第14話 誤算
(さあ……
ルミナを操るサーベルは、彼女の喉に剣先を向け、下手な事をすれば彼女の命はないという脅しをかける。
ルミナ本人はと言うと、この状況にもかかわらず無表情でただまっすぐ前を見つめており、サーベルに意識を完全に支配されている事をうかがわせた。
「くっ……」
サーベルに強く出られないウォルトンはただただこの状況に歯を食いしばる事しか出来なかった。
だが……
(なあ、ウォルトン。もう一度俺の操り人形になる気はないか?)
「あなたなら……ルミナ様をお助けできると?」
(一応……考えはある)
「少しでも可能性があるのなら……良いでしょう、僕の身体を貸して差し上げます」
そしてしばらくして、クリスに操られたウォルトンはサーベルの方向に向かって叫ぶ。
「あんたの言う通りにすれば、ルミナお嬢様に危害を加えないと約束してくれるか?」
(ふふ……良いわよ。貴方にそれが出来ればの話だけどね)
「どういう事だ?」
(勇者パトリシアを殺すか、もしくは自害させなさい。そうすれば、
「な、何て事を……!」
「あたしたちが許さないよ、そんなの!」
マギーとメグが、パトリシアを
「どうしたんですか、二人とも……?」
サーベルの声が聞こえず、状況を掴めないパトリシアが尋ねた。
「サーベルは、ルミナ様の命が惜しければ、代わりにパトリシアの命を差し出せ……と、言っているわ」
マギーが、険しい表情でパトリシアの問いに答える。
「わ、私の命を……?」
話の内容があまりに急すぎて、パトリシアは明らかに動揺を隠しきれない様子だった。
「…………パトリシア」
「は……はいっ!」
不意にウォルトンに名前を呼ばれ、思わず気を付けの姿勢を取るパトリシア。そんな彼女に対し、ウォルトンは真剣な声色でこう言った。
「……俺が、絶対にそんな事はさせない。安心して待っていてくれ」
「……!」
彼女に話しかけているのは間違いなくウォルトンであったが、パトリシアの脳裏ではなぜか、幼馴染の彼の姿が思い浮かんでいた。
「今の…………もしかして、クr」
「『トンチキ』君、よろしく頼むわ!」
何かを言いかけたパトリシアであったが、マギーの言葉に遮られてしまった。
(あらあら、余裕ぶっちゃって……貴方はちゃんと状況を分かってるのかしら? 下手なことをすれば、
「…………」
ウォルトンはサーベルの挑発には乗らず、無言のままサーベルに視線を向ける。
そして、右腕を伸ばし、狙いを定めるかのように手のひらを前へ突き出した。
(な……何?)
――――重力操作。
次の瞬間、ルミナが握っているサーベルはフルフルと揺れ始め、ウォルトンの手元へ引き寄せられようとしていた。しかし……
(なるほど……私と力比べ、ってことね)
サーベルはサーベルで、負けじとルミナを操りグッ……と自身を握らせ、引き寄せられないよう抵抗する。
(そう簡単にはいかないわよ。私は
「くっ、この身体じゃ限界があるか……」
ウォルトンの身体を通した魔術では
だが、そこへ……
「助太刀するわ、『トンチキ』君」
「トンチキお兄ちゃんにも誤算、ってあったんだね……なんかちょっと、安心しちゃった」
「マギーさんに……メグちゃんも」
そうして二人は、それぞれ持っている杖の先端をウォルトンの右手に近づけると……大量の魔力をそこに送り込んだ。
(くうっ……
サーベルは抵抗を続けるが……それもむなしく、やがて一直線にウォルトンの手元へ引き寄せられた。
彼はそれを右手でキャッチすると、地面にゆっくりと横たえた。
「お二人とも、助かりました。ありがとうございました……あとは、よろしく頼みます」
ウォルトンが、マギーとメグに小さく礼をしながら言った。二人は頷くと、地面に置かれたまま無抵抗のサーベルに対し、魔術を唱え始めた。
(な……何するつもりよ! あなたたち!)
魔導言語で抵抗の声を上げるサーベルであったが、二人は全く意に介さず、魔術の詠唱に集中していた。
「あの……すみません、私はどうすれば……?」
成り行きを見守っていたパトリシアだったが、自分が何をすればいいのかわからず、不安そうに尋ねる。
「パトリシアには……ウォルトンと一緒に、ルミナお嬢様の介抱を頼みたい」
ウォルトンがそう言い終えた瞬間、パトリシアは心なしか彼の顔つきが変わったように見えた。
「はっ! えっと、パトリシアさん……今『トンチキ』さんが仰った通り、ルミナ様の介抱に、ご協力願えますか?」
「はい!」
反射的にパトリシアは返事をし、ウォルトンと共にルミナの元へと駆け寄った。
* * *
一方その頃、マギーとメグはサーベルに対しての魔術の詠唱を続けており、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。
(まさか……このまま私を葬るつもりじゃ……)
危機感を募らせたサーベルが恐怖心を抱いたその時、彼女が予想だにしない出来事が起こった。
(私の声、聞こえてる?)
