第10話 旅立った幼馴染

 パトリシアたち勇者パーティの一行は、馬車に乗ってパトリシアの故郷へと向かう道中にあった。街道の脇には青々とした木々が立ち並び、風に揺られてサラサラと音を立てている。一行の旅路を遮るものは何もなく、このまま順調に行けば、小一時間のうちに目的の地へと到着する事が出来るだろう。


 そんな中、パトリシアは漠然と考え事をしていた。


 ――クリスに再会したら……私は、彼にどう接すればいいんだろう? 今まで通り、友達として普通におしゃべりしたり出来るのかな。それとも……?


 まだ、彼女の中では答えが出ていない。聖剣には「答えを探すのはゆっくりでいい」と言われたが……果たして。


 ……ふと、パトリシアはメグが自分に視線を向けている事に気付く。


「どうしたの? メグちゃん」


「パトリシアさんの故郷って、どんな所なの?」


 メグの質問に対し、少し考えてからパトリシアは口を開いた。


「うーん……これといって特徴のない、特別栄えているわけでもさびれているわけでもない、普通の農村って感じかな」


「そうなんだ……じゃあ、そんな普通の農村出身なのに勇者に選ばれたパトリシアさんは、よっぽど特別な『何か』があるんだね」


「確かに……」


 メグの発言に、マギーも同調する。二人揃って興味津々といった様子だ。


「……え、ええ……?」


 パトリシアは少し困ったような顔をする。……言われてみれば、そうかもしれない。今まで特に疑問には思わなかったが……「自分が勇者に選ばれた『何らかの』理由」はきっとあるはずで、そうでなければ、ただの村娘が勇者に任命された事への説明がつかないのである。やる気のある若者を聖剣が無作為に選んでいるわけじゃあるまいし。


 そこで、パトリシアはマギーとメグに両手を握ってもらい、聖剣に尋ねた。


「どうして、私は勇者に選ばれたんですか、聖剣さん?」


 しばらくの沈黙の後、聖剣は答えた。


(簡単な事じゃ。お主が「いずれ魔王を倒せると、聖剣が見込んだ人物」だからじゃ)


「え……『それだけ』ですか?」


(ん? 他に何か、聞きたい事でもあるのか?)


 拍子抜けした様子で聞き返す聖剣に、パトリシアは言った。


「いや……単に『本当にそれだけなのかな』って、思っただけで……」


(クリス。なかなか鋭いのう、お主の幼馴染は)


(まあ……俺から見た贔屓目にはなりますが、パトリシアは普通に頭も良くて、洞察力もある方だとは思いますけど……)


(ふむ。幼馴染溺愛トンチキ野郎がそう言うのなら、きっとそうなのじゃろう)


(…………)


「聖剣さんから返答が無いけど、どうしたのかしら?」


「何か、聞かれたらまずい事でもあるのかな?」


(おっほん。いやいやいや、何も不都合など無いぞ。『真面目で、優しくて、正義感が強くて、おまけに頭も良くて、洞察力もある』パトリシア・ハーバートは、勇者にふさわしい人物だと、聖剣は思うておる)


「へえっ!? ……あ、ありがとうございます」


 聖剣にいきなりベタ褒めされたパトリシアは驚きながらもお礼を言った後、照れくさそうに頰を赤らめていた。


(どうじゃ? クリス。お主がパトリシアに関して並べ立てていた褒め言葉を、バッチリ本人に伝えてやったぞい。わしに感謝して欲しいものじゃな)


(ちょっ…………)


 クリスは聖剣のありがた迷惑な気遣いに、しばらく頭を抱えていた。



 * * *



「見えてきたぞ、パトリシア殿」


 御者を務めていたアレックスがそう言うと、一同の視線は前方に集中した。レンガ造りの家々が立ち並ぶ村の姿が目に入る。


 家々の隙間から見える畑では農作物が育てられており、長閑のどかな田園風景が広がっていた。


「パトリシア殿。どうぞ先に降りて、ご両親に『ただいま』を言ってくると良い」


「アレックスさん……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 パトリシアはそう言うと、馬車から降り、自宅に向かって歩き始めた。


