第13話 サーベルを追って
「あの、『トンチキ』さん。馬車の中にあなた方が探している『サーベル』なんて無かったでしょう。そろそろ僕を解放してくれませんかね」
(駄目だ。例のサーベルを追い詰めるまでは、お前は俺のコントロール下におかせてもらう)
「ふむ……あなたは姿も現さず、陰湿で卑怯なやり方をする人ですね」
ウォルトンは吐き捨てるように言う。
(ああ、そうだ。ねちっこい事をするのが俺の本業なんでな)
そこへメグが、痺れを切らしたかのように言う。
「ねえ、トンチキお兄ちゃん。『あのサーベル』は結局見つからなかった訳だけど、あたしたちはどうすればいいの?」
(そうだな……一旦解散という事で。三人には、自室に帰ってゆっくり休んで頂きたい。サーベルを追う手がかりが見つかったら、後で呼ぶかもしれないが。……だがウォルトン、お前は駄目だ。引き続き、俺に従って動いてもらう)
「くっ……」
屈辱に顔を歪ませるウォルトン。しかし今の彼に出来る事は何もないので、渋々ながら従うしかない。
「じゃあ、ええと……『トンチキ』君。後はよろしくね」
そして三人はその場で別れ、各自の部屋へと戻っていったのだった。
一方クリスはと言うと、誰にも気づかれずに、音も立てずに聖剣の影からウォルトンの影へと既に移動を完了していた。
そして、万が一パトリシアが再度襲われた時のため、代わりに自分の影分身を作成し聖剣の影へ送り込んでいたのであった。
「ところで『トンチキ』さん。これから一体僕をどうするおつもりですか? まさか、拷問にでもかけるとか……」
(アホか。確かに「ねちっこい事をする」とは言ったが……仮にも勇者の味方である俺が、そんな非人道的な事に手を染めるはずがないだろ)
「……そうですか」
それを聞いたウォルトンは、少しだけ安心した様子で胸をなでおろす。
(かと言って、抵抗しようとしても無駄だからな。お前には一切、容赦するつもりはないぞ)
「なるほど…………」
ウォルトンはしばらく考えを巡らせた後……急に合点がいったという顔をして、こう言った。
「そういえば『トンチキ』さん。あなたについて、一つだけわかった事があります」
(何だ? ……まさか、俺の弱みでも握ったつもりか?)
クリスは動揺一つせず、平然と聞き返した。
「まあこれを『弱み』……と言っていいのかどうか、わかりませんが」
(…………?)
「あなたは、パトリシアさんを『女性として』お好きでしょう。少なくとも僕の見込みでは、そうである可能性が非常に高い」
(ちょ……)
これにはさすがのクリスも、閉口せざるを得なかった。なぜなら、直球どストレートで図星を突かれてしまったからである。
「自らの言動を振り返ってみてくださいよ。あなたと全く面識がない、今日初めて会話した僕ですらわかる事ですよ」
確かに、言われてみれば…………自らの言動の数々に、パトリシアへの好意が
(ああ、ウォルトン。お前の言う通りだ……これはもう、否定のしようがない)
それを聞いたウォルトンは、小馬鹿にしたような態度を取ってくる…………とクリスは予想したが、実際は違った。
「僕は別に、あなたを蔑んだりするつもりはありません。……僕もあなたのように、一人の女性に恋い焦がれていますから」
ウォルトンは、遠くを見つめて言った。
彼の様子からは、その恋路が決して容易なものではない事が
(ウォルトン、お前……もしかして)
ウォルトンが皆まで言わなくても、察しの良いクリスは既に正解に辿り着いていた。
身分違いの恋。…………それは、クリス自身にも通ずる所があった。
(だったら尚更……サーベルを見つけ出して、ルミナお嬢様を解放してあげようじゃないか)
「……!? ひょっとして、あなたは既にそこまで掴んで……!」
(今さらだな、ウォルトン。「武器の言いなりになって動いている人間」呼ばわりされたのを忘れたのか? お前と例のサーベルの関係については、とっくに把握済みだよ。そして……あのサーベルは、ルミナお嬢様を人質に取ってるんだろ?)
