第14話 真っ赤な紅葉をつけて差し上げますわ!
――キーンコーンカーンコーン――
放課後のチャイムが響く。
さて、また図書室にでも退避しようかな。
と、思っていると、呼び止められた。
「吹。どこ行きますの?」
「どこって……」
これまでは一目散に教室を飛び出しても呼び止められることはなかったのに、今回は呼び止められた。
ということは。
「すぐ?」
「すぐですわ」
どうやら今日は、完全に人がいなくなるまで待たなくていいらしい。
それじゃあこのまま本題を、と行きたいところだけど、そうもいかない。
なぜなら掃除の邪魔になるから。
何も言わずに教室の掃除当番に加わると、ディナもまた何も言わず、そこに加わった。
「お嬢〜相談……お嬢、今日掃除当番だっけ?」
「手伝ったほうが早く終わって教室が空くのも早くなるでしょう。ダイゴローも手伝いなさいな」
「あっそっか。おけ。チリトリ持ってくる!」
意気揚々とチリトリを取りに行ったクラスメイト男子。
どうやら今日ディナに呼ばれた理由は、彼にあるらしい。
*
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。
性格もいい。
でもどれも【お嬢】には勝てない。
そんな評価から、カースト一位のポテンシャルを抱えたままイジられ枠にすっぽり収まった残念イケメン。
それが
今日の『お嬢相談室』(個別指導とは別扱いらしい。一緒でよくない?)の利用者である。
「多々良さ、昼休み生徒指導室に呼ばれてなかった?」
開口一番それっ!?
「
「い、いや、ちょっと司先生と個人的な話があって……別に問題とかはないよ?」
どうして教師が気軽に使う空き教室って生徒指導室なんだろう。
職員室に近いからかな?
こうして出入りしているところを見られると余計な疑惑を産むのに。
「大丈夫ならいいんだけどさ。ここにいるってことは、今日は多々良も手伝ってくれるの?」
「ああ、うん、そういうことになるのかな……?」
何の説明もなく呼ばれて座らされているだけの俺に聞かれても困るけど。
多分ディナは、そのつもりで呼んでいるのだと思う。
「そっか! 助かるよ〜ありがとう!」
え、お前も混ざるの……なんて迷惑そうな目を向けられてもおかしくないこの状況で、この曇りのない笑顔。
中身までイケメン。勝てる要素が見当たらない。
競いたくもないけど。
「それで、今日はなんの相談ですの?」
「ああ、そうだった」
ごほん、と咳払いをして居住まいを正す。
彼ほどの男が一体何の悩みを、と身構える俺の耳に届いたのは、随分と可愛らしい悩みだった。
「ズバリ、みんなともっと仲良くなりたいんだ!」
……なんて?
「十分仲はよろしいじゃありませんの」
「違うんだ! こういう……なんていうか……おもちゃ扱いじゃなくて!」
「おもちゃ扱い……?」
「そうさ!」
俺が首を傾げると、彼の力説がこちらに向く。
「こうなんか……気の置けない仲になってふざけ合ったり、友情を確かめたり、グータッチを交わしたりしたくて! でも今のみんなってこう……わざとちやほやしてくるっていうか! イジられキャラになりつつあるっていうか!」
イジられキャラになりつつあるか否かで言えば、もうなっていると思う。
ダイゴって呼んでよといくら彼が言っても意地でもダイゴロー呼びするところとか。
クラスメイトだしもっと気安く接してよと彼が言うと逆に拝んだり崇めたりするところとか。
「好きな女子のタイプは厳しいこともズバッと言ってくれる人かな」と公言してから女子たちのよいしょが加速したところとか。
多分みんな、確信犯だと思う。
そしてそうなったのは多分、ディナがそういう彼の扱い方をクラスに示してしまったからだと思うんだけど……。
「おいしいキャラ付けじゃありませんの」
この言い草である。
「おいしいけど……」
おいしいとは思ってるんかい。
「相手が自分の思い通りの態度をとってくれないからといって、理想を強要することは出来ませんわよ?」
「そうなんだけど……」
身を縮こまらせてしゅんとしてしまった。
背は俺より高いのに、なんだかとても小さく見える。
「俺、これまで友達らしい友達がいなかったから、高校こそは! って意気込んでて。なのに口だけで、まだなにもできずにいるからさ、悔しくて……だから!」
ガタッ!
彼は音を立てて椅子から立ち上がり、これまた空気を切り裂くほどの勢いで頭を下げる。
「お願い! お嬢! 多々良! 俺とクラスのみんなの橋渡しをして欲しい!」
直角九十度の立礼。
頭を上げてよ! もちろん、協力するから!
一人だったら、きっとそう声をかけていた。でも今回、彼が頼りにしたのは俺ではなくディナだ。
どうする? というアイコンタクトを自然に左に送る。
「嫌ですわ」
「「――え」」
腰を曲げたまま顔だけ前を向くダイゴと声が重なる。
ディナは構わず、揺るがぬ声で告げた。
「背中くらいならいくらでも押して差し上げますけれど、橋渡しなんて御免ですわ。貴方が自分の足で歩み寄らなければ意味がありませんもの」
口をきゅっと結んでゆっくり上体を起こすダイゴにディナが投げたのは、覚悟を問う言葉だった。
「それとも貴方の言う〝気の置けない友人〟というのは、他人に用意させたもののことなんですの?」
「ううん……ごめん、俺が間違ってた。やり直していいかな?」
「どうぞ?」
「頼む。お嬢、多々良。俺の背中、思い切り引っ叩いてほしい!」
今度はディナが立ち上がる。
堂々と胸を張って、格好良く。
「お任せあれ! ですわ!」
あまりにもまっすぐなその態度は、見ているだけで勇気が湧いてきそうだった。
__________
☆今日の同級生☆
優れた容姿のせいで人と親しくなるのが苦手だった彼は一人の時間、もっぱら少年マンガにのめり込んだ。
俺もこんな友情を築きたい。そう思った彼は心機一転、高校デビューを決意する。
が、ダイゴと呼んでくれと頼んでも吹しか呼んでくれず、歴代最高クラスの勢いで周囲からチヤホヤされるようになった愛され系イジられイケメン。
吹からの一言
「ある意味モテてる……のかな?」
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