第18話 ありがとう、クリス

 異空間におけるパトリシアと魔物たちの戦いは、大詰めを迎えていた。


 パトリシアは多数の魔物を倒したので死屍累々…………とはなっておらず、クリスが仮想空間に「物体を亜空間に送る闇魔術」を組み込み、魔物がたおれるたびに自動で発動させる事で、死体が残らないようにしている。


 傍から見れば、体力の尽きた魔物が次から次へと消滅していくという不思議な光景になっていた。


 そして、パトリシアは最後に残ったゴブリンロードとの一騎打ちに勝ち、見事に魔物の大群を退けたのだ。

 これにより、戦いも終わったと思いきや……


「ふむ、我が連れてきた全ての魔物を殲滅するとは。感服である」


 座禅を組みながら宙に浮いた老人が、長く白い顎ひげを撫でながら悠々と言った。


「あなたは!?」


 パトリシアは、一見人畜無害そうな老爺ろうや相手であっても油断はしなかった。


(ついに現れよったか、魔物使いの老師キュグニよ)


 そこに、聖剣の声が響いた。


「ふぉっふぉ、いかにも我はキュグニ。魔王軍幹部が一人キュグニである」


「魔王軍の、幹部……!」


 パトリシアの表情が一瞬にして険しさを増す。


「あなたを帰したら、また王都が襲撃されるかもしれない。ここで倒します!」


「ほほう。威勢の良い小娘じゃ」


 彼女はすぐさま身構え、光の大剣オーバーブレイドを形成し、キュグニに突き立てた。だが、どうにも様子がおかしい。

 攻撃はきちんと命中しているものの、ダメージを与えられているようには見えない。


「ふぉっふぉ。我の身体には高度な防御魔法が練り込まれていてな。残念ながら、我にそなたの攻撃は通じないのである」


「くっ……!?」


 予想外の事態に戸惑うパトリシア。「攻撃が通じない」といっても、どこまでの範囲なのか。オーバーブレイドだけなのか、聖剣による剣撃すべてが無効化されてしまうのか。もし後者であれば、パトリシアにはなすすべがない。


「さっきまでの威勢はどこへやら。づいたのであるか?」


「……いいえ、そんなことはありません」


 即座に否定するパトリシア。だが、内心では焦燥感が積もり積もっていく。


「そろそろ、我のターンかの? 腕が鳴るのである」


 キュグニはそう言うと、左手のひらを仰向けにし、右手を垂直になるように添えた。

 そして……


「…………992式波動砲」


 次の瞬間、キュグニの両手からは極太の破壊光線とでも言うべきか、魔力で構成された強烈なエネルギーの塊が撃ち出された。


 ゴオオオオオオオッ!


 しかし、放たれた波動砲は、パトリシアの遥か頭上を通過して虚空へと飛んでいってしまった。


「……?」


 思わずパトリシアも構えを解いて小首を傾げる。


「ほっほっほ。当たり前であるが、仮想の肉体を持つそなたとまともにやり合う気はないのである」


「でも、今の空撃ちは一体……?」


「…………ふむ。まだまだ足りないようであるな」


 キュグニはそう言うと、自らの周りに十二個の球体を生成した。

 そして、その球体一つ一つに素早く魔力を充填すると、こう言った。


「……これならどうじゃ。992式波動砲、12連弾」


 ドオオ、ドオオ、ドオオ、ドオオオンッッ!!!


 十二個の球体から次々とビームが発射されていき、まるでマシンガンのように連続で炸裂していく。

 しかしこれらの攻撃も、パトリシアを狙うことなく周囲一帯に向けて撃ち出されているだけであった。


 ここで、キュグニの狙いに気付いたクリスが聖剣に話しかける。


(聖剣さん、ちょっといいですかね)


(どうした、クリス)


(キュグニですが……この空間自体に攻撃して、安定度を下げようとしているようです)


(何じゃと?)


(このまま放置すれば、仮想空間が崩壊して、王都がキュグニの直接攻撃を受ける事になってしまいます)


(それは一大事じゃな。現在の空間の安定度はどれくらいじゃ?)


(79パーセントあります。この空間に魔力を供給してくれている魔術師の皆さんに要請すれば、もう少し長く持ちこたえられるのではないかと)


(よし、さっそく長老たちに連絡じゃ。それにしてもなぜ、今になって暴れ始めたのかのう)


(分かりませんが、もしかするとパトリシアが魔物たちと戦っている間にエネルギーを溜めていたのかもしれません)


(なるほどのう。それにしても、仮想空間自体を攻撃するすべがあったとはな)


(ええ。闇魔術だったら簡単に可能です。キュグニには闇魔術の心得があるのではないでしょうか…………俺も、その可能性を十分に考慮出来てませんでした)


(とにかく、王都を守るためにもキュグニは絶対に止めねばならん……クリス、何か打開策はないか)


(ええとですね、聖剣さんが仮想空間と接続している今だけ、使える技がありまして…………)


(…………フムフム、それはイチかバチかじゃが、やってみる価値はある。パトリシアに伝えよう)



 * * *



(というわけで、まずはキュグニに近づかねばならんな)


