第20話 魔球ですわ!
場所を変え、俺達が今いるのは第二グラウンドの端。
すぐ側では野球部の皆さんが部内紅白試合をしているようだ。
「よくわかりましたわ。お二人は簡単な単語なら発することができる。けれど、それは自分のペースが保てる間は、ですわ」
「だからペースを意図的に乱すために、キャッチボール?」
「道具及びグラウンド端の使用許可は頂いてきましたわ」
さすが、手際がいい。お陰で俺たち四人の手にはしっかり、体育倉庫から借りてきた備品のグローブがはめられている。
「ルールは捕球から返球までを三秒以内に行うこと。その間会話を途切れさせないこと。会話内容は、最初はしりとりでいいですわ。慣れてきたら質疑応答に切り替えること。タイミングは任せますわ」
コクリ。うなずく二人。
適度な距離を保ってボールを投げ合う。
最初は相谷さんから。
「りんご」
「ゴースト」
「とまと」
「トロール」
すでにやや癖があるなぁ……。
「で、俺たちはどうするの?」
「ぼーっと眺めているのもなんですから、二人を見守りながらのんびりやっていきしょうか」
「やるのはやるんだね」
「しりとりまではしませんけれどね」
ということなので、ディナから距離を取り、相谷さんの横、少し離れたところに立つ。
「では、いきますわよー」
「ばっちこーい」
「バーネロンド流投球術――!」
「えっちょっまっ」
「〝
「キャッチボールで投げるやつじゃない!!」
ミラージュナックルー!>
マッテ! ムリムリムリ!>
「ふぇ、フェアリー!」
「り、り、リコイル!」
「る!? る、る……る〜〜!? あぅ!」
慌てるあまり捕り損なって、ゆるい軌道のボールを頭で受ける相谷さんの横で、犬にボールを取ってこさせる遊びのごとく。エラーしては拾ってきて、エラーしては拾ってきて。
数往復のやり取りの中、ただの一度も、俺の思考は止まらなかった。
むしろ回数を増すほど、深く、深く、研ぎ澄まされていく――!。
ディナの持ち球は二種類!
右に曲がる球か、ブレ球か!
そしてブレ球は球速がでない! 故に!
一歩! 投げる瞬間、右に出る!
フォームからは判定ができない。
が、投げた瞬間に右にいれば。
球速を見てから跳んでも間に合う!
速いなら右へ! 遅いなら前へ!
飛び込んで捕まえる!
最悪、体当たりでも!
極限まで研ぎ澄まされた集中力の為せる業か。
止まったようにゆるやかな時間の流れの中で、確かに俺は聞いた。
本来この距離であれば聞こえないほど小さな、呟くようなディナの声を。
「流石ですわね、吹。ですが貴方は一つ、重大な見落としをしていますわ」
なんだって……!?
「ストレートがないはずがないでしょう!」
しまっ――――!?
「ちぇすとーーー!!」
「技名ないのーーー!?」
ボールは見事に、右側へ飛び込んだ俺の左を後ろに抜けていった。
「しゅ、趣味は!?」
「ど、どっ、読書! あなたは!?」
「えっ!? げ、ゲーム! 好きな色!」
<シロー!
<クロー!
ああ、いいな、あっちは平和で。
「〝
「それ無理だって!」
こっちは最大限頭を使って対処しようとしてきたけど、頭より体力の方が追いつかない。
最後までボール拾いで終わりそうだ。
脇腹を押さえ、ぜえはあ肩で息をしながらネット際まで転がっていったボールを取りにいく、その何回目かのことだった。
遠くからバットがボールを捉える、甲高い金属音が聞こえてきたのも。
「あぶない!」
野球部の誰かの叫ぶ声が聞こえてきたのも。
つられて振り返った先で、流れてきたファールボールが真っ直ぐに相谷さんに向かうのを見たのも。
今までに見たことのない色くんの表情が目に入ったのも、その叫びが聞こえたのも。
「相谷さん!!」
飛び込んだ色くんが相谷さんを抱えて地面を転がる。
「二人とも!」
「大丈夫ですの!?」
二人の下へ急いで駆け寄る。
ボールは……ギリギリ当たらなかった、ようには見えた。
でも万が一があってはいけない。
駆け寄った先にあったのは――
「相谷さん! 相谷さん! 大丈夫か!? ケガは!?」
「あぅあぅあぅあぅ……!」
転がり込んだ勢いのまま、仰向けに寝転んで顔を真っ赤に染める相谷さんと、その上に覆いかぶさって心配の言葉を投げ続ける色くんという光景だった。
「色くん、色くん」
「多々良! どうしよう!? 相谷さんが!」
「落ち着いて、大丈夫だから。それより多分、その体勢のほうがまずい」
「体勢……?」
色くんの視線が、俺から下へ。
二人の目が合う。
「……………………きゅう」
「きゃあ!?」
「色くーん!?」
