第2話 リベンジですわ!

 Q.好きです。付き合ってください。

 A.なんで?


 最悪のQ&Aだ。

 Q&Aじゃないけど。求&Qだけど。

 もしそんな場面を見かけたら俺は吐く。

 なんでと聞かれた側の気持ちになって吐いてしまう。


 それをする? 俺が? この人に?

 無理です。


 ――ゴクリ。


「そんな、生唾を飲むほど緊迫した状況かしら」

「アッ、き、聞こえた?」

「バッチリ聞こえましたわ」


 よほど大きな音が鳴ったらしい。

 違います。飲んだのは生唾じゃなくて「なんで?」です。


 必死に疑問を飲み込んだはいいものの、代わりの言葉はなかなか出てこなかった。

 いつになく神妙な顔で、ただ一心に俺を見つめる彼女の前で、しばらく百面相を披露したあと。


「……ごめんなさい」


 ようやく、その言葉を絞り出した。


「理由を聞いても?」


 凛とした声だった。自分の腕をぎゅっと握って、必死に耐えながら。

 それでも彼女は真っ直ぐだった。


「釣り合わない、と、思うから」


 俺と違って。


 震えた声で。

 目も合わせられずに。

 ようやく絞り出せた答えがそれだった。


 これじゃ、「なんで?」のほうがマシだったかもな。


「そうですか。お時間取らせてすみませんでしたわね」


 彼女は力ない声で、それだけ言って去っていった。

 教室に一人取り残されて佇む。


 もっと言い方はあったはずだ。

 でも、どんな言い方をしても、結果は変わらない。


 俺は、彼女の気持ちに応えられない。


 振った側の俺が言うことではないけれど。

 人生で初めての告白イベントは、胸に残る鈍い痛みとともに終わった。



 *



 翌日。


 傍から見る彼女の様子がどこか不調そうだったのは、昨日のことがあったせいか。

 それとも、俺が引きずっているからそう見えるだけか。


 きっと、全部気のせいなわけじゃないだろう。

 一度合った目を逸らされてから、放課後まで一度も目が合うことはなかった。


 彼女は人目を引く。彼女も人をよく見る。

 俺に限ったことじゃなく、彼女と目が合うのはこのクラスでは珍しいことじゃないのに。

 きっと、目を逸らされたことがあるのはこのクラスで俺だけだろうな。


 自分で蒔いた種だ。

 それを辛いと言うつもりはないけれど、それでも彼女のことは少し心配だった。

 だからといって、俺の立場から出来ることは何もない。


 せめて、周りの人たちとの他愛ない日々がその心を癒してくれたらと、他力本願に祈るだけ祈って、放課後。


 ――――カサッ。


 靴箱に突っ込んだ手が、明らかに靴ではない感触を捉えた。

 掴んで引っ張り出す。手紙。

 ルーズリーフを折りたたんだだけの簡素なそれを開くと、同じくらい簡素な文章が目に飛び込んでくる。




_____________________


 多々良 吹


 昨日と同じ時間に

 同じ場所でお待ちしておりますわ


        カルディナ・バーネロンド

_____________________




 け、消される……?


 ――『弱みを握られた以上、貴方を生かしておく訳にはいきませんわ』


 脳内で銃を構えたお嬢が言い放つ。

 似合う。いや、そうじゃない。


 行かない、訳にはいかないよなぁ……。

 多分、本当に消されることはないハズ。

 おそらくは口止めされるだけだろう。

 きっと。運が良ければ。


 祈るような気持ちで図書館へ向かった。

 今行ってもまだ教室には他の生徒がいるはず。

 もう少し時間を潰して行かなくちゃ。

 その間に覚悟が決まっていることを祈ろう。


 少し未来の自分に全てを託して、本の世界へ逃げ出した――!





 かこのおれ

   みらいのおれも

      おまえだぞ

              ふき


 全く覚悟が決まらないまま時間を迎えてしまった。

 これ以上は引き延ばせまい。仕方なしにせめてもの教訓を過去の自分へ詠みつつ、深呼吸。


 すぅ――――はぁ。……なんか今度はこちらが告白しようとしているみたいだな。

 放課後、教室ドア前で深呼吸しているなんてシチュエーションがまさに。

 こちらは振った側だと言うのに。

 これからなにを言われるかもわからないというのに。


 ああ、こわい。こわいけど、行くしかない。

 ふんっ。息を止めて、勇気を振り絞ってドアを開けた。


 教室の中央には昨日と同じく凛とした彼女が立っていて、こちらに気づくといつものように気さくに声をかけてくる。


「連日お呼び立てして申し訳ありませんわね」


 窓から差し込む夕焼けが彼女の緋い髪によく映えるな、なんて。

 これまた俺も、その後告白されるなんて微塵も思っていなかった、昨日の自分と同じようなことを思った。


「あの、今日は、どうして……?」


「ええ。単刀直入に申し上げますわね」


 彼女は全く屈託のない、澄んだ顔で告げてみせる。


「貴方のことが好きです。わたくしと恋仲になっていただけないかしら」


 二日連続!?


 思わず彼女の後ろに目を向けた。

 黒板に書かれた日付。確かに進んでる。

 びっくりした。タイムリープしたのかと思った。

 え、二日連続!?(二回目)


「えっ、あの、昨日、えっ?」


「ええ。正直かなり凹みましたわ。失恋って結構こたえるんですのね」

「……ごめん」


「謝ることはありませんわ。告白されたからといって、それを受け入れなければいけない義務など誰にもありませんもの」


 そう言ってもらえると、少し救われる。

 救われていいのかは、分からないけれど。


「でも、諦めきれませんでしたの」


 どうして、だろうか。

 俺にそんな魅力があるなんて思えない。

 クラスの誰とでも壁なく話せる彼女にとって、俺が一番距離が遠いクラスメイトである自信すらある。

 そこまでするような相手じゃ、ないだろうに。


「だから、諦めないことにしましたの」


 どうして、だろうか。

 それはほんとに、どうしてだろうか……?


「ねえ、聞いてもいいかしら?」

「……どうぞ」


「釣り合わないというのは、わたくしが? それとも、貴方が?」

「……俺が、君に」


「どうして?」


 真っ直ぐな目だった。真っ直ぐな声で、真摯な疑問だった。


 こんな事を言われても困るだろうに。

 俺も真っ直ぐに答えるのが正しいだなんて、思ってしまうほどに。


「特別な理由なんてないよ」


 ただ、信じているだけ。

 これまで歩んできた俺の全部で。


「俺は、自分の無価値を、信じているだけ」


「なるほど、わかりましたわ!」

「えっ」


 流石にいいかげん幻滅されるだろうと思っていたのに。

 返ってきたのは、想像以上に明朗快活な返事だった。


 なんだか見える気がする。

 彼女の頭の上で、ピカッと点灯する電球が。


「それでは、また出直しますわね! ご機嫌よう!」


 彼女は昨日とは打って変わって、やることを見つけたとばかりにドタドタと教室を飛び出していく。


 ぼんやりその背を眺めながら、俺の耳には彼女の声がリフレインしていた。


 ――『また出直しますわね!』


 どうやら、うちのクラスのお嬢は一筋縄ではいかないらしい。

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