 パトリシアはコクリと大きく頷くと、キュグニに向かって突進を始めた。


「ふん、馬鹿正直に突っ込んでくるとは何と愚かな娘……『我にそなたの攻撃は通じない』と伝えたはずであるが」


「ええ、それはちゃんと覚えていますよ!」


 パトリシアは剣を握り直し、冷静な目でキュグニを見据えた。


 キュグニは不敵な笑みを浮かべたまま、悠然と空中で座禅を組んでいる。


次元割切じげんかっせつ!」


 パトリシアは剣を振り抜き、その斬撃で空間そのものを切り裂いた。瞬間、キュグニの周囲に深い亀裂が生じ、黒い闇が渦巻き始めた。これは、クリスが聖剣に闇の魔力を注ぐことで使えるようになった、闇魔術をまとった剣技だ。


「な、何……だと……!?」


 キュグニの表情に初めて焦りの色が浮かぶ。彼は眼前に広がる亀裂を目の当たりにし、その未知なる力に驚愕していた。


「攻撃が通じないのなら、あなたが居る場所ごと消し去るまで!」


 パトリシアの瞳は決意に満ちている。亀裂はさらに大きくなり、まるで生き物のようにキュグニを飲み込もうとしていた。


「ううむ、何という力……!」


 亀裂の闇がキュグニの身体を包み込み、彼の姿は徐々に消えていく。


「くうっ、無念…………である!」


 最後の言葉を残し、キュグニは亀裂の中へと消え去った。空間の亀裂はゆっくりと閉じ始め、やがて何事もなかったかのように元の姿に戻った。


「やった……!」


(見事じゃ、パトリシア!)


 聖剣が嬉しそうに声をかける。


「ありがとう、聖剣さん。それに、応援してくれた皆さんも」



 * * *



 パトリシアが魔物の大群、そしてキュグニを撃退した、翌日。

 当然のことながらパトリシアに対しての王都の人々の興奮は冷めることなく、どこもかしこもお祭り騒ぎの状態となっていた。


 一方のパトリシアは独りで戦い抜いた疲れもあってか、自室で休息をとっていた。

 そんな時、ノックをする音が聞こえた。


「どうぞ」


 入室を促すと、現れたのは騎士団副団長マリアだった。


「パトリシアちゃん、今回はお疲れ様。よく頑張ったわね」


「マリアさん……ありがとうございます」


 いつもの優しい口調でねぎらうマリアに対し、パトリシアも安堵して礼を言う。


「そうそう。パトリシアちゃんの活躍のおかげで、王都への被害は全くと言っていいほど無かったわ。あのキュグニとか言うお爺さんが暴れていたらどうなっていた事か……」


 それを聞いて、改めて彼女が倒した相手が難敵であった事を再認識させられるパトリシアであった。


「あ、そうだわ。実はパトリシアちゃんに手紙が届いているの」


「手紙……ですか?」


「これよ。昨日、避難所で『パトリシアちゃんと知り合いだ』っていう男の子から、預かったんだけど……」


「……!」


 封筒に名前は書いていなかったが、直感で誰からの手紙なのかは分かった。

 封を切って中身を確認する。


 ――やっぱり、クリスの字だ……。


 想い人からの手紙だと分かり安心したパトリシアは、胸を弾ませながら手紙を読む。



 * * *



 パトリシアへ。



 王都を守る戦い、本当にお疲れ様。君の勇敢な姿を見て、多くの人々が元気づけられたと思う。空に映し出された君の活躍は、まさに真の勇者だった。


 パトリシアは前に「たくさんの人に希望を与える存在になりたい」って言ってたよな。今回、その夢を見事に実現できていたよ。勇者パトリシアの輝く姿とそれに励まされる王都の人たちを見て、俺も自分の事のように嬉しかった。


 これからも困難は続くだろうけど、自信を持って、君らしく進んで欲しい。会えなくても、俺はいつも君を応援してる。


 それでは、勇者パトリシアの更なる活躍と、無事を願って。



 クリス・ブラッドワース



 * * *



 パトリシアの瞳に涙が浮かんだ。かつて交わした言葉を覚えていてくれたこと、そしてその夢が叶った事を一緒に喜んでくれたことが、何よりも嬉しかった。


 ――ありがとう、クリス…………大好きだよ。


 彼女は落涙らくるいしながら、心の中でそう呟いた。彼の言葉が、心の奥底で眠っている漠然とした不安や、やるせない気持ちを優しく包み込んでくれるように感じられた。


「マ……マリアさん」


「どうしたの、パトリシアちゃん?」


 いきなり泣き始めたパトリシアに驚きつつも、マリアは話の続きを聞く。


手紙これを渡してくれた人……まだ王都にいると思いますか? その……会いたいんです……」


 嗚咽おえつでうまく言葉が紡ぎ出せないパトリシアだったが、その気持ちはしっかりとマリアに伝わった。


「彼……パトリシアちゃんの大切な人なのね。いいわ。後で二人で探しに行きましょう」


「ありがとう……ございます」


 パトリシアは涙をぬぐいつつ、小さく微笑んで言ったのだった。

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幼馴染♀が勇者に任命されたので、闇魔術師の俺は陰ながら支援することにした。 有馬悠宇 @yu_arima

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