マギーは、魔術の詠唱を続けたまま魔導言語でサーベルに語り掛けるという離れ業をやってのけたのだ。
(き、聞こえるけど……一体何なの?)
(安心して。私たちは無抵抗のあなたを葬り去ったりはしないわ。ちゃんと目的があるの)
(目的、ですって……?)
(魔導譜に、書いてあったんだよ。サーベルさんにはパトリシアさんの命を付け狙う「役割」が植え付けられてるから、それを上書きして欲しい……ってね)
メグも、マギーに続いて魔導言語で語りかける。
(「上書き」って……そんな事、可能なの!?)
サーベルが素っ頓狂な声を上げたが、マギーとメグは冷静に魔術の詠唱を続ける。
(だから今その「上書き」のために詠唱してるんだってば)
(私達も最初はびっくりしたけど、魔導譜を読んだら懇切丁寧にその手順が書いてあったから、これは『トンチキ』君の期待に応えなくちゃと思って)
次の瞬間、マギーとメグが持つ杖の先端が、ほぼ同時に眩い光を放ち始めた。
そして、二人は互いに目配せを交わすと、杖の先端をサーベルの方向へ向け……
「「トパタリアニシ・ガシャウエシユ!」」
二人の魔術が発動し、光の波動がサーベルの全身を包み込んだ。
(くっ……うぅぅっ!!)
身動きが取れないまま、その光を受け入れるしかないサーベル。やがて、その光が収まった頃……
(あ……あれ?)
サーベルは、それまで自分を縛っていた「役割」に対する「責任感」が少しずつ「罪悪感」に変わっていくのを感じていた。
(私、なんであんなに酷い事してたんだろう。何も悪い事をしていない無垢な女の子の命を奪おうとして、一体何を考えてたんだろう……)
「ようやく分かったみたいだね、サーベルさん」
「あなたはただ単に利用されただけなのよ。操られていただけなの。でも、これから先は……」
と、マギーが言いかけた時、サーベルが先に口を開いた。
(「勇者パトリシアに従え」でしょ。今の貴方達の魔術で、そのパトリシアちゃんがどんなにいい子なのか叩き込まれたわ。それこそ、目が覚めるくらいにね)
そう、
「マギーさん! メグちゃん!」
丁度そこに、パトリシアたちが戻ってきた。パトリシアとウォルトンに両肩を支えられながら歩いてくるルミナの表情は、すっかり生気を取り戻していた。
「ルミナ様は、もう大丈夫なの?」
メグが心配そうに尋ねると、ルミナは笑顔で頷いた。
「ええ、おかげさまでもう何ともありませんわ」
そう言ってにっこりと微笑むルミナの表情からは、彼女の体調には何も問題ないであろう事がうかがえた。
「良かった……じゃあ、一旦王都に戻って、今後の事を話し合いましょうか。パトリシアが『ちゃんと話し合って決めましょう』って言いそうな話題だし……ね」
マギーは、地面に置かれたサーベルを拾いながら言う。
「そうなんですか?」
パトリシアはピンときていない様子を見せる。
「まあ……後で、ちゃんと話すわ。今はとりあえず、王都に戻りましょう」
* * *
それから数時間後。一行は王城の一室を借り受け、会議を行っていた。
パトリシアがサーベルの声を聞けるよう、両隣にマギーとメグが座って彼女の手を握っている。
そして向かい側にはウォルトンとルミナが座っている状況であった。
「なるほど……お二人の魔術によって、このサーベルがパトリシアさんに危害を加える可能性はなくなった、という事ですね」
ウォルトンが、マギーの説明を聞いて頷く。
「そうね。そればかりか、ルミナ様を操って意思に反する行動をさせるようなことも無くなったわ」
「マギーさん、それで……本題は?」
パトリシアがマギーの方を見ながら尋ねる。
「このサーベルが、パトリシア……ひいては、勇者パーティの味方になってくれると言ってるの。でも、
そこまで言って、テーブルの中心に置かれたサーベルにちらっと目をやるマギー。どうやら、サーベルに発言を促しているようであった。それに気付いたサーベルが、魔導言語で語り始める。
(私は、「ルミナちゃんに装備してもらった時に最大限の力を発揮できる」のよね)
「それは、どうしてですか?」
パトリシアが、すかさず質問を投げかけた。
(「ルミナちゃんが私を装備すると
「なるほど、さっきマギーさんが言ってた『私がちゃんと話し合って決めましょうって言いそうな話題』って、そういうことなんですね……」
話を大方把握したパトリシアが、感心したように呟く。
「どういうことなんですの?」