「待ってパトリシア、私たちも行くわ!」


「あたしも……!」


 マギーとメグはそう言って、慌てて馬車から降りた。そして三人は並んで歩きながら、村の大通りを進んでいく。


「本当に……パトリシアが言っていた通り、何の変哲もない村ね」


「はは……」


「でも、自然が豊かでいい所だと思うな」


「ありがとう、メグちゃん。私は……一か月半くらい前まで、一生をこの村で過ごすんだと、ずっと思ってた。でもまさか、王都に行くことになるなんて」


 パトリシアはそう呟いた後、空を見上げた。青い空が広がっている。帰って来たパトリシアを歓迎するかのように、雲一つない快晴だ。


「人生、何があるかわからないわよね。私たちだって、まさか勇者に協力する事になるなんて、思いもしなかったわ」


「ほんとだね。でも、小さい頃から学んできた魔術がこういう形で役に立つんだったら、パトリシアさんたちに会えて良かった、って思う」


「同感だわ。『今まで頑張ってきた事で誰かの役に立てる』って、すっごく幸せな事だもの」


 二人の会話を聞いていたパトリシアはふと、二人の故郷について思い出した。


「そういえば、『魔法使いの里』ですけど……復興の見込みは立っているのでしょうか」


「今のところ、進んでいるという話は聞かないわね。里のみんなは王都での暮らしで特に不自由はないみたいだし、しばらくの間は住み続けることになるんじゃないかしら」


「でも……ずっと荒れ果てたままは、嫌だなあ。なんだかんだで、あたしたちの故郷ふるさとだし」


「そうね。……でも、どうなる事やら……」


「私、王都に帰ったら国王様に掛け合ってみます。勇者パーティの人員として私を何度もサポートしてくれている二人の故郷ですから……私にとっても、他人事じゃない気がしているんです」


