第13話 あっ愛情も詰めておきましたわよ!?

 昼休み。それは昼食をとる時間。

 今更ながらに気づく。


 これ、クラスメイト女子の手作り弁当??


 朝起きたらキッチンが占拠されている、という衝撃のせいで全く気にしていなかった。

 あのディナが。クラスのお嬢が。

 俺のために作った弁当が、ここにある。


 これ、本当に食べていいやつ?

 どこかに寄贈しないといけない重要文化財だったりしない?


 食べづらい。すごく。

 俺には価値が重すぎる。


 葛藤のさなか、席が一番前だから、日直の女子が教卓前でこぼした呟きがふと耳に届く。


「あれ? つかセン、ファイル置き忘れてね?」


 これだ!


「俺、届けてくるよ」

「いいの?」

「うん。ちょっと歩きたい気分だったから」

「なんそれ(笑) まあいいや、ありがと多々良」


 ちょっと笑われたけど、構わない。

 頭を冷やそう。


 名簿や教材プリントなどが綴じられたファイルを持って職員室へ。


 ノックして、失礼しますの声とともに中に入る。

 職員室という場は少し緊張するけど、目的はクラス担任でもあるつかさ先生。そこまで気負いする相手でもない。

 さくっと届けて教室に戻ろうと、まっすぐ席に向かい、気安く話しかける。


「司先生」

「うわっ!?」


 おわっ!? そ、そんなにびっくりしなくて……も……?


 先生の手元に、広げられたノートが、不意に目に入る。




_____________________


 目指せ! ダウナー教師!


一.やる気がなさそうに見せても、やるべきことはきちんとやること


二.生徒を一人一人、よく見てあげること


三.生徒が困っていても補助に徹し、自分の力で解決させること


四.生徒が頑張ったときは、さりげなく褒めてあげること。具体的には、頭ポンポンなどで――


_____________________



 バタンッ!!


「……見た?」

「…………頭ポンポンは、やめたほうが……」


 ガタンッ! ガタガタガタ!


「先生!?」

「司先生!? どうしました!?」

「大丈夫ですか!?」


 椅子ごと崩れ落ちた司先生に、職員室中から教師が群がってくる。


 えっと、なんか、すみません……。



 *



「ははは、多々良には恥ずかしいところを見られちゃったなぁ」


 とりあえず人のいないところに、と連れてこられた生徒指導室。

 平常心を取り戻した先生の口調。その割に顔は未だに恥ずかしそう。


「本当にすみませんでした」

「いや、多々良が悪いわけじゃないから。ただ、みんなには他言無用で頼むな……?」

「もちろんです」


 言いふらしたりしませんとも。

 そんなことしなくても、な部分も少しあるし……。


「ちなみに、どうしてあんな……?」

「はは……本当に恥ずかしいな。いや、俺さ、このクラスが初めて受け持つクラスなんだよ」


「ああ、言ってましたね。最初のHRで」

「それで、みんなに慕われる先生になるにはどうすればいいか、俺なりに研究したんだ」


 嫌な予感がする。

 研究という単語がもう、ダメな気がする。


「そして、気づいたんだ。目指すべきはダウナー教師だって」


 ほーらね。

 おかしな方向いっちゃった。


「どうして、そんなことに……?」

「だって、人気じゃないか? 普段はいい加減なのにいざっていうときに頼れる先生キャラ」


 もうキャラって言っちゃったし。

 漫画ですか? 漫画で研究したんですか?


「最強もいいなと思ったけど、それは目指せないしな」


 一回考慮したことが窺えて反応に困る。

 何基準の最強ですか? 先生。


「別にそんなもの目指さなくても、十分慕われてると思いますけど」

「えっ?」

「ほら、うちのクラス結構個性的じゃないですか」


 お嬢とか。芝多くんとか。

 会話形式が特殊な人が三人もいたりとか。


「面白いクラスだよな〜! あんまりこういう言い方よくないけど、いいクラスに当たれたなって思うよ」


「そういうところです」

「えっ?」


 面倒くさがらず、強制しようとせず、一人ひとりの個性を尊重してくれる人だというのは既にみんなに伝わっている。


 一回ちょっと話したことあるだけの内容も覚えててくれた、と言っている人もいた。


 俺がそれをやると気持ち悪がられるのに……。


「とにかく、割とみんなに伝わってますよ。先生がいい先生だって」

「そう、か……? よくわからないけど、ありがとうな多々良。ちょっと自信持てた」


 うんうん。


「俺、これからも続けていくよ」


 ……うん?


「きっと、最高のダウナー教師になってみせる」


 それは続けなくていいです。

 とは、口が裂けても言えなかった。


 まあ、いい先生には変わらないから、いいか。


 応援します、とだけ告げて生徒指導室を後にした。

 そのままクラス教室に直帰。

 まだ昼休みは残っているけど、あまり遅くなると弁当を食べる時間がなくなってしまう。


 ちょっと急いでいたことと、ダウナー教師ショックのお陰であまり意識せず弁当にありつけた。


「いただきます」


 昨晩仕込んでいた、冷めても美味しい炊き込みご飯。


 レンジでチンした冷凍食品のハンバーグと唐揚げ。


 いつも通りの甘い卵焼きと、昨晩の残りのポテトサラダ。


 見当たらない蕗。


 これ、ディナが詰めただけの、いつもの母さんの弁当だ……。






__________


☆今日の担任☆


つかさ 京介きょうすけ


 これまでに言われた回数ランキング堂々の一位に「シャキッとしなさい」を掲げる担任教師。

 初めてクラス担任を受け持つことになった彼は考えた。どうしたら生徒からの人気を得ることができるか。研究の末に導き出した答え。それは「ダウナー教師」。

 普段は怠そうに、いい加減な態度をとっているように見せかけておきながら、しかし生徒の機微に敏感でここぞという時に助け舟を出して頭ポンポンしたりする。そんな教師になると決めた彼は今日も生徒の観察に精を出すのだ。


吹からの一言

「いい先生だけど頭ポンポンはやめて」

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