくつかの方針を検討してみる。
まず、俺とディナでどうにか解決してみる。
出来たら大きいだろう。こちらのメリットとしては。
前回の失敗も挽回できるし、成功例になってくれたら、俺もこれからも一緒に頑張らせてほしいと言い出しやすくなる。
ただ、向こうは既にディナを警戒している。俺からのアプローチも出来なくはないけれど、おそらく押見さんの好きなアイドルゲームを履修しなければ効果は薄い。
そうやってゆっくり仲を深めて、意識を変えて、勉強もして、では時間がかかりすぎる。
期末に間に合わないだけならまだいいけれど、本人が学校を辞めてしまうほうが早くては元も子もない。
具体的かつ効果的な策がないなら、押見さんにとっていい結果にはならないだろう。
次に、先生に投げる。
様子見という依頼はすでに達成できている。具体的な解決は任せてしまってもいい。
ただこれは、責任を放棄するだけの行為だ。
解決からも改善からも、失敗からも。俺たちだけが遠ざかる行為。
ディナがよしとするはずはない。
俺も嫌だ。
そして、最後に。専門家に頼る。
餅は餅屋。蛇の道は蛇。イベントボスには特効キャラ。
結論から言えば、俺はこの方針を取ることを選んだ。
俺にはその伝手があったから。
結論を重ねよう。
圧倒的だった。
「なんだお前!? なんだお前ぇ!?」
「大丈夫! 大丈夫だから! 勉強なんかすぐ終わる! 私が張ったヤマを覚えるだけだから!」
「怪しいんだよぉ!? 大体あたしは勉強なんか」
「役に立たないと思ってるんでしょう!? 大丈夫! 出会えるから!」
「意味わかんねえよ!?」
「私の友達もね、そうだったの。でも今は、彼女ね?」
「知らねえよそんなヤツ! あたしは――」
「推し活で、お金を稼いでるの」
「――――なに?」
「ほら、これ」
「コスプレ造形品のオーダーメイド? ……っ!? これで、5万……!?」
「どう? すごいでしょう?」
「い、いや! こんなのはできるヤツの話だ! あたしは! あたしは……っ!」
「そんなことない!!!!!」
「ヒッ!?」
「この子も最初は酷いものだった。バカだから何もわからなくて、手先も不器用で、上手くできなくて泣いてばかりで……でも! 幾万のゴミの上に! ようやくここまでできるようになったの! なんでかわかる!?」
「な、なんで……?」
「そこに! 愛があるからだよ!」
「……っ!」
「あなただってわかるでしょう!? 頑張る勇気をもらったでしょう!? それは逃げる言い訳に使うためのものだったの!?」
「ち、違う! でも、あたし、ほんとになんもできないから……」
「なにもやってないからでしょ!!!」
「ひゃうっ!?」
「意味があるからやるんじゃないの! 役に立つからやるんじゃないの! やってから選べるの! どんな意味を持たせるか! なにに役立てるか!」
「そ、そんな……」
「いい大学行けとか! いい企業入れとか! そんなことは言わないけど! やりたいこともできなくなっちゃう道を自分から選んでどうするの!」
「でっでも、あたし、やりたいことなんて」
「さっき言ってたでしょ! 今日は帰って声優さんの旅ロケ動画三周はするんだって!」
「そ、そうだ。こんなことしてる場合じゃ――」
「いいの!?」
「なにが!?」
「聖地巡礼、したくない?」
「聖地……巡礼……ッ!?」
「見たくない? 推しの見た景色。食べたくない? 推しの食べた特産品」
「み、見たい……食べたい……でも、そんなお金……ハッ!?」
「そう、稼げるの……推しのくれた勇気で、あなたが頑張れば!」
「お金……稼げる……」
「推しのくれた勇気があれば、勉強もできる!」
「勉強……できる……」
「スキルが身につけば、好きをお金にできるものに出会える!」
「出会える……」
「お金があれば!?」
「聖地にいける……!」
「イベントも!?」
「行き放題……!」
「物販も!?」
「コンプ余裕!!」
「そのときは私も側にいる。だから、まずは教えてよ。あなたの好きなもの」
「……いいのか? ここから先は沼だぞ」
「バカ言わないで」
「沼なんて、もういくつも沈んできたよ」
「ハッ、バカ野郎が……」
交わされる固い握手。
傍で眺めているディナの顔が困惑を超えて虚無になりつつあるけど、それも仕方がないだろう。
「貴方が以前言っていた趣味がどうのって、こういうことですの……?」
「まあ、うん。そうかな……?」
固い握手を交わす少女たちの片方は今回のターゲット、押見さん。
もう片方。俺が呼んだ助っ人はディナにとって、高校で初めてできた友達。
「あっ、お嬢、多々良くん。どうだった? 私、ちょっとすごいでしょ?」
佐藤良子さん。
趣味が〝視野狭窄女子の目を覚まさせてあげること〟なだけの、普通の女の子。
__________
☆今日の同級生☆
学業、スポーツ、容姿、全て平均の範囲から逸脱しない、とても普通で普通に優しい普通の女の子。
趣味は「バカなオヤジから金巻き上げて何が悪いの?」というパパ活女子や「彼にはあたしがいないとダメなの!」というアイドル狂いなどのような視野狭窄女子の目を覚まさせること。
学級委員その1。
吹からの一言
「人助け、かな………………?」
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