第5話 そのフォルダは乙女の秘密ですわ

 暗い教室。女の子と二人。流れる動画。



《母方の祖父のみ純日本人。それ以外はいろんな血が混ざり合った親族たちに囲まれ生まれた彼女もまた、様々な血を身に宿し、しかし国籍は日本、育ちも日本で――》


《母方の祖母、アセロラ・バーネロンドからの教えである『淑女之心得』を胸にこれまでの人生を――》


《Q.その喋り方はいつから?


「物心ついた頃からですわ。『お嬢様はこう喋らなきゃいけないんだよ』なんて言う兄に騙され、刷り込まれまして――》


《スキルといたしましては、バーネロンド流格闘術、バーネロンド流投球術をはじめとした様々なものを習得しておりますわ。料理や裁縫などの家庭的スキルはこれから習得する予定でして――》


《【実践! バーネロンド流格闘術】


 カルディナ「やー!」

   お父様「グワァ!!」 》



 俺は……一体何を観ているんだ……?



 *



「どうでした? わたくし渾身のカルディナ・ザ・ムービーは」

「……大作だったね」


 まさか一時間もあるとは思わなかった。

 俺に一時間も語れる何かがあるだろうか。

 いや、ないな。五分でも多い。


「それはもう、頑張りましたもの」


 ふふん。得意げに胸を張るお嬢。

 そうでしょうとも。週末も費やしてしまったと言うけれど、むしろそれだけでよくこれだけのものを仕上げたものだと感心するほどのクオリティだった。


「バーネロンドさんはさ」

「お嬢でいいですわよ」

「バーネロンドさんはさ」


 頬を膨らませて不満を訴えてくる彼女を無視して話を進める。

 意外と子どもみたいな顔するな、この人。


「どうしてそんなに頑張るの?」

「それはもちろん、貴方のことを想うが故に――」

「そうじゃなくて」


 彼女は、出会ったときからお嬢だった。

 動画の中にだって、そうなるまでの経緯のかけらが散見された。


「俺に出会う前から、頑張っていたでしょう?」


「……そうですわね。それに関しては、私のためですわ」


 なんとなく。何の確証も、根拠もないけれど。

 彼女の心の深いところが少し、垣間見えた気がした。


「私の、理想のためですわ」

「……そっか」


 彼女の思い描く理想。

 それがどんな形をしているのかはわからないけれど、どこを向いているのかはわかる気がする。


 俺はずっと、見ていたから。

 傍からずっと。ただ見上げていたから。

 見ているだけで、何もできず、何をしようともしない俺と違って。

 彼女が周囲の人たちに、どれほど心を尽くしてきたのか、俺は見ていたから。


 俺にとっては、その姿こそが理想そのものだったから。


 だから。


「ありがとうね」


 彼女がどんなつもりでしたことでも。

 俺は、その結果を享受している。


「……ふふ、なんで、そうなりますの……ふふふふっ!」


 結構真面目に話したつもりなのに。

 まさか笑いで返されるとは思わなかった。

 あれ? 俺今すごく恥ずかしいこと言った?


 冷や汗が吹き出し始めた俺に、彼女はこれまでで一番屈託のない笑顔を向けた。


「そういうところですわよ」

「な、なにが?」


「いえ、これはまだ順序が先の話でしたわね」

「なんの話?」


「出直してきますわ!」


 こちらの言葉は一切聞かないくせに、律儀に手だけは振って、彼女は視聴覚室を飛び出していった。


 どうも告白された日から、彼女には振り回されてばかりだ。


 さて、俺もそろそろ………。

 と、鞄を掴んで立ち上がると目に入る。


 演台に開かれたまま放置されたノートパソコン。

 繋がったままのコード。


 ……あれっ、これもしかして機材の片付け俺がやらなきゃいけないやつ!?


 視聴覚室の鍵は!? 持っていった!? 置いていった!?


 お嬢ーーーーっ!!



 *



 朝、教室自席にてスマホを開く。

 画面には昨日のメッセージ履歴。



_____________________


吹:鍵! 鍵!!


赤淑女:あら、忘れてましたわ

    PC横に置いてあると思うので

    返しておいて下さる?


吹:PCは?


赤淑女:明日引き取りますわ

    それまで預かっておいて下さいな


赤淑女:中身は見てもいいですけれど

    Fukiフォルダは見ちゃダメですわよ

_____________________



 Fukiフォルダってなに????

 見るなと言われても、パスワード知らないから開けもしないけど。

 ……ロックしてないなんてことないよね?

 確かめないけど。


 教室後方をそっと窺う。

 ウェイウェイ絡む芝多くんを軽くあしらいながら、今日も数人のクラスメイトに囲まれるお嬢。


 すぐに目があった。

 向こうには笑顔を向け手まで振る余裕があるけれど、こちらにはそこに割り込む勇気はない。


 パソコンは後で返そう。


「あの、多々良くん」

「ぅあっ、あ、佐藤さん」


 いつの間にか横にいた。

 さっきまでお嬢と話していたのに。


「ちょっと、いいかな?」


 とりあえず首肯。

 佐藤さんから話とは珍しい。

 促されるまま席を立ち、後を追って廊下へ。


「あの、勘違いだったらごめんね?」


 階段踊り場脇にたどり着いて、何やらもじもじしだす佐藤さん。

 首を傾げる俺。


「もしかして多々良くん、お嬢のこと――」


 瞬時に悟る。

 まさか、知られてしまったのか。

 俺が彼女を振ったこと。


 まずい――――!


「お嬢のこと、苦手なの!?」


 ……なんてぇ?

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