第12話 トンチキ野郎の逆襲

 勇者パトリシアがサーベルを持った何者かに襲われた翌日。


 その情報は、騎士団長アレックスにも連携された。


「ふむ……パトリシア殿が無事だったのは何よりだが……どうやら、なかなか厄介な相手のようだ。実は昨晩、王城内の夜間警備兵が数名、何者かに眠らされていたのだが……恐らく同一犯の仕業だろう。……何か他に、犯人に関する情報は掴めているか?」


「そうですね……『魔導言語を発する事の出来る魔導武器のサーベルを持っている女性』、としか」


「なるほど……君の持つ聖剣と同じたぐいの武器の持ち主、という訳か」


「ええ、私が直接サーベルの声を聞いたわけではなく、聖剣さんに教えてもらっただけなのですが」


「ふむ……わかった。ルミナ嬢の行方不明事件と同様に、勇者パトリシアの襲撃事件についても早急に調べねばなるまいな。勇者が再び襲撃され、万が一にも命を落としたとなっては、我々にとって大きな損失だからな」


「はい……」


 パトリシアが、力なく返事をする。


 彼女は、勇者となってからおよそ二ヶ月ほど経つが……改めて、その重圧を感じていたのだった。


 しがない村娘だった頃ならまだしも……勇者となった今となっては、自分の命は、自分一人だけの命ではない。多くの人たちの希望を背負った、そんな重みのある存在になってしまっている事を、痛感していたのである。


 そんな彼女の表情を見たマギーが、励ましの言葉をかける。


「パトリシア、そんなに心配しなくても大丈夫よ! あなたは独りじゃない。私たちがついてるんだから!」


「そうだよ。あたしも……年下ではあるけど、出来るだけパトリシアさんにとって頼れる存在でありたいと思ってるし」


 メグも、パトリシアに優しげに微笑みかける。


 そんな二人の気持ちが嬉しくて、パトリシアは少し心が軽くなった気がした。


「……ありがとうございます、二人とも」



 * * *



(クリス、あのサーベルについて何か掴めたかの?)


(ええ、対策するのに必要な情報は掴めたんですが……場所がわかりません)


(場所……というと?)


(「影探り」でサーベルの場所を特定しようとしたのですが……王都を中心とした広範囲を探しても、なかなか見つかりません。恐らく、自らに「魔力遮断」のような魔術をかけて姿を隠しているのかと)


(なるほどのう……お主の親父さんと同じじゃな)


(ええまあ……一応はそうですが)


 クリスの父は、村ではただの薬屋として通しているが、実はクリスに負けず劣らずの優秀な闇魔術師である。そんな彼は、自らの魔力が外部に漏れないよう「魔力遮断」した上で、普段から魔術を一切使用しない生活を送っているのだ。


(それにしても、「サーベルを持っていた人物」を影探りで探せるように情報把握しておかなかったのは痛かったな。お主ともあろう者が、珍しい)


(緊急事態でしたからね……今思えば、まさにその通りでした。ですが……)


(……何じゃ?)


(……代わりに、とある人物の動向をこれから数日間追ってみようと思うんです。パトリシアが襲われた件と、何か関係があるかもしれません)


(そうなのか…………ところで、「対策するのに必要な情報は掴めた」と言ったな? それをまた、マギーとメグに共有出来んかの?)


(ええ、俺もそうさせてもらうつもりでした)


(そうか、それでは早速、彼女らに声をかけるとしよう)



 * * *



 ここは王城内の、マギーの部屋。


 以前と同じく、クリスが羽根ペンを魔力で操作する形で、マギーとメグたちの目の前に魔導譜を書き連ねていく。


「なるほど、前回の広範囲魔術と違ってピンポイントで発動する魔術だから消費魔力は小さいけど……ふむふむ……なかなか強引な魔術なのね……」


「そうだね、お姉ちゃん。それだけ、聖剣さんが言ってた『サーベル』にかかってる魔術は強力みたいだね」


 二人がそれぞれ呟く中、猛烈なスピードで動く羽根ペンと、紙いっぱいに広がっていく魔導譜とやらを初めて目の当たりにしたパトリシアは、感嘆の声を上げた。


「うわあ……聖剣さん、こんな事まで出来るんですね……」


 すると、実際は聖剣ではなく「トンチキ野郎」の仕業だと知っているマギーは、苦笑いしながら答えた。


「そうね……私たちにはちょっと難しいかな……」


 そこでパトリシアはふと、「前回の魔導譜」で発動された魔術の事を思い出す。


 あの時「副次効果」によって、パトリシアはマギーとメグを介さずとも聖剣と会話できるようになっていた。


 つまり、パトリシアただ一人を対象とした「副次効果」を魔導譜にわざわざ入れ込んだ……という事になる。


 ――あの時、「私のためになる事」をわざわざ魔導譜に入れてくださって、ありがとうございます。


 パトリシアは感謝の気持ちを込めて心の中で呟きつつ、ひたすら書き続けている羽根ペンの方を向いてお辞儀をする。


 聖剣は、その事をクリスに伝えた。


(ふむ。さすがお主の幼馴染じゃ。律儀じゃのう)


(ええ、まあ……それが、パトリシアという人間ですから)


わしは、こういう真面目な人間は好きじゃよ。もちろん、お主も好きじゃろ?)


