第21話 男の子のカルマですわね……

 二人並んで歩く帰路。

 まだ三回目だけど、ディナのほうが元気がないのは初めてのことだった。


「不覚ですわ……」

「まあまあ。俺も近くにいたのに間に合わなかったし、今回は色くんがすごかったってことで」

「言うほど近くもなかったでしょう。それに貴方は疲弊していましたし……それもこれも、わたくしのせいですわ」


 そっか。自分が間に合わなかったことだけかと思っていたけど、それも気にしていたのか。


「お二人を見守って、何かあれば助けに入るのがわたくしの役割でしたのに、目的を見失って自分のことに夢中になるなんて……」


「そういえば、ずいぶんはしゃいでたね」

「うぅ……本当に申し訳ないですわ。あまりにも、その、貴方とのキャッチボールが楽しくて……」


 キャッチボールに、なってたか……?


「キャッチボールに、なってたか……?」

「うっ! ……すみません」


 やば、声に出てた。

 これ以上凹ませるつもりじゃなかったのに……!


「一生懸命ボールを拾ってくる貴方が可愛らしくて……」


 あれ、これちょっとは怒っていいやつかな?


「それに、その」

「まだあるの?」


「……貴方に格好いいところを見せたかったんですの」


 本気でしゅんとしながら言われると照れもできないし文句もいえない。

 ただでさえいつも手も足も出ないのに。


「まあ確かに、格好よかったけどね。それに、俺も楽しくて夢中になっちゃってたし」


「吹……」


「だからこれは、二人の過失だよ」

「……貴方といると、つい甘やかされてしまいますわね」


 これですっきり、とはいかないだろうけど。

 困り顔のまま、口元だけでも微笑んでくれただけマシかな。


「それにしても、すごい威力だったね、バーネロンド流投球術。一回も捕れなかったや」

「ふふ。それはもう、頑張りましたもの」


「少年野球か何かやってたの?」

「いえ、その、中学のとき、昼休みに周囲の迷惑を顧みず変化球の練習をする男子がいまして……」


「覚えて黙らせたと……」

「だっ、黙らせてはいませんわよ!? 技名だって彼らが付けてくれたものですもの!」


「ああ……どうりで」

「どうりで、なんですの?」

「なんでもないです」


 〝陽炎の無回転球ミラージュナックル

 〝燃え刈る死神の鎌バーニングスライダー

 ……皆まで言うまい。


「ま、わからないでもないですわ。わたくしもオトコノコですわねって微笑ましく思っていましたもの……ただ、やってみたら意外と気合が入るんですのよ。技名叫ぶの」

「へぇ……」


 確かに気合はすごかった。

 いや、気合も、か。

 そんなこと知ったところで、俺には必殺技もなければ披露する機会もないけど。


 ……ちょっと羨ましいかも。


「……ふぅ。ありがとうございます。ちょっと立ち直れましたわ」

「そっか、よかった」

「では、立ち直りついででなんですが、吹?」

「なに?」


「ココロを脅した件について、詳しくお聞かせ願えるかしら?」


 ……あっ。


「ご、ごめんなさい」

わたくしに謝っても仕方ないでしょう」

「うん……明日相谷さんに直接謝るよ」

「そうしなさい。まあ、本人は気にしていませんでしたけれど」

「えっ?」


「うんって言えない私に口実をくれたんだと思うから、だそうですわよ?」

「……いつ?」

「貴方がシキを保健室に運んでいるときに」


 あのときか……。

 まあ、それにしてもひどい手段を取っちゃったから、謝らなくていいやってわけにはいかないけど。


「もしかして、代わりに謝ってくれた?」

「貴方が一人で勝手に悪者になろうとするからですわ。一緒に頑張ると言ったのは貴方ですのに」


 自分が言ったことがこんな形で返ってくるなんて。

 そっか。これも、なのか。


「まだまだ、視野が狭いなぁ」

「全くですわ。お互い、精進しないといけませんわね」


 おたがい、って、その四文字がこんなにも頼もしく思う気持ちを。

 俺もいつか、君に返さなきゃな。



 *



 朝起きてキッチンを覗く。


「なぁに? 吹。今日のお母さんそんなにキレイ?」

「はぁ…………」

「その返し、お嬢ちゃんにやったらダメだからね」


 準備を済ませて家を出る。


「行ってきます」


 ディナがいない。

 念の為近くの曲がり角の向こうや電柱の影も確かめたけど、いない。


 元々ディナが勝手に来ていただけで一緒に登校しようなんて約束をしていたわけでもないし、いないのが普通ではあるんだけど。


 二日連続で来ていたのが急に来なくなると、なんとなく心配になる。


 寝坊? 風邪?


 何か別の用事があるだけだとは思うけど、少しでも可能性があると変に心配性を発揮してしまうのはなぜだろう。



_____________________


吹:大丈夫?


ディナ:心配無用ですわ。お気遣いなく。

_____________________



 メッセージには反応があった。

 起きてはいるようだ。

 病欠とかなら……いや、できることはないな。住所知らないし。

 普通に学校行って、いなければ先生に聞こう。


 方針を固めて一人で学校に向かう。

 たった三日前までと同じなのに、なんだか静かに感じる道を歩いて登校する。


 教室に着いて、やや緊張しながら中に入ると、いた。


 珍しく机に突っ伏していて、芝多くんや佐藤さんが心配そうに取り囲んでいる。


 ディナの声は小さくて聞き取れないけど、聞こえてくる会話の端々からして成立していそうだから起きてはいるだろう。


 そっちも正直とても気になったけれど、もっと気になったのはその前。


「ルージュ」

「ジュール」

「……ルイス・フロイス」

「スコール」

「る!?」


 またやってる……相谷さんと色くん。

 相谷さん泣きそうになってるけど。

 仲良くなれた、ん、だよね……?

 本来の主旨はそこじゃなかったはずだけど、そっちも進歩が見えるから、いいのかな。


 後で聞いてみよう、と机に鞄を下ろすと、スマホが震える。

 ……色くん?



_____________________


色:ありがとう師匠

  お陰でちょっと前に進めた


吹:助けになれたならよかったよ

  ……師匠?

_____________________



 振り返って色くんを見る。目が合う。

 すると色くんも振り返って、視線は……机に突っ伏すディナの……スカートに……。


 ……………………。


 再び目が合う。謎のサムズアップ。


 ああ、もう、これだから。

 二度と、猥談なんかするもんか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る