第19話 ゲームのルールは要確認ですわ!

 ある日のこと。


 先生のお使いとトイレへの寄り道をしていたら移動教室に遅れそうになってしまった俺は、教科書を取りに寄った教室で、一人残るクラスメイトを目にした。


 彼女は真っ白なブックカバーに包まれた文庫本を、ほんの少しだけ開いた隙間から覗き込んでいた。

 おそらくは、ここで気づくべきだったんだ。


 ところがあまりにも鈍い俺は、何も考えずに近づいていき、すぐ斜め後ろから声をかけてしまった。


「相谷さん、移動教室遅れるよ?」

「ひゃぁっ!?」


 飛び上がって振り返る相谷さんは本を取り落とした。このとき、ページが彼女の右手に引っかかり、覗き込んでいたページが開かれたまま机に落ちた。


 そこには、裸で抱き合う二人の男性キャラの挿絵が――!


 彼女はその日、放課後まで机に突っ伏して過ごした。


 俺は、何も見なかったことにした。


 ここまで言えば十分だろうけど、念の為紹介しておこうと思う。


 出来る限りいい声で以下の台詞を読み上げてください。


「それはどうかしら」

「さぁて、ね」

「ふふ……ご想像にお任せするわ」


 出来ましたか? でしたら、それで彼女のモノマネと言い張ることができます。

 そんな感じの意味深bot。

 それが相谷心さん。色くんの同類である。


「…………」


 睨まれてる……あのことバラしてないでしょうね? って念が伝わってくる。

 誰にも話してないです。本当です。

 伝われ、伝われ〜……。


「それで、ココロを交えてどうするつもりですの?」

「え? あ、そうだった。とりあえず二人で練習してもらえたらと思うんだけど……」


「本気ですの? 少々ハードルが高すぎるのではなくて?」

「うん……でも、俺やディナが相手をやると忖度しすぎちゃうかなって」

「まあ……それはそうですわね」


「だから、程よく負荷をかけつつ、似た者同士お互いに配慮しながら練習できる最適な人選だと思ったんだけど……相谷さんにはどこまで話した?」

「シキの了承を得ていませんから、手伝ってほしいことがあるとしか」


 なるほど、まあそうか。

 まずは色くんに事情を話していいか聞かないと。


「色くん、いい? 相谷さんに相談の内容を話しても」

「……ああ、いいだろう」


 女子相手だし恥ずかしがるかな、と思ったけど、すんなり許可が出た。

 よかった。一歩前進だ。


 無事に了承を得たことで、肯定の言葉だけでなく、きちんとコミュニケーションを取れるようになりたいという色くんの要望を相谷さんに伝える。


 かくかくしかじか。

 まるまるうまうま。


「それで、相谷さんには色くんの会話練習の相手になってもらいたいんだけど……いいかな?」

「さぁ、どうかしらね?」


 ……………………。


「……これ、どうするんですの?」

「え、ええと、嫌なら嫌って言ってくれていいんだ。元々頼む義理はないわけだし」


「さぁて、ね」

「……あの、喋るのがむずかしいなら、OKなら縦に、NOなら横に首を振るとかでも」

「それはどうかしら」

「……わざとやってる?」

「ふふ……ご想像におまかせするわ」


 ……どうしようこれ。


 色くんは嫌がられてるのかもしれないとそわそわしっぱなしだし、ディナはだから言ったじゃありませんのって視線で訴えてくる。

 余裕綽々なのは相谷さんだけだ。


 詰みか。仕方ない。


「そういえば、相谷さん。以前相谷さんが読んでいた本だけど」

「!??」


「あれ、なんていうタイトルなのかな? 俺も読んでみたくて」


 ブンブンブンブン!


