第22話 通話は通話でいいものですわね

 土曜日の昼頃。

 何とはなしに寝転ぶ愛猫を撫でていると、猫は心地よさそうにぐっとその身を伸ばし、俺は細長くなったお腹に顔を埋めたくなる。


 突如としてスマホに着信が入ったのは、ちょうどそんなタイミングだった。


「はい」

『ああ、吹。今お時間大丈夫です?』

「うん。かつぶし吸おうとしてただけだから」

『……はい?』

「なんでもない。どうしたの?」


 電話の相手はもちろん、緋色の髪のあの人だ。

 電話越しでは表情はわからないけれど、なんだか珍しくまごついているような……。


『その、昨日はすみませんでしたわね。朝も、放課後も』

「いや、別に元々約束してたわけじゃないし。放課後も、佐藤さんたちと遊ぶ予定が入ったんでしょ?」

『また盗み聞きですの?』

「聞こえてきただけです」


 何やら落ち込んだ様子のディナを気遣って、今日はパーッと遊ぼうと、そんな話をしていたのを思い出す。


 色くんもまだ本題は解決していないけど、相谷さんとゆっくり進めていくと言っていたし、昨日は久しぶりに、穏やかな放課後を過ごすことができた。


 だから、別に俺は大丈夫だったんだけど。


「ディナはもう大丈夫なの? 調子悪そうだったけど」

『ええ……ご心配おかけしましたわ』

「差し支えなければ、理由とか聞いても?」

『いえ、その、本当に大したことではないんですのよ? その……』


 ディナがそんなに言い淀むようなことか……。


 昨日、別れた時点ではある程度立ち直れていたみたいだし、色くんたちとのことではなさそうだけど。

 あのあと何かあったのかな。


『振り返ると、最近特に吹に甘えてばかりな気がしてしまって……』


 ……んんー?


「それで、距離を置こうと……?」

『距離を置こうとまでは……ただ、きちんとシキたちに謝るまでは、と……』


「気にしなくていいのに。……あれ? でも、それなら俺が教室についたときには済んでたんじゃ?」

『ええ、済んだは済んだのですけど……その、自分から離れておいてなんなのですけれど、吹のいない通学路が思いの外寂しくて……』


 ……なんじゃそりゃ。


『はっ! 吹! ビデオ通話に切り替えていただけます!?』

「え、なんで?」

『照れ顔見逃した気配がしますわ!』

「却下で」

『チッ』

「舌打ちした?」

『いいえ? 淑女はそんなはしたないマネはいたしませんわ』


 どの口が……?

 これは、素なのか、無理に気丈であろうとしてなのか。

 電話越しだと意外とわかりづらい。


「それじゃ、月曜日は一緒に行く?」

『……いえ、あまり頻繁だと悪目立ちしかねませんもの。いい機会ですし、少し頻度を減らそうと思いますの』

「そっか……」

『あら、もしかして寂しがってくれてます?』


 思い出す。一人のとき。一緒のとき。

 からかわれたり、振り回されたり、心労も多いはずなのに。

 昨日、実感しちゃったからなあ。


「まあ、そりゃね」

『そ、そうですの……? 今日は変に素直ですわね……』

「……ビデオ通話、する?」

『んなっ!? ……結構ですわ!』


 思わず頬が緩む。なるほど。

 ディナはいつもこんな気分なのか。


『とにかく! あまりわたくしのことは気にせず登下校してくださいな! そろそろ放課後も期末試験の対策などで忙しくなる頃でしょうから』

「ああ、そっか。そっちは手伝わなくていいの?」


『手伝えるほど成績よくないでしょう。【観客】だなんだといわず本気でやればもっと伸びるでしょうに』

「俺なんてまだまだだよ。佐藤さんみたいにドンピシャで平均点とれないし」

『そちらの方向を目指してどうするんですの……それに、成績云々を抜きにしても、貴方あまり人が多いのは得意ではないでしょう?』

「まあ……」


 無理、というほどでもないけど。

 でも確かに、教わらなきゃわからないほど不出来でもないけれど、教えられるほど出来がよくもない。


 参加したところで、端っこで一人黙々と取り組むことになりそうだ。


『実は今日もこれからクラスの何人かで勉強会ですの。貴方も呼ぼうか悩みましたけれど……呼ばなくて正解だったみたいですわね』

「はは……ごめん」

『別に構いませんわ。その代わり、夜にお時間いただけますかしら?』

「夜?」


 基本的に時間なんていつでも空いているけれど。なんで夜?


『こうして通話でも繋げながらテスト対策をしませんこと? それなら周囲の目を気にする必要もございませんし』

「なるほど。寂しくもないしね」

『お互いに、ね。で、どうですの?』


 流石に二度は効かないか。

 もちろん快諾、といきたいところだけど。


「一人部屋じゃないからなぁ……明は嫌がるだろうし。遅くなってもいいなら、家族が寝室に引っ込んだあとのリビングでできるかもだけど」

『私は構いませんわ。ご家族に聞いておいてくださる?』

「了解」


 こうして、テストまで毎日、夜二十二時半からの一時間をリビングでのテスト勉強に使うことになった。


 しかもディナの強い要望を受け、ビデオ通話で。


 母への説得は骨が折れると予想していたのだけど。


「お母さんも混〜ぜて☆」

「手伝えるならいいよ」


 と、数Ⅰの教科書を渡してみたところ、


「お母さんの時代はこんなのやんなかったけどなぁ〜」


 などとぶつくさ呟きながら引っ込んでいった。

 そんな訳あるか。


 母のことは置いといて。

 他にもいくつか不安はある。


 安物だけど、このマイク付きイヤホンちゃんと機能するよな、とか。

 これ使っても家族の迷惑になるほどうるさくなったりしないよな、とか。


 その辺の問題を確認するためのテストとして、早速今夜繋いでみることにしたのだけど……。


『吹? 吹〜〜?? 画面が見えないのですけれど????』

「かつぶし……」

「ナァーン」


 マイペース怪獣かつぶしによって、画角調整のうえ立てておいたスマホは倒されたあげく座布団にされた。






__________


☆今日の家族☆


かつぶし


元は多々良家の軒先に住み着いた野良猫。

今ではもっぱら吹のベッドに住んでいる。

2歳のオス。柄は茶トラ。

毛玉を吐くときは主に吹のベッド、吹のカバン、吹の制服を狙う。

一度こんこんと説教されたことがあるが、一瞬たりともドヤ顔を崩さずにいたら吹のほうが折れた。

夢は減塩じゃないかつお節を食べること。

多々良家内カースト二位。


吹からの一言

「猫と共に暮らすとはこういうことだよ」

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