第6話 クールダウンのしすぎにご注意ですわ
「いや、苦手とか、そんなことないけど……どうして?」
「だってなんか、手を振られても笑いかけられてもぎこちないし……」
ウッッ!? 1HIT!
「お嬢あんなに人と打ち解けるの上手なのに、全然打ち解ける気配ないし……」
ヴァッッ!! 2HIT!
「お嬢のこと苗字で呼ぶし」
3HIT! CRITICAL! 吹ダウン!
「あの、お嬢ってちょっとキャラ強いけど、本当にいい人でね? 大人しい人にも優しいし、全然怖くなくってね?」
「大丈夫……分かってるからその辺で勘弁して……胸が痛い……」
「えっ、大丈夫!? 保健室行く?」
保健室にあるかな? 社交性に効く薬……。
「大丈夫、大丈夫……とにかく、苦手とかそんなことはないよ。むしろ尊敬しているくらい」
「本当? じゃあ、これも大丈夫かな?」
「なにこれ?」
「お嬢が多々良くんにって」
受け取った紙切れ。
二つ折りにされただけのそれを開くと、『放課後教室で』と書かれただけの、これまでで一番簡素な内容。
えっこれ、佐藤さんに任せて大丈夫……?
例のことがバレたら――
「お嬢から呼ぶって珍しいよね。個別指導かな?」
「え? ――あ、ああ、そうかも。期末までに克服しておきたいとこがあるって、前話したんだ」
個別指導。
彼女がときどき請け負っている勉強会の通称。
まれに、あまりに酷い場合などは彼女から呼び出されることもある――らしい。
小テスト後とかにたまに見るうちのクラスの風物詩だ。
中間テストの直前なんかは希望者が多くて大変そうだった。
咄嗟に思い出せてよかった。
思わず「なにそれ」なんて言っていたら余計な墓穴を掘ることになっていたかもしれない。
「ふふっ、そっか。じゃあやっぱり私の杞憂だったんだね。ごめんね? 変なこと言って」
「ううん、全然」
「何かあったら私にも言ってくれていいからね? ほら、一応同じ中学のよしみだし」
「うん、何かあれば、そのときは」
黒いボブヘアを翻し去っていく佐藤さん。
同じ中学と言っても、今日が過去一番長く話したと言えるくらいに関係が希薄だったのに、こうして話しかけられたのは。
彼女がお嬢の友達だからか。
彼女の趣味によるものなのか。
これ以上は、怖いから考えないようにしよう。
*
放課後。
教室。
開ける。
入る。
いる。
「来ましたわね……なんですのその淡白な顔」
「ううん、別に」
流石に口には出せない。
なんか慣れたな、なんて。
「なんか気に入りませんわね……」
「そっそれより、ビックリしたよ。佐藤さんから渡されたから」
「ああ、メモですの? ふふん。こういうのはね、変にコソコソしないほうが逆に怪しまれないものですのよ?」
「なるほど……」
確かに、ああも堂々としていたらやましいところがあるようには見えないだろう。
俺のほうが変に動揺してしまったくらいだ。
つい変な嘘までついてしまった。
次からはもう少し気をつけよう。
「ふふ。やっぱり気になりますの?」
「気になるっていうか……バーネロンドさんの評判が落ちてしまうだろうから」
「あら、別に
「えっ」
「でも、貴方が困るでしょう?」
「うん。それはもう」
頷く。何度も何度も。
頷いたら頷いただけ説得力が増すのだと信じて。
「それはそれで少し複雑ですわね。少しくらいは自慢してくださってもよろしいのに」
お嬢って俺のことが好きなんだぜ!
付き合わないけどな! って?
無理です。クラス中が敵になります。
「まあなんにしても、貴方の嫌がるようなことはしませんわよ」
「……そっか」
「ええ。……さて、そろそろ本題に入りますわね。吹」
「吹?」
「毎回いちいちフルネームで呼ぶの面倒なんですのよ。構いませんわよね?」
じゃあ最初からそうすればよかったのでは?
とは、空気が読めるので言わない。
「もちろん」
「そ。では、吹」
「はい」
「貴方のことが好きです。
「……はい?」
「どうかしまして?」
「いや、ごめん。耳が詰まったかも。前置きと要求との高低差で」
「あら、それは大変ですわね。耳抜きでもしたらどうかしら」
「あっ、じゃあ失礼して」
ぷーん!
うん。変わらない。だって気のせいだもの。
でもちょっと頭は冷えた。
頭を冷やしたい時は耳抜き。これだ。
「ふぅ、それで、……ええと?」
「一緒に下校しませんこと?」
「……一応、どういう経緯を経てそうなったのか聞いてもいい?」
「今交際を迫っても、駄目なのでしょう?」
「……まあ、そうだね」
「じゃあ、要求のハードルを下げるほかないじゃありませんの」
「随分かわいくなったね、要求」
「……いけませんの?」
うっ、上目遣いはズルい!
はっ! そうだ、今だ!
ぷーん!
……………………。
「ううん。じゃあ帰ろうか」
「なんで今耳抜きを挟んだんですの……?」
冷静になろうと思ったら、冷静を越えて虚無になった。
もう二度とやらない。
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