「そうですね……あなたの仰る通りです」
(よし。まあ、そういう訳だから……例のサーベルを追うための操り人形になる事に関しては、悪く思うなよ。……そしてまずは、今から行って欲しい所がある)
* * *
ウォルトンとその影に潜ったクリスが辿り着いたのは、エレンスバーグ公爵家の邸宅……要は、公爵令嬢ルミナの実家であった。
そしてウォルトンはクリスに指示されるがまま、邸宅内のルミナの居室の前へと足を運んでいた。
「『トンチキ』さん。いくら何でも、ルミナ様は……お部屋には、いらっしゃらないと思いますが……?」
(そんな事はわかってる。つべこべ言わず、さっさと部屋に入れ)
「なんとぉ……! 年頃の女性の部屋を、無断で探ろうとするとは……もしかして、あなたは一片のデリカシーも持ち合わせていないのですか?」
(うるさいなあ……俺は陰湿で卑怯なトンチキ野郎だから、こういう方法しか思いつかなかったんだよ)
クリスは半ばやけくそな口調になりつつ、ウォルトンに部屋のドアを開けさせる。
そして案の定、部屋には誰も居なかった。
「一体どういうつもりですか、『トンチキ』さん」
(いいから、まずはドアを閉めてくれ)
そう言われたウォルトンは、どうにも腑に落ちない様子でドアを閉めた。
「ったく、お嬢様の部屋に無断で侵入するなど……あれっ?」
ドアを閉めたウォルトンが振り向くと、目の前にはローブに身を包んだ少年……
「なっ!?」
驚いた拍子に尻餅をつくウォルトンだったが、すぐに立ち上がるとそのまま後ろへ後ずさりしつつ身構える。
「おいおい、驚きすぎだろ」
「いやいやいや、何の前触れもなく現れたら誰だって驚くでしょう!」
「そうかそうか。悪かったよ」
「悪びれた様子ゼロじゃないですか!」
「チッ、うっせーな……反省してま~す」
「誠意が全く感じられないんですが!?」
そんなやり取りを交わしながらも警戒を緩めないウォルトンに対し、クリスはあくまでマイペースを貫く。
「確かに誠意はないかもしれないが……敵意もないから、安心しろよ」
「…………わかりましたよ」
渋々ながら、ウォルトンは警戒を解いた。それを見たクリスは、安堵した様子を見せる。
「それで……わざわざここに来た用件は何でしょうか、『トンチキ』さん」
ウォルトンがそう言うと、クリスは待ってましたとばかりに答える。
「よくぞ聞いてくれた、ウォルトン。俺から一つ、頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事……?」
「この部屋に……ルミナお嬢様が使っている、
「何を言うかと思えば、貴様……ルミナ様の私物を手に入れようとするとは! この変態の、不埒者め!!」
「何でそうなるんだよ。サーベルを追いかけるために少しの間、借りるだけだ」
「本当だな? はあ…………仕方ありませんね」
悪態をつきながらもウォルトンは、部屋の片隅にある小さな戸棚を開けた。するとそこには、ルミナ愛用の美しい意匠が施された木製の櫛と香水が入った小瓶が入っていた。
ウォルトンは、自分のポケットから高級そうな赤いハンカチを取り出すとそこにルミナの櫛を乗せ、クリスに差し出した。
「こちらが、ルミナ様ご愛用の櫛になります」
差し出されたそれをハンカチごと受け取ったクリスは、早速その櫛の「分析」を始める。
「これは一体、何を……」
「今にわかるさ、ウォルトン。今は、分析に集中させてくれ」
「……はい」
クリスの真剣な表情を見て察したのか、はたまた興味を失ったのかはわからないが……それ以上、ウォルトンは何も言わなかった。
しばらく無言で作業を続けていたクリスだが、それを完了するのにそう長く時間はかからなかった。
「……よし、把握できた」
そう言うと彼はハンカチと櫛をウォルトンに手渡し、元の場所に戻すよう頼んだ。
「ありがとな、ウォルトン。これで準備完了だ。さてと…………早速戻ろうか」
「戻る? 戻るというのは……?」
「決まってるだろ。王都の、馬車の停留場だ」
* * *
ウォルトンが停留所に着いた頃、パトリシアたち三人は既にそこで待っていた。クリスがあらかじめ、聖剣に彼女たちを集合させるようメッセージを送っていたのである。
「私たち『トンチキ』君に呼ばれて集まったんだけど……彼は何て言ってたのかしら?」
マギーがウォルトンに尋ねる。
「ええとですね……僕が聞いた限りでは、僕も含めた四人で『ルミナ様の痕跡を追ってほしい』らしいです」
「なるほど。トンチキお兄ちゃんは、ルミナ様の痕跡を追う方法を見つけたんだね」
メグが察した通り、
「『トンチキ』さんからの指示で……僕が御者を務めます。お三方は、後ろに乗ってください」
「わかりました。運転よろしくお願いします、ウォルトンさん」
パトリシアが、丁寧にお辞儀をして言った。ウォルトンもそれに倣い、軽く会釈する。
こうして、ウォルトンたちは
* * *
やがて一行は、鬱蒼と茂る森の中に建つ、寂れた小屋の前に辿り着いた。
そしてウォルトンは手綱を引き、馬を止めると馬車のカーテンを開く。それと同時に中からぞろぞろと三人が降りてきた。
「この小屋に……ルミナ様が居るんですか?」
パトリシアが、ウォルトンに尋ねた。
「恐らくそうです。『トンチキ』さんに指示されて辿り着いた先が……ここでしたから」
「あの……さっきからたびたび出てくる『トンチキ』さん、って一体誰なんですか?」
パトリシアは、今度はウォルトンだけでなくマギーとメグの方も向いて尋ねる。
それに対し、マギーがお茶を濁すような口調で答えた。
「ああ、それはその……『精霊』みたいなものだと思ってもらえば」
「え?」
「そうだよ。パトリシアさんやあたしたちが困った時に助けてくれる、精霊さんだよ」
メグもそれに続く形でフォローするが、パトリシアはどうも腑に落ちない様子でウォルトンの方を見た。
しかし彼は、腕を組んでうーんと唸るばかりで何も答えようとはしなかった。どうやら彼自身もどう説明すれば良いのか困っているようであった。それもそのはず、パトリシアに対し何か変な事を口走ってしまえば、そのトンチキ野郎本人に何をされるかわかったものではないからである。
頭の疑問符が消えない様子のパトリシアであったが、彼女はひとまず考える事をやめたらしく……気を取り直して、改めて目の前の建物を見据えた。
「……とにかくここに、ルミナ様が居るかもしれないんですよね」
「ええ、おそらく間違いありません」
そう力強く言い切るウォルトンだったが、一方で彼の心中は決して穏やかではなかった。ルミナを救えるかどうかは、自分たちの手にかかっている。……下手なことをすれば、サーベルがルミナの命を奪うという、最悪の事態さえ起きかねない。
そして……ウォルトンのその悪い予感は、的中しつつあった。
ガチャッ。
急に小屋の扉が開いたかと思うと……中から出てきた人物は、サーベルを両手で持ち、自身の喉に剣先を向ける。そして……
(さあ……
と、ルミナを操る例のサーベルが、高らかに魔導言語による声を上げたのであった。
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