第17話 一番やりたかった事
パトリシアの精神が異空間に飛ばされた頃、パトリシアの部屋にて。
「どんな魔術を組んだのかしら? すごいわねこれ……」
「やっぱりトンチキお兄ちゃんの考える事は違うね……」
マギーとメグが見ていたのは、小さなスクリーンだった。彼女たちそれぞれが持つ杖から長方形の光の板が生まれており、それが空中で静止しているのだ。そして、そこには異空間に居るパトリシアの姿が見えた。
「しかもこれ、視点切り替え機能まで付いてる……」
メグがスクリーン上の視点切り替えアイコンをタップすると、異空間の映像が三人称視点から一人称視点へと変わり、パトリシアの視界を見渡すことができた。
「それにしても、あたしたちは杖から出て来るこの映像を観てればいいだけなんて。画期的だね」
そう。クリスの狙いはそこにあった。王都に居る魔術師のほとんどは杖を持っているわけで、その魔術師たちからの魔力的な支援を得るための方法として杖と聖剣を魔術的に接続する方法を選んだ。そうすれば、魔術師は自らの魔力を消費する代わりに異空間にいるパトリシアの姿を見られるというわけだ。
今ごろは「魔法使いの里」の長老からの協力要請が王都中にいきわたっているはずで、「里」の出身者でない者も含め、王都に住むほとんどの魔術師がマギーとメグ同様にこの魔術を体感している事だろう。
「メグ、外の大映像はどうなってるかしら?」
「ちょっと見てみるね」
マギーに問われたメグが部屋の窓から王都の空を見上げると、王都全体をドーム状に囲む光の板のようなものが張り巡らされていて、そこにも異空間内のパトリシアの姿が映し出されていた。
つまり、王都に居る人間ならば空を見上げれば誰でも観られる映像である。また、この光のドームはただのドームではなくクリスが編んだ精緻な防御魔法が組み込まれており、魔王軍の空からの襲撃をシャットアウトする効果もあった。
「うん、パトリシアさんの姿、ばっちり写ってる」
「これ、知らない人たちが見たら驚くわよねえ」
「あたしたちが驚いてるくらいだから、そりゃあ……ね。魔術でここまで出来るとは思いつかなかったもん」
「……あ、そろそろ戦闘が始まる頃かしら」
* * *
異空間内にて、覚悟を決めたパトリシアが聖剣に告げた。
「聖剣さん、いつでも準備は出来てます。敵の転送をお願いします」
クリスが今回組んだ魔術で一番悩んだのがこの部分だ。王都を囲む魔物たちにそのまま入ってこられてはただただ王都が蹂躙されてしまうので、それを防ぐ必要があった。そのために用意されたのが今パトリシアが居る異空間である。
そしてただ空間を作るだけでなく、魔物たちをこの空間に転送する機構が必要なのだが、クリスはそれを聖剣に丸投げする形で実装した。結果として「聖剣が闇魔術を使う」事態になってしまったが、それはそれだ。原理自体は単純で、聖剣が王都を囲む魔物をターゲティングする、聖剣がクリスから教わった闇魔術でその魔物を異空間に転送する、の二工程だけである。
このような単純な繰り返し作業は、クリスが行うより、人間の処理速度をはるかに
(よろしい。それでは、転送を始めるぞい)
そうして、王都を取り囲んでいる魔物たちがそのまま異空間に転送されてきた。スライムやゴブリン、コボルトといった比較的低レベルの魔物だけでなく、オークやドラゴンのような高レベルの個体までもが次々と現れる。その数だけで数百体ほどはありそうで、パトリシアは思わず絶句してしまった。
(敵の数に驚いているようじゃな、パトリシア。なあに、お主には絶対に損傷しない肉体がある。落ち着いてやれば大丈夫じゃよ)
「……そうですね。わかりました」
パトリシアはそう言うと、目を閉じ心を落ち着かせ、一呼吸置いた。
「…………行きます!」
そう言って、彼女は目を開けた。その瞳には強い意志の光があった。