話に追い付いていないルミナが、頭にクエスチョンマークを浮かべて尋ねた。彼女にサーベルの声は聞こえていないので、仕方のないことではあるが。
「単刀直入に言えば、このサーベルを装備したルミナ様は私たち勇者パーティにとって大きな戦力になりうる、ということです」
パトリシアが真っ直ぐルミナを見据えて答えた。
「もちろん、無理にとは言わないわ。私たちの仲間になってくれれば嬉しいけれど、私たち田舎娘とは違って貴族のご令嬢であるルミナ様にとっては、そんな簡単な話じゃないと思うし……このサーベルに対して、あまりいい思い出が無いっていうのもわかるから」
マギーがそう言うと、ルミナは身を乗り出してこう言った。
「いえ、平民だとか貴族だとか……そんなことは関係ありませんわ! それに、
「ルミナ様……」
ウォルトンが、心配そうにルミナを見つめる。すると彼女はすぐに、その表情を和らげた。
「大丈夫ですわ、ウォルトン。
「……そうですか。では……」
ウォルトンはそう言うとパトリシアの方に向き合い、小さく息を吐いてから口を開いた。
「不肖ウォルトン・サヴィルも、ルミナ様と共にパトリシアさん達のお力になりたいと思います。お許しいただけますか?」
「……もちろん。心から歓迎しますよ、お二人とも」
パトリシアが、にっこり笑って答えた。
「ありがとうございます……それではよろしくお願いします、パトリシアさん達」
ウォルトンがそう言うと、ルミナとともに頭を下げ、感謝の意を示した。
そうしてしばらくして、ルミナがおずおずと右手を挙げる。
「どうしました? ルミナ様」
「あの……
「何でしょう?」
パトリシアが続きを促す。
すると、ルミナはためらいがちにこう切り出した。
「その……
ルミナはそう言い終えると、もじもじしながら上目遣いで三人の様子をうかがった。
「ルミナさんが良いのならそれで、構いませんけど……」
「そうね……良かったらルミナちゃんのお話、色々と聞かせて欲しいわ」
「これからよろしくね、ルミナさん」
三者三様の反応ではあったものの、皆ルミナの要望に対し異存はないようだった。
「皆様…………ありがとうございます」
そう言いながらルミナは、深々と頭を下げた。
こうして、パトリシア達勇者パーティの面々に、新たに二人の仲間が加わったのであった。
* * *
(ふう、パトリシアの命を狙ったサーベルを無力化するどころか味方に付けてしまうとは……流石じゃな、クリス)
(いいえ、本当に頑張ったのはマギーさんとメグちゃんで…………後は少しだけウォルトンも役に立ったかな? ただ……)
(ただ?)
(パトリシアに全く活躍をさせてあげられなかったのは……心残りではあります。これはきちんとパトリシアが活躍出来る
(いや、しかし……あの夜サーベルを「分析」した時点で、お主には既に予測がついていたのであろう? 今のパトリシアでは……あのサーベルを装備したルミナ嬢には、勝てぬであろう事を)
(…………)
クリスの沈黙は、聖剣の発言に否定すべき点が何も無い事を静かに物語っていた。
(そもそも、毎回勇者が活躍せねばならないという決まり事などどこにもないじゃろう。何なら、パトリシアの活躍は次の機会にでも回すとよい。勿論、お主のサポートありきが望ましいのう。パトリシアは勇者として実力をつけて来たと言えども、まだまだお主のサポートは必要じゃ)
(…………そうですね)
(うむ)
(ところで……サーベルの件については一区切り付いたところではありますが、一件落着とは行きません。あのサーベルの送り主を突き止めて無力化しない限り、またいつパトリシアの命が狙われるか、わかりませんから)
(確かに、それはそうじゃな。それで、送り主の目星はついているのか?)
(そうですね……魔王軍に仕える何者かじゃないかと睨んでますが、まだ確証はありません。サーベルを魔導武器化した魔術師の情報も得ようとしたんですが、隠蔽されていて……)
(まあ、気長に構えるしかあるまい。それよりも、新たな戦力としてのルミナとウォルトンを勘案して、次なる脅威に備えることが肝心じゃろう)
(そうですね。二人の加入で戦力の幅も広がりますし、色々考えてみます)
(うむ。くれぐれも無茶は禁物じゃぞ)
(分かってますよ、聖剣さん。それでは、失礼します)
クリスはそう言うと、パトリシアたち勇者パーティの今後について考えを巡らせるのであった。
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