クラスの個性は天井知らず

第12話 レモン三つ分のビタミンCですわ!

 例えば、こんな経験はあるだろうか。


「おっべんっと♪ おっべんっと♪ おっべっんと〜♪」


 朝起きたら、キッチンで緋髪のクラスメイトがお弁当を作りながら、何やら得体の知れないメロディを口ずさんでいるという経験は。


「炊き込みご飯がみっちみち〜♪」


 歌詞の通り、隙間なくみちみちに詰められていく炊き込みご飯。

 状況もよくわからない。曲もよくわからない。なんだこれ。


「唐揚げさ〜ん♪ ハンバーグさ〜ん♪」


 メニューが茶色い。

 だがそれがいい。

 栄養バランスの一切を無視した茶色い弁当が一番美味しいもの。


「どうせ男の子これが好き〜♪」


 それは舐めすぎ。

 好きだけども。


「卵焼きさ〜ん♪ ポテトサラダ〜♪」


 今、ポテサラだけ格が低くなかった?

 呼び捨て??


「う〜ん……もう少し緑がほしいですわね。たとえば、煮ると美味しいキク科の多年草とか……ちらっ」


「こっち見ないで」


 こんな経験をしたことがある方。

 対処法を絶賛募集中です。

 宛先はポテサラと同格の男、多々良まで。



 *



「で? なんでいるのさ」


 ダイニングテーブルに着席すると、ベーコンエッグトーストが出てきた。

 お弁当だけでなく俺の朝食まで作ってくれていたらしい。


 美味しいよ。ありがとう。


 そんな定型句を口にしてから、ようやく疑問の解消に移れた。


「昨日、お話ししていて思ったんですの。貴方は自分の自信の無さを理由にわたくしの告白を断るけれど、もしかしたらわたくしそのものは嫌がられていないのでは? と」


「……まあ、そうだね」


 振るなら嘘でも嫌いだと言え。

 気を持たせるようなことを言うな。


 世間でそんな風に言われているのは。


「ですわよね! じゃあ、遠慮しないほうが落とすのも早いですわよね!」


 こうなるからですか?

 誰か恋愛経験値ゼロの俺に教えてください。


「……急に押しかけるのは反省したんじゃないの?」

「ちゃんと昨晩許可を取りましたわよ? お母様に」


 すっかり仲良くなっていらしゃる。

 そういえば、俺の黒歴史発表会の途中で連絡先を交換してたっけね、君たち。


「で、その母さんは?」

わたくしに貴方の世話を任せて部屋に戻られましたわ。二度寝するって」


 それでいいのか保護責任者。


「父さんは?」

「お会いしていませんが、お母様によれば、今日は遅番なのでゆっくり起きてくるのでは、と」


「そういえばそうだっけ……明は?」

「朝練に行きましたわ。サッカーのクラブチームに所属しているんですってね」


「うん、キャプテンまでしてる。すごい弟だよ」

「それはすごいですわね。貴方に似て人見知りかと思っていましたのに」


「いや、普段はそうじゃないんだけどね……なんか誤解してるみたいで」

「誤解?」


 言っていいのか、言わないほうがいいのか。

 どうせバレるか。今日みたいに押しかけてくることがこれからもあるなら。


「俺が君に、壺とか買わされるんじゃないかって」


 さて、反応やいかに――


「壺くらい無料で差し上げますわよ。陶芸は未経験ですので、また時間はかかってしまいますけれど」


「いらない。いらないからやめて」


 余計なことを言うんじゃなかった。

 これ以上失言を重ねれば本当に作って来かねない。

 さっさと準備を済ませてしまおう。


「ごちそうさま」

「お粗末様ですわ。お皿は洗っておきますから、準備していらっしゃいな」

「いや、お客様にそこまでさせられないよ」


 既に朝食やら弁当やら作ってもらっておいてなんだけど、それはもう起きたときには出来てたので仕方がない。


 でもそこまでだ。これ以上手を煩わせるわけにはいかない。


「いいんですのよ」

「でも」


「新婚みたいで興奮しますもの」


 さーて着替えてこよ。



 *



「はぁ……っ!」

「……なに?」

「同時に家を出て、一緒に行ってきますを言うなんて……ロマンですわ」

「……そっか」


 だから、そういうこと言われてどういう顔していればいいのさ。


 むず痒い。いたたまれない。

 でも行き先は同じ学校の同じクラス。

 足を速めても、離れることはできない。


「ああ、そういえば。今日も放課後残っていただけます?」


 今の今まで悶えていたのに。

 切り替えの早いことで。


「今日も一緒に帰るの?」

「それは出来れば毎日お願いしたいところですけれど、今日は別件もございますの」


「別件?」

「放課後になってのお楽しみですわ」


 昨日はウチで夕飯まで食べた分帰るのも遅くなったし、準備の時間がたっぷりあったとは思えない。

 荷物もスクールバッグ以外には見当たらないし、手間はかかっていないはず。


 今度は何を企んでいるかわからないけど、羞恥刑にはならないだろう。


 そう自分に言い聞かせながら、他愛ない話を交わしつつ登校。


 昇降口で靴を履き替えて、教室に入り。


「お嬢!」

「お嬢ー!」

「こっちこっち!」


 入るやいなや、男子三人に呼ばれて向かうディナと別れ、自席につく。


 もちろん、聞き耳は立てたまま。


「朝から元気ですわね」


「お嬢! 今日こそウチのマネージャーになってくれよ! イケメンの先輩いるぜ!」


「くりくり坊主がイケメンのはずないだろ。野球部なんかよりウチに来いよお嬢! 女子マネ仲間もいっぱいだぜ!」


「サッカー部の女子マネなんて人間関係ドロドロしてるに決まってる。それよりバスケ部に来てくれよ! 俺、お嬢が作ったレモンのはちみつ漬けが食べたい」


 野球部、サッカー部、バスケ部の、小学校からずっと一緒らしい球技三人組。


「全部お断りですわ」


 揃って、撃沈。

 これは相手が悪い。


「「「なんでだよお嬢!」」」


「自分で出たほうが早いですもの」


 これだもの。

 それを言えるのがそもそも凄いけど。


「夢の女マネが……」

「ドロドロ解消が……」

「はちみつ漬け……」


「レモンなら差し上げますから、しっかりなさいな」


「生レモン……?」

「ポケットから三つ生レモン……??」

「かたい……すっぱい……」


 あれ、家で弁当作ってるときに、


『デザートも用意したかったんですけれど……レモンでいいかしら?』

『結構です』


 って話してたあれ?

 違うかな。違うことにしておこう。

 違うことにするけど一応ね?


 なんかごめん、三人とも。






__________


☆今日のあとがき☆


吹くんと同じ体験をしたことがあるよ!

という方がいらっしゃいましたら是非!

応援コメントや作品レビューで対処法を教えていただけると作者が大変驚きます!


レモンはこのあとバスケ部の彼がすっぱくいただきました。

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