* * *
それからのパトリシアの戦いぶりは、圧巻の一言だった。
襲い来る敵を次々に切り伏せるパトリシア。彼女の持つ聖剣は光を放ちつつバッサバッサと敵を切り裂いていった。
しかし、敵はあまりにも多かった。いくら今のパトリシアが優れた剣士であろうと、全てを討伐するには時間がかかる。
「聖剣さん、このままでは
(……ふむ。ではお主は、どうすれば打開できると思うかの? 自分の頭で考えるんじゃ)
「……常時『オーバーブレイド』を発動して振り回せば、一度に多くの敵を倒せると思います」
(よろしい。上出来じゃ)
オーバーブレイドは、ゼルアーバとの戦いでも使用した、巨大な光剣を生成する攻撃の事で、本来魔力を持たないパトリシアはジャストパリィで魔力を溜めなければ使えなかったが、今は違う。彼女が持っている聖剣は今や、マギーやメグや、他の魔術師との接続を通じて莫大な魔力を供給されているのだ。よって、パトリシアが意識すれば自動的に魔力が注ぎ込まれる。
「オーバーブレイド!」
パトリシアが剣を上段に構えたまま叫ぶと、眩く光を放つ長大な光の刃がぐんぐんと伸びていき、やがて、パトリシアからは先端がどこにあるかよくわからないくらいに長くなった。
次の瞬間、パトリシアはその巨大な刀身を振り下ろし、凄まじい長さの光の刃を解き放った。
まさに瞬殺と言うにふさわしい速度で、光は全ての魔物を飲み込んでいき、地平線の彼方まで続く綺麗な道を拓いた。
* * *
ちょうどその頃。王都の各地で、勇者パトリシアの雄姿を目の当たりにしている住民たちが大きな歓声を上げていた。
王都を覆うドーム状スクリーンのお陰もあり、現在起きている王都の住民のほとんどがこの戦いを観戦していたのだ。
「すごい! パトリシアさんって本当にすごいんだね!」
「ほら、見ろよあのデカい剣! あのデカいの振り回してあんなにたくさんいた魔物を吹き飛ばしたんだよ!」
「すっげー……」
「あれだけ強い勇者様が居てくれれば、王都も安泰だね」
人々は皆一様に、パトリシアを称賛する言葉を口にしていく。
そんな言葉を聞くために、クリスは前もって作成しておいた自分の影分身に、騎士団が設置した避難所のある王都の広場を歩かせていた。
なぜそのような事をするのか。もちろん、パトリシアを称える人々の声を聞いておきたかったからだ。
自分の大事な幼馴染が多くの人から称賛を受けている事は純粋に嬉しい。それに、あくまで裏方としてではあるが、自らが貢献できていることを実感できるというのもある。
影分身のクリスはふう、と息を吐く。
勇者としての使命に燃えるパトリシア、自らの力不足を日々感じながらも前を向いて歩んでいくパトリシア、身の回りだけでなく王都の人々への思いやりも忘れないパトリシア。どれもクリスが愛してやまない、世界で一番大切な人だ。
その彼女は今、王都に住まう多くの人々から、多大な、熱烈な声援を受けている。
――――ハッ。
その時クリスは気付いた。「これが、一番やりたかった事なのではないか」と。
クリスは、パトリシアが勇者になるより前に言っていた言葉を思い出す。
――(もし勇者として『たくさんの人に希望を与えられるような存在』になれるとしたら、こんなに誇らしいことはないと思うの)
これを覚えていたクリスは、考えたのだ。どうすれば多くの人にパトリシアを知ってもらえるか。応援してもらえるか。
本当に、彼女が人々に希望を与えられる存在になれるかどうか。
その真骨頂が、今発動している王都を守るための魔術であり、一番やりたかった事なのである。
――そうだ。俺は、輝かしい
クリスは、王都の天を覆う巨大スクリーンに映るパトリシアを見上げながら、ひとり静かに頷いた。
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