「ええ、大丈夫ですわ。ボールは当たっておりませんので。ええ、ご心配おかけしました」
意識を手放し相谷さんに向かって崩れ落ちた色くんを引き剥がし。
心配して様子を見に来てくれた野球部の方の対応をしてくれていたディナに、相谷さんのフォローと道具の片付けを頼み。
俺は、気絶した色くんを保健室に運び込んだ。
*
ベッドに眠る色くんの横で、パイプ椅子に腰掛けて息を整える。
体育でしか運動をしていない俺に今日の運動量はキツすぎる……。
辺りを見渡す。誰もいない保健室。
どこも打っていないけど、たぶん過度の緊張で倒れたんです。
そう俺に申告されて訳がわからんという顔をした養護教諭の先生は、用があるからと席を外してしまった。
無人の保健室にいると身長計を使いたくなるのはなぜだろう。
「はっ!?」
あ、起きた。
「色くん、大丈夫? 何があったか思い出せる?」
ぽかんとした顔。次第にぶるぶる震えだす。
「絶対引かれたいやむしろ嫌われた絶対うわむりごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「色くん落ち着いて。落ち着いて一回深呼吸しよう。はい吸ってー、吐いてー」
顔を両手で覆ってノンブレスで懺悔を吐き出す色くんをなだめる。
ちゃんと覚えてるみたいだ。
よかった、と言っていいのかは、この光景を見てるとよくわからなくなるな。
「す〜〜っ、はぁ〜〜っ……悪い、多々良」
「ううん、全然。二人とも無事でよかったよ」
本当に、頭でも打っていたらどうしようかと思った。
二人を見守るのが俺の役割だったはずなのに、ボールを追いかけていたら手遅れになってました、では合わす顔がない。
そう、合わす顔がないのは俺の方で。
だから、そろそろ顔を上げてくれると嬉しいんだけど……。
「ずっと、なんとなく生きづらいんだ」
俯いて両手で抱えた色くんの頭から、覇気のない声が漏れた。
「俺だって、下心なんか持ちたい訳じゃないんだ。向けられる側の気持ちを考えると苦しくなる。なのに、どうしようもなく湧いてくる」
「……うん」
あぁ……わかるなぁ……。
おかしいことじゃない、変じゃない、って頭では思っても、なんだか汚いものみたいに感じてしまうんだ。
それで、どうしてもっと純粋に人を想えないんだろうって、思うんだ。
「だから、扱い方がわからなくて。男子とも話を合わせられない事が増えて……空気を悪くしてばかりで……何を言っても、言わなくても、申し訳なくて、どんどん言葉を失くして」
「うん」
「でもこのクラスになってから、そんな俺を受け入れてもらえた気がしてたんだ。前よりずっと、困った顔をされることが少なくなったから」
「うん」
頭の片隅で緋色の髪が翻る。
「なのに、またやらかした。相谷さんに申し訳ない……」
俺も、同じ立場だったらきっと同じように思う。
今、そうじゃないのはきっと、俺が彼の外側から接して感じたことがあるからだと思うから。
これは、俺が伝えるべきことなんだ。
「君が申し訳なく思うのは、これでもかってくらい君が人の気持ちを考えてくれるからだよ。今回だって、人のことを想って走り出せる君だから、俺じゃなくて、ディナじゃなくて、君が間に合ったんだ」
「多々良……」
「俺は、そんな君を尊敬するよ。きっとディナも感謝すると思う。相谷さんだって」
背後でガラリと、ドアが開く音がする。
「嫌だったかどうか決めるのは、まだ早いと思うよ」
「しっしし、色、くん……!」
「さが、や、さん……」
ベッドの傍を相谷さんに譲って、ドア側に下がる。
ちょうど、ディナが彼らを見守る横に。
「あっあり……ありが、と! 助けて、くれて……!」
「っ! ……キモく、なかった? あの、その……」
「ピッ!?」
「……ぴ……?」
「う、ううん! 恥ずかし、かったけど、嫌じゃ……っ」
「…………」
「…………」
二人が赤面して固まったところで、横から袖をそっと引かれ、顔をそちらに向ける。
ディナが顔を近づけてくる。
変な意図がないのはわかっているのに、二人につられてしまいそうだった。
「いきますわよ。これ以上は野暮ですわ」
「りょ、了解」
小声で端的に会話を済ませて静かに保健室を出る。
ドアを閉める間際に少しだけ振り返って見た限り。
色くんはもう、前を向いていた。
__________
☆今日の必殺技☆
〝
すごくブレる。
〝
すごく曲がる。
ストレート
すごくはやい。
吹からの一言
「次はとれる」
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