(ちょ……)


 急に変な事を言われたクリスは手元が狂いそうになるが、何とか持ちこたえた。


(すまんすまん、当たり前の事じゃった。聞くまでもなかったのう)


(もう……からかわないでくださいよ)


 顔は無いものの……まるで、にやにやと笑っているかのように冷やかしの言葉をかけてくる聖剣に対して、ため息を一つついた後……クリスは引き続き、魔導譜の執筆に取り掛かったのだった。



 * * *



 それから数日が経ち、魔導譜の内容はマギーとメグの方で解釈と準備がバッチリ完了したらしい。


 そしてその日、パトリシアたち三人はある人物とコンタクトを取っていた。


 その人物とは……エレンスバーグ公爵家に仕える執事、ウォルトンである。


 騎士団長室を訪れた彼は、まずはアレックス団長へ挨拶をし、続いてパトリシアたちに話しかけた。


「皆様、ご無沙汰しております。それで、本日はどういったご用件……もしや、行方不明になったルミナ様の件でしょうか?」


「いいえ、違います……貴方です。貴方自身の事についてお話をお聞きしたいんです」


 パトリシアは、かしこまった口調でそう告げた。それに対し、ウォルトンは顔色一つ変えずに答える。


「……僕自身のこと、ですか?」


「はい」


「一体、どういう事です? パトリシアさん」


「ルミナさんが行方不明になって……私たちに捜索依頼を出しておきながら、自分からは何も行動を起こそうとしない、貴方についてお話が聞きたいんです」


「いや……執事と言っても色々とやる事はありましてですね……」


「聞くところによるとウォルトンさんは『ルミナさん専属の』執事だそうですね? ルミナさんの事を差し置いてでも、やらないといけない事があるんですか?」


「あのですねえ……どうして、そこまであなた方に教えなければならないのでしょうか」


 あくまで頑なな態度を崩さないウォルトンに対し、今まで黙っていたメグが口を開く。


「あたしはまだ、あなたがどういう人なのかよくわかってないけどさ。ここはもう正直に話しちゃいなよ、ウォルトンさん」


 メグはそう言いつつ、右手に持った杖をウォルトンに真っ直ぐ向ける。「変な事をしようとすれば、いつでも魔術を発動できる」という明確な意思表示であった。


 そこへ、団長アレックスが仲裁に入る。


「まあまあ、落ち着いてくれ。大体、ウォルトン殿が何をしたというのだ? 君たちが何か直接、彼が悪事を働く光景を見聞きした訳でもあるまいに」


「それはそうですけど……聖剣さんが確かに言ってたんです。『行方不明になったルミナさんを心配している割には、行動範囲が狭すぎる』って……」


 その言葉を聞いたウォルトンは、半ば嘲笑あざわらうかのような態度でパトリシアに言った。


「『聖剣が確かに言っていた』……ですか。つまり貴女は……人間ではなく、『武器が』言っていた事を本気で信用しているというのですか? まったく……滑稽な事、この上ありませんね」


「…………」


 あからさまに馬鹿にされたパトリシアは、反論することもなくただただ押し黙る事しか出来なかった。


 そんな彼女を、心配そうに見つめるマギーとメグ。


 だが、その時放たれた一声が、ウォルトンの余裕の態度を粉々に打ち砕いた。


(いくら何でも、「武器の言いなりになって動いている人間」が「武器が言っていた事を信用している人間」を小馬鹿にするなんて、どう考えてもおかしいと思うけどな)


「なっ……誰だ!?」


 ウォルトンは周りを見回すが、声の主らしき人物は見当たらない。


 そして、声が聞こえないパトリシアとアレックスはキョトンとした顔をするものの、声が聞こえているそれ以外の三人は、程度の違いはあれど皆驚いていた。


(やっとボロを出したな、ウォルトン・サヴィル。いま俺の声が聞こえているという事は、お前に魔導言語を自力で聞き取る能力があるという紛れもない証拠……つまり、お前は魔導武器との意思疎通も可能って訳だ)


「貴様…………はかったな!?」


(パトリシアを愚弄ぐろうした罰だ。この代償は高くつくぞ)


 その声には、天地がひっくり返っても絶対に許さないとでも言わんばかりの凄みと怒気が含まれていた。


「くっ、ここは一旦……」


 そう言って、そそくさとその場を立ち去ろうとするウォルトンに対し、


「逃がさないよ、麻痺魔術パラライズ!」


 先ほどからずっと杖を構えていたメグが、魔術を放った。稲妻のような魔力エネルギーが一直線に飛んでいく。


(駄目だメグちゃん……そいつは、ただの執事じゃない)