 音がしそうなほど勢いよく首を縦に振る相谷さん。

 勝った、という気持ち半分。

 申し訳ない気持ち半分。


「相谷さん、別に俺は君に強制したいわけじゃないんだ。素直に答えてくれればいい。それは、OKってことでいい?」


 …………コクリ。

 縦に小さく頷いてくれた。

 これでようやく先に進める。


「吹。あとで話がありますわ」


 先のさらにその先にもう一難関生えた。これが試合に勝って勝負に負けるってやつか……。


「と、とにかく、ありがとう相谷さん。それじゃあ、えっと……ディナ、なんかいいゲームとかない?」

「どうしてここまで来て人任せなんですの……ゲーム?」

「うん。フリートークは流石に難易度が高いだろうから、簡単なゲームでもと思ったんだけど」


 さっき色くんとの会話がゲームみたいだったから、とは言えない。


「それなら……そうですわね。ここにノートの切れ端がありますわ」

「あるっていうか、今切ったね」

「おだまり。ここにお題を書いて、裏返して……はい、お二人とも。自分では見えず、相手には見えるよう、額の位置にかざしてくださる?」


 ああこれ。見たことあるかも。


「自分の紙に書いてある単語を言ったらアウトってゲームだっけ?」

「相手にNGワードを言わせるゲームでもありますわね。でもそれはお二人には難しいでしょうから、自分のお題を先に当てたほうが勝ちにしましょうか」


 当てに行かなきゃいけないから、相手に質問しなきゃいけない。

 でも質問は簡単なものでいいし、回答もイエスかノーで答えられる。

 うん、ちょうどいい塩梅かも。


「でもそれだと、先行が有利じゃない? 交互に攻守を分けて、当てるまでのターン数が短いほうが勝ちとかのほうがいいんじゃ?」

「それだとおそらく、時間がかかりすぎますわ。ターン制も設けませんから、是非積極的に話してくださいな」


 まあゲームの勝敗じゃなく会話練習が主旨だし、それでいいか。

 こっちでどんどん話を進めるから、当の二人が置いてけぼりになりかけてるけど。


「それじゃ、思い思いにやってみなさい」


 投げやりに開始宣言がなされ、邪魔にならないよう俺とディナが少し二人から離れる。


 言われるがまま紙を額の位置にかざし、にらみ合う二人。


 色くんのお題が『りんご』。

 相谷さんのお題が『くま』だ。


「…………」

「…………」


(……開始する気配が見えないんだけど)

(言ったでしょう? 時間がかかると。いきなりいつもと違うことが言えるようになれば苦労はありませんわ)


 離れたところで小声でディナと話す。

 これは長期戦になりそうだ。

 こっちはこっちでなにかしてようか。


 そんなことを考えていると、相谷さんが攻めに出た。


「食べ物」

「……!」


(シキが先かと思っていましたのに。ココロのほうが先に動きましたわね)

(疑問符ついてなかったけどね。イントネーション的に)


「…………」

「…………」


(……やっぱりNOは言えないんですのね)

(今日よくなるなこの空気)


「生き物」

「ああ」


「哺乳類」

「そうだ」


「うさぎ」

「…………」


「りす」

「…………」


(やっぱり時間かかるねこれ)

(それよりココロのチョイスが意外に可愛らしいのが気になりますわ)


「…………」

「…………」


(止まっちゃったけど)

(シキ! 攻め時ですわよ!)


 こちらの声は聞こえていないはず。

 そう思いたい。だからたぶん色くんが動き出したのは、彼も攻め時と判断したからだろう。


「食べ物」

「…………!」


(動いた!)

(ナイスですわ! これで――!)


「それはどうかしら?」


「…………」

「…………」


(……ねぇ、これ)

(……いえ、頑張っていますから、一応もう少し見守りましょうか)


「……生き物」

「そう思う?」


「…………道具」

「さて、ね」


「…………」

「…………」


「大きい」

「! ……ああ」


「……くま?」

「フッ、そうだ」


「勝負あり! ですわ!」

「色くんがハードモードすぎる……」


 やれやれ完敗だぜ、みたいな顔をする色くんと、得意気な顔でふんぞり返る相谷さんの下へ歩み寄ると。


「まあ質問に答えていないので、ココロの反則負けですけれども」


「「!?」」


「その時点で止めてあげてよ……」


 相谷さんは崩れ落ち、色くんはひたすらオロオロした。






__________


☆今日の同級生☆


相谷さがや こころ


偽装イケボ意味深bot。

その実態は極度のむっつりスケベとバレたら恥ずかしい気持ちを混ぜ合わせ(以下略)。

ブックカバーで表紙を隠したラノベをちょっとだけ開いてえっちな挿絵を見ようとしていたところを吹に見つかる。

決断・肯定する勇気がなくて曖昧にぼかすことでしかコミュニケーションが取れないさみしいいきもの。

なんでも肯定できる色くんすごいと思っている。


吹からの一言

「すまなかったと思っている」

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