第10話 吹の好物をチェックですわ

「自分のクラスが世界で一番いいクラスだ、みたいに思ったことはない?」


 自室で二人。

 ラグ上のクッションに座る彼女に、デスクチェアから質問を投げる。


「そう思ったことはありませんが、そうできるよう努力してきたつもりですわ」

「はは、君らしいね」

「貴方はどうですの?」

「思ってたよ。小学生の時はね」


 こう言うと、中学生の時に現実を知った、みたいな挫折話に聞こえるな。

 一番かどうかは気にしなくなったっていうだけで、特別だと思うのは今でも変わらないのに。


「小学生の時は、周りにいた人たちが本当に好きでさ。俺も、大好きな彼らの引き立て役であることに誇りを持ってたりしたよ」

「それで、みんなを助けようとして発煙筒ですのね」

っ……発煙筒は中学の時だけど……まあ、そうだね。いろいろ気を回そうとしたりしたかな……」


 掘り返されるとは思わなかった……。

 声が裏返って恥ずかしい。

 軌道修正、軌道修正……。


「ん゛んっ……『いいとこ探し』っていう授業が低学年のときにあったんだ。友達のいいところを見つけて、褒めてあげましょうっていうやつ」


「素敵な授業ですわね」


「うん。俺も好きな授業だった。だから、授業が終わってもずっと続けててさ。いつか褒めようと、みんなの良いところを探し回ったりしたんだけど」


「はぁ……っ!」

「……どうかした?」

「いえ、萌えてるだけですわ。お気になさらず」


 気になるなぁ……!

 失敗談だから、そんなキラキラした目で聞くような話じゃないんだけど……。


「そんないい話じゃないよ。クラス内の全部の会話に聞き耳を立てて情報収集してたってだけだから」

「……そう聞くと、ちょっと怖いですわね」


 そうでしょうとも。

 だから実際、引かれたりする。


「さっき、母さんも言ってたでしょ? カオリさんとサユリさんの話」

「ああ、嫌われて泣いてしまったという」


 泣いてないよ?

 一週間くらい引きずっただけだよ?


「聞いてたからさ、知ってたんだよね。サユリさんがそのとき流行ってたゲームをやりたがっているけど、買ってもらえていないとか。それはカオリさんが得意なゲームで、よく友達を家に招待して一緒に遊んでるとか」


「それは、その、盗み聞きで……?」

「盗み聞きじゃないよ? 公共の場で発せられた声が耳に入ってきてしまうのは、仕方のないことなんだよ?」


 だから盗み聞きではないのです。

 ちょっと意識的に内容を把握しようとしてただけなのです。


「……で、知ってたから、言っちゃったんだよね。給食の時間に。二人も一緒に遊んだらどう? って」

「それで、引かれてしまったと……」

「サユリさんにはね。僕には話してないのになんでってね。今の君みたいな目を向けられたね」


「すみません……それで、もう一人の方には?」

「その前の日に、対戦でボコボコにした別の友達と喧嘩しちゃってたらしくて。口を利いてもらえなくなったよね……」

「最悪のタイミングですわね……」


 そりゃ、引かれもするし、嫌われもする。

 クラス内の会話にどれほど耳を澄ませたって、全部はわからない。

 わかったことだって、扱い方は考えないといけない。


 そんな当たり前のことが、当時の俺にはわからなかった。


「その件で反省して、話す内容には気をつけるようになったんだけどさ。当時は家と学校が俺の世界の全てみたいな状態で、個人的な趣味とかもなかったから。『みんなのこと』を封じられると、話せる内容がなくって」

「ちょっと、かける言葉が見つかりませんわ……」


 哀れみの視線がつらい。

 ちょっと前にはキラキラしていたのに。

 いや、俺が悪いんだけども。


「ほら、会話に入りたいけど入れなくてキョロキョロしてるだけの人がいると、ちょっと空気淀むでしょ?」

「ええ、まあ、そうですわね。わたくしもその辺はよく気を遣いますわ」

「そういうことを、よく起こしちゃってさ。……俺の大事なものを濁らせるのは、いつも自分自身だったな、って。まあ、だから、それだけなんだ」


 本当に。たったそれだけの、大したことのない話。


「大きな失敗をしてしまったとか、それで何か重大なトラウマを抱えているとかは全くなくてさ」

「十分トラウマ級の出来事に聞こえましたけれど……」


「そんなことないよ。普通に失敗して、反省して、改めただけ」

「自分のレッテルを引き剥がして、何者でもなくなることで、誰とも関わらずに済むように?」


 それを、俺の言葉で言い直すなら。


「誰の邪魔にもならないように。俺は舞台を降りたんだ」


 小学校、中学校、そして高校。

 クラスが変わっても、学校が変わっても。

 いつでも俺の周りは魅力的だった。


 頭がいい人がいた。

 面白い人がいた。

 格好いい人が。可愛い人が。

 目立たないけれど、特別な技能や想いを秘めた人が。いつでもいた。


 彼らは俺にとってスターだった。


 一方俺はといえば、助演どころか、黒子にもなれなかった。

 俺は空っぽだったから。人に依存して、周囲の人間だけを大切なものにしてきた俺には、出せる〝自分〟がなかったから。


 だから舞台を降りることにした。

 全ての役割から逃げて。


 もう星に手は伸ばさない。

 誰の瞳にも映らなくていい。

 俺の瞳に、輝く彼らが映っていれば。


「俺はね、【観客】でいたいんだ。人に与えられる光を持たないから、ただ見上げて享受していたい。身の程を弁えて、誰も害さずに過ごしたい。それだけだよ」

「……貴方は――――」


 ――――バァン!


「コンコン失礼しまーす! お嬢ちゃん、うちでごはん食べてくでしょー?」

「いただきますわ!」


 モンスターペアレント乱入。

 真面目な空気を返してほし――今食べてくって言った??

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