「えっ?」


 メグがそう言うが早いか、ウォルトンは腰に下げていたサーベルを抜き放つと、一閃させる。


 するとメグの放った魔術は真っ二つに斬り裂かれ、そのまま消滅した。


「嘘……」


「もしかしてそのサーベルが、例の魔導武器……?」


 マギーがそう言いかけたところで、ウォルトンが否定する。


「いいえ。この得物は僕が以前から愛用している……ただのサーベルですよ」


「……違うのね」


 そこへ、例の声が口を挟む。


(あくまで俺の見立てだが、ウォルトンは……魔術を扱う能力はマギーさんやメグちゃんには劣るが、剣術の腕に関してはとても高いレベルにあると思う。そして……)


「先ほどの斬撃には、解除魔術ディスペルの効果が含まれていたみたいね」


(おお、さすがはマギーさんだ……その通りなんだよ。ウォルトンは、単なる魔術師としては平凡な能力しかないが、斬撃に魔力を込める事に関しては一流のセンスを持っているみたいだ。つまり……)


「つまり、ウォルトンさんはかなり優秀な魔術剣士って事でしょ」


(理解が早いなメグちゃん。それが言いたかったんだ)


「あの……二人とも、誰と話をしてるの……?」


 声が聞こえていないパトリシアは、戸惑いつつも二人に質問する。


「確かに……そう言えば。あなたは一体誰なのかしら?」


「そうだよ。さっきからずっと、あたしたちに馴れ馴れしく話しかけて来てるけど。ちゃんと名乗りなよ、お兄ちゃん」


「なんとぉ……!」


 さすがのウォルトンも、二人が声の主を知らないまま話していたという事実に思わずずっこけそうになる。


(いや……どう考えても、該当する人物は一人しか居ないでしょう、マギーさん、メグちゃん。俺が例の『トンチキ野郎』ですよ)


「あ、あなたが例の……!」


「トンチキお兄ちゃん……!」


「???」


 パトリシアは、ますます訳が分からないといった顔をする。マギーが「トンチキ野郎」について話していたのも一ヶ月以上前の事なので、致し方ないが。


「トンチキだか何だか知りませんが、僕は忙しいので失礼させて頂きますよ」


 そう言い残して、再び逃げ出そうとするウォルトンだったが……急に、身体の自由が利かなくなった。


「……!?」


(さっき「この代償は高くつくぞ」と言ったのを忘れたのか? ただでは済まさないぞ)


「くっ……!?」


 まさに手も足も出ないとはこの事で、ウォルトンはその場から一歩たりとも動けなくなってしまった。


 トンチキ野郎クリスが、闇魔術「影縛り」でウォルトンの身体のコントロールをほぼ完全に掌握したのである。


「何をする気だ、貴様……!?」


(ウォルトン、逃げようとしても無駄だぞ。今からお前には、案内役になってもらう。マギーさんとメグちゃんは……そのまま奴について行ってください。もちろん、パトリシアも同伴で)



 * * *



 トンチキ野郎クリスに身体を操られたウォルトンは、そのまま王都の広場内にある、馬車の停留場へと歩みを進めた。


(さあウォルトン、「例のサーベル」が居る馬車まで皆を案内してもらおうか)


「……ふん」


 非協力的な態度を見せつつも、身体のコントロールを握られている今となっては抵抗のしようがないので、素直に従うウォルトン。


「……この馬車だ」


 ウォルトンは、通りに停まっている二頭立ての馬車の前で立ち止まった。


 ――ん?


 この時点で、明らかな違和感を持ったクリス。だが、それを誰かに伝える事はしなかった。


(ウォルトン、馬車のカーテンを開けろ)


「…………」


 命令されたウォルトンは無言で言われた通りにする。するとそこには…………誰も乗っておらず、「サーベル」についても、影も形もありはしなかった。


「ちょっとちょっと、噓つきは泥棒の始まりだよ、ウォルトンさん」


 メグが抗議の声を上げる中、パトリシアとマギーは全く違う反応を示していた。


「待って、メグ。多分……嘘はついてないんだと思う。まだ『彼』によるコントロールは解けていないみたいだし」


「もしかして……すでに、逃げられたんじゃないでしょうか」


(うん、どうやらその可能性が高いみたいだ、パトリシア……って、聞こえてないか)


「パトリシア、『彼』も『例のサーベルはもう逃げたんじゃないか』って言ってるわ」


「……もしかしたら、あのサーベルは……ウォルトンさんがあたしたちに尋問されているのを察知して、自分にも捜査の手が及ぶ前に逃げ出したのかもしれないね」


「という事は……ここまで来て、手詰まりになってしまったんでしょうか」


 そう言って、落胆した表情を見せるパトリシア。


 しかし、それを見たトンチキ野郎クリスは……彼女には決して聞こえないとわかっていながら、優しく語り掛ける。


(大丈夫だ、パトリシア。君を危険な目に遭わせたアイツサーベルの事は……俺が必ず、地の果てまでも追いつめる。だから君は、安心して待っていてくれ)


 トンチキ野郎クリスはそう言うと……サーベルを追うための次なる一手を、音も立てずに実行し始めるのであった。

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