第3話 プレゼンテーションですわ!

 今度は朝だった。


 外履きを靴箱に入れ、上履きに手を伸ばそうとして、気づく。

 上履きの上に手紙。

 今度はちゃんとしたレターセットを使って、シーリングスタンプで封がされている。


 とりあえずそれをポケットに仕舞い、教室へ。

 一年一組の表札をちらりと確認して前から入ると、教室の後ろから賑やかに談笑する声が聞こえる。


「よし! 決闘デュエル!」

「デデンwwかささぎのwwww渡せる橋にwww置く霜のwwwww」


 彼女と、芝多くんと、彼女の前の席の女子、唐住からすみこうさん。

 唐住さんは百人一首部に入ったんだっけ。

 決闘デュエルって言っていたし、暗記勝負かな?


「はい! しろ、しろ……『白すぎマジで、美白モードかよ』」

「紅っちww正解wwww」

「とんだ不正解ですわよ! シバでは審判になりませんわ。シキ、やってくれません?」

「フッ、いいだろう」


 唐住さんの隣席の男子、しきくん参戦。

 でも、その選出は……。


「デデンwww長からむww心も知らずwwww黒髪のw」

「はい! 『乱れて今朝は、アイロンかけよ』でしょ!? 色!」

「フッ、ああ」

「貴方もですの!?」


 その人、全肯定botなんだよなぁ……。


「話になりませんわ! 良子! 助けてくださいまし!」

「はいはい」


 大変そうだなぁ。

 ガヤガヤ騒ぎながら人が入り乱れる様子を見ていると、その最中、不意に彼女と目が合う。


 ニコリ。朗らかな笑み。

 思わずこちらもニコリ。不気味な笑み。


 いたたまれなくなって荷物を机に置いて飛び出した。

 人目につかないところに移動して、さっきの手紙を開ける。




_____________________


 多々良 吹


 放課後、視聴覚室でお待ちしておりますわ


        カルディナ・バーネロンド

_____________________




 差出人や文面は概ね予想通りだった。

 ただ……視聴覚室?



 *



 放課後、少し時間を置いてから視聴覚室へ向かった。

 どんな顔で待ち受けたらいいかなんてわからないから、後入りするために。

 作戦が功を奏し、俺がついた時にはもう彼女がいた。


「遅かったですわね。何か用事でも?」

「うん、ちょっと」

「まあ構いませんわ。お陰で準備しておけましたもの」


 準備?

 首を傾げていると、彼女は演台のようなものに置かれたノートパソコンを操作しながら俺に席につくよう促してきたので、とりあえず着席。

 リモコンを押す彼女。下りてくるスクリーン。


 ――――ババン!


 効果音と共に映し出された画面には。




◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


   カルディナ特選!


    貴方の素敵な10のポイント!


____________________◢




「」


 絶句。その一言に尽きる。



「それでは始めさせていただきますわね」

「まってまってまってまって」


「はい?」

「いやはいじゃなくて」


「ではいいえ。始めさせていただきますわね」

「ごめんそうでもなくて」


 え、は? え? これ何? 羞恥刑?

 ……殺す気?


「あの、これは、一体……?」


 きょとんとした顔。

 スクリーンに向く。

 再度こっちに向く。


「見ての通りですけれど?」

「うん、そうだね。そうなんだけど、内容がというか、意図がね? どういうアレなんだろうって」


 あれ? この人こんなに会話が難しい人だっけ?

 俺かな? 俺が混乱しておかしくなっているのかな?


 振った女の子に視聴覚室に呼び出されて、自分のいいところをプレゼンされそうになったことがある人いますか?


 おかしいのは俺ですか?


「昨日、貴方は言いましたわよね。自分の無価値を信じているって」

「う、うん」


 言った。確かに言ったけど、じゃあつまり……。


「ですので、貴方の価値を証明しようと思い立ちましたの」


 うん。すっごく合理的。

 でも行動がすっごく突飛。

 よかった。おかしいのは俺だけじゃなかった。


 この人もだ。


「とりあえず、一回それ消してもらっていい?」

「なっ、何故ですの!? わたくしが夜なべして作成したプレゼン資料に何か不満でも!?」


 うっ、止めづらい!

 どうしてそんな変な方向の努力を……!


「いや、そういうわけじゃなくて、だって、その……」


 そう難しいことを言っているつもりはない。

 ただ、単純に――


「気恥ずかしい、から……」




「えー、まずはそういうところですけれども、それはこの資料において6番目に紹介するつもりだった部分でして」


「話聞いてた???」


 勝手にスライドを送り始めた彼女を必死で止める。

 やめてくださいしんでしまいます(瀕死)。


「もう、それなら一体どうしろと言うんですの」

「どうって、そりゃ……」


 この時、羞恥により過度の負荷を負いながらも、俺の脳は高速回転を始めた。

 この窮地を脱するべく、最適解を見つけ出すために――!


「ほら、俺たちってまだお互いのことをよく知らないでしょ?」


「あんまり話したこともないし。クラスで俺が一番バーネロンドさんと話した回数も少ないだろうしさ」


「そんな状態で褒められても、不安っていうか。信じきれないっていうか。根拠不詳に感じてしまうっていうか」


「もっとお互いのことを知り合ってから言われれば『そうなのかも……!』って思うことも、今言われたら『本当はそんなことないのに』って思っちゃいそうだしね?」


「だから、あの、順序がね? 違うと思うんだ。うん」


 こんなにつらつらと喋り続けたことが、俺の人生で一体何回あっただろうか。

 そのくらい、のべつ幕なしに喋り続けた。


「なるほど。一理ありますわね」

「! うん、そうでしょ? だから――」


「出直して来ますわ!」


 そして多分、なんか間違えた。

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