第23話 手のひらコロコロですわ

 授業さえ真面目に受けてれば平均くらい余裕だろ。


 いつか誰かが言った。そうもいかないという人は実際にいるわけで、口に出してしまった彼は一部から反感を買ってしまっていたけど。


 俺はといえば、口にこそ出さないものの、確かに平均点を取るのに不足のない人間ではあった。


 だから、範囲の広い受験勉強はともかく、テスト勉強なんてものは一通り軽く復習する程度のことしかしてこなかった。


 実際にやってみて思う。


 ――ガタッ! ガチャガチャ! ドタン!


『吹!? なんか後ろから凄い音してません!?』


 テスト勉強、うるせぇ……。


 月曜日。土曜の接続テストを除いて初めての勉強会は、開始直後からグダグダだった。


「かつぶしを寝室に連れていってもらったんだけど……出てきちゃったみたいだね。今、リビングのドア開けようとドアノブに飛びついてる」


『もう入れてあげたらどうですの? 勉強会よりよほどご家族のご迷惑になりますわよ』

「元々、夜のひとり運動会でこのくらいの音を立てることはよくあるけど」

わたくしが集中できませんわ。いいから開けて差し上げてくださいな』


 そう言われちゃ仕方ない。

 オチが見えつつも、言われた通りドアを開けて招き入れる。

 かつぶしは部屋に飛び込むと、テーブルに飛び乗りスマホへ一直線。


『ご機嫌よう。ご主人とこれからお勉強ですの。大人しく見守って――あっ、こら、そんなに頭を擦り付けたら、あっ』


 ――パタン。


『……知らない天井ですわ』

「来たことあるじゃん」

『わざわざ見上げたりしてませんもの。あぁっ! 肉球が! 肉球がー!!』


 一向に勉強に戻れない……!

 仕方なくかつぶしを抱き上げ床に下ろす。


『あぁ……肉球……』

「喜んでたんかい……それより勉強でしょ」

『仕方ありませんわね』


 下ろしたそばから再度テーブルに登ってきたマイペース怪獣は尻尾攻撃に作戦を切り替えたようだ。

 横合いから尻尾が伸びてきてノートをぺしぺし叩くけれど、ギリギリ勉強には支障なし。

 気にせずスマホを立て直して勉強に戻る。


 普通、勉強会ってどういう雰囲気なのだろうか。

 俺ですら多少行き詰まっても、自力で解けない問題というほどのものは滅多にない。

 ディナなら尚更だろう。


 電話越しで手元のノートもあまり見えないし、そこ間違ってるよとか、ここわかる? とか、そういう会話の糸口すら見つからない。


 加えて。


『? どうかしました?』

「いや、なんでも」


 部屋着。いつもと違う、サイドから体の前に流した髪型。

 妙に落ち着かない……。

 しかも背景。あまりよく見えないけど、ウチよりだいぶグレードの高そうな部屋に見える。

 一般家庭という話じゃなかったっけ……?


『ふふっ。それにしても、こうして黙々と勉強している姿はすっかり優等生ですわね』

「元々問題児でもないしね」

『そうですわね……最近わたくしが相手しているのに比べれば、本当に……』


 芝多くんとかかな?

 お疲れ様です……。


「やっぱり教えるのって大変?」

『そうですわね。どう伝えれば分かっていただけるか悩んだり、そもそも受けていただけなかったり』


 第六感。そんなものが自分に備わっているとは思っていなかったけど、何故か自然と頭に浮かんだ。


「それって、司先生に呼ばれてた件に関係あるやつ?」


 今日の昼休み、先生がディナを呼び出しているのを俺の耳が拾っていた。

 これは放課後呼び出し案件かな、と思っていたのに、特に声を掛けられなかったから真っ直ぐ帰って来てしまっていたけど。


『貴方は変なところで鋭いですわね……』


 何かしらの依頼があったことは確からしいと、ディナの苦笑を見て確信する。


「相談室案件なら呼んでくれたらよかったのに。この間のことまだ気にしてるの?」

『それとこれとは別ですわ。そもそも最初から、貴方に全てを手伝わせるつもりはありませんでしたもの』


 今更そんなこと、と思ったけど、そういえば。

 最初から、呼ばれたのはダイゴのときだけだったような。

 勝手にディナの目的を察した気になって色くんのときも自分から首を突っ込んで行ってしまったけど、そういえば呼ばれてはいなかったような……。


『そもそもわたくしがなぜ貴方を巻き込んだか、おわかり?』

「みんなへの手助けを手伝わせてみんなと関わらせたり、俺が自分の価値を信じられるように功績を作るため……?」

『いいえ。そういう副産物もあったようですけれど。本来の目的は、貴方に気づかせるためですわ。わざわざ作らなくてもそこにあるものに』


 ダイゴは言ってくれた。


 ――『だって俺も嬉しかったもん。多々良だけが、ダイゴって呼んでくれてさ』


 みんなの助けになることができて、俺も自分の価値を信じられるようになれて、というのがディナが描く筋書きだと思っていた。


 けど、そうだ。あれは、もっと前から――。


『今回は、貴方と関わりのない方の案件ですから。貴方が手伝う必要はありませんわ』

「…………そっか」


 じゃあ、頑張って。無理しないでね。

 きっと、それが【観客】のセリフだった。


「で、何が上手くいってないの?」

『……吹? 話聞いてなかったんですの?』

「いや……なんでだろうね。【観客】なら、遠くから見守っているべきだと思うのにさ」


 きっともう、誰よりも。

 彼女との繋がりが太く、強く、結ばれてしまったからかな。


「ディナのやることに、関係ないって顔してたくないや」


 ――パタン。


「ディナ? あの、スマホ倒れたけど」

『いいんですわ』

「えっでも」

『いいんですの』


 顔見えないと不安なんですけど……。

 や、やらかした?


「ごめん、無理にとは言わないけど……迷惑、だった?」

『ええ。本当に、困った人ですわ』

「なんか嬉しそうじゃない?」

『どうかしらね?』

「相谷さん構文やめて」


 伏せられて真っ暗な画面からクスクス笑い声が聞こえてくる。

 それでやっとホッとした。弄ばれてるなぁ……。


『それでは、聞いていただけます?』

「うん、もちろん」


 弄ばれてても、まあいいや。

 そう思ってしまう俺にも、原因があるんだろうな。

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