「それは……ありがとう、パトリシア。助かるわ」


「パトリシアさんは……本当に優しいね。ありがとう」


 三人は会話をしながら歩き続け……そして、パトリシアの実家の前までたどり着いた。


 玄関のドアの前に立つと、彼女は一度深呼吸をしてからドアをノックした。


 コンコン。


 中から返事が聞こえ、ドアが開かれるとそこには彼女の母親が立っていた。


「お母さん……ただいま」


「……パトリシア!!」


 母親は嬉しそうに言うと、パトリシアに抱きついた。続いて父親が玄関までやってくると、同じように抱きついて再会を喜んだ。


 三人の様子を見て安心したのか、マギーとメグも笑顔を見せた。


 しばらくして落ち着くと、母親が口を開いた。


「……大丈夫だった? パトリシア……怪我とかしていない?」


「うん、大丈夫。お母さんたちも変わりない?」


 そこで、パトリシアの父親が自慢げに言った。


「実はな……パトリシアが勇者になった時にもらった報奨金で、農具を新調したんだ! この新しいくわで、畑仕事も順調だよ」


 父親はそう言うと、鍬を掲げて見せた。刃先が太陽の光を受けてギラリと光った。


「そうなんだ。お父さんに喜んでもらえて良かった……」


「ははは、これも全部パトリシアのおかげさ」


 父親の言葉を聞いて嬉しそうにするパトリシアに対し、今度は母親が声をかけた。


「ところでパトリシア、後ろのお嬢さんたちはどなた?」


 すると、マギーが答えた。


「はじめまして。私たちは勇者パーティのメンバー、マギーとメグです。パトリシアには、いつもお世話になってます」


「いやいや、むしろお世話になってるのは私の方で……」


「つまりお互いに助けて助けられて、支え合ってる……って事で良いんじゃない?」


 メグのまとめを聞いてパトリシアの両親は微笑んだ。それから彼女たちは、積もる話をしながらしばらく話し込んでいた。


 しかし突然、マギーがこう切り出した。


「そうだ、パトリシア。せっかく帰ってきたんだし、幼馴染の……クリス君には、挨拶しなくていいの?」


「え……?」


 マギーの質問に対して、パトリシアは思わず固まってしまう。その反応を見て、マギーは言った。


「そりゃあ、この前ああいう話があった後で少し緊張しちゃうのはわかるけど、次いつ会えるかわからないし……後悔する前に、会ってきた方がいいと思うわ」


 マギーの言葉を受け、パトリシアは意を決したように言う。


「そうです……よね。お父さん、お母さん、私……クリスの家に行ってくる」


 それを聞いたパトリシアの両親は頷いた。


「おう! 行ってこい!」


「行ってらっしゃい、パトリシア」



 * * *



 勇者パトリシアの幼馴染であるクリスの実家はパトリシアの実家の隣にあり、歩いてたったの三十秒ほどでドアの前までたどり着いてしまった。


「なるほど、家が隣同士の幼馴染ね……人によっては、ものすごくたぎる絶好のシチュエーションだわ……!」


「お姉ちゃん、何の話をしてるの……?」


 メグが、姉の発言に対し怪訝けげんな顔をした。


「はは……」


 パトリシアは苦笑いを浮かべた後……覚悟を決めて、クリスの家のドアをノックした。


 コンコン。


 家の中から物音が聞こえ、しばらくするとドアが開いた。中から出てきたのは黒髪の成人男性……クリスの父親であった。


「やあ、パトリシアちゃんじゃないか。いらっしゃい」


「こんにちは……ええと、あの、クリスは居ますか?」


 パトリシアがそう尋ねると、彼は申し訳なさそうに言った。


「ああ……すまないね。クリスなんだが……旅に出てしまって、当分家には帰らない予定なんだ」


「ええっ!? クリスが旅に……ですか!?」


 パトリシアが驚くのも無理はなかった。彼女の知ってるクリスは……読書好きで、外で遊ぶよりも家の中に居る事を好む……いわゆるインドア派だ。そんな彼が旅に出る……などというのは、余程の事情が無い限りありえない事だと、少なくともパトリシアは考えている。


 しかしその「余程の事情」が何なのかは、パトリシアには皆目見当もつかなかった。


 ――物心つく前からずっと一緒に育ってきた幼馴染なのに……私、クリスの事を何もわかってなかったんだ。


 彼女はそう思うと、だんだんと胸に寂しさが込み上げてくるのを感じた。


「うーん、あたしの勝手な想像だけど……クリスさんは、パトリシアさんが勇者としてこの村を旅立って……いじけちゃったのかな」


「確かに、幼馴染が長い間遠出とおでしちゃっている寂しさを紛らわすために、自分探しの旅に出た……とか、あり得なくはないって思ってしまうわね」


 確かにその可能性もゼロではない……と思うパトリシアであったが、やがてクリスの父にこう尋ねた。


「クリスは……旅立つ理由について、何か言ってましたか?」


「いいや、それらしい理由は何も……」


 それを聞いて、ますます寂しさを募らせるパトリシア。そこへ、クリスの父が急に思い出したかのように声を上げた。


「あ、そう言えばクリスから、『もしパトリシアちゃんが訪ねてきたら、渡して欲しい』って、頼まれたものがあったんだ」


 そう言って彼は、別の部屋まで行くと、一通の手紙と一つの箱を持って戻ってきて、パトリシアに手渡した。


 パトリシアはそれを受け取ると早速、手紙を読み始めた。



 * * *



 パトリシアへ。



 実はこの前、パトリシアに会えないかと思って一度、王都に出かけたんだ。パトリシアは「討伐任務」に行ってて、不在だったけど……で、これはその帰りに、『パトリシアの瞳の色に似てるな』と思って買った、ルビーのペンダントなんだ。気に入ってもらえると嬉しい。


 それでは、勇者パトリシアの活躍と、無事を願って。



 クリス・ブラッドワース



 * * *



 手紙を読んだ後、箱を開けると中には赤く輝く宝石がついたペンダントが入っていた。それを見たパトリシアは呟くように言った。


「……ありがとう、クリス。でも…………」


 ――いったい今、どこにいるの? 会えなくて、寂しいよ……。


 パトリシアは胸がきゅう、っと締め付けられるような感覚を覚える。それと同時に、彼女は自分にとってクリスがどれだけ大切な存在であったのかを少しずつ自覚し始めていた。


 そんな彼女に対しマギーは、優しい声色で語りかける。


「……もしかすると、『このペンダントを見て、たまに自分の事を思い出して欲しい』っていう、クリス君なりの想いが込められているんじゃないかしら」


「そうかもしれないね、お姉ちゃん」


 マギーの言葉に、メグも同意する。


 そして二人は、寂しそうな顔をしているパトリシアに対し声をかけた。


「大丈夫よ! きっといつかまた会えるわ!」


「うん! クリスさんの代わりにはなれないかもだけど、あたしたちが付いてるよ!」


 二人の言葉を受けて、パトリシアの表情が少し明るくなったような気がした。それを見て安心したのか、マギーが言う。


「とりあえず今は一旦、パトリシアの家に戻りましょう」


「そうですね……おじさん、クリスからの手紙、ありがとうございました」


 彼女はお礼を言うとクリスの家を出て、実家へと戻っていったのだった。



 * * *



(パトリシアに手紙を渡してくれてありがとう、父さん)


(気にするなこれくらい、お安い御用だ)


 クリスは今、自身の父親と魔導言語による会話をしている。


(それにしても突然、お前の影分身が帰ってきた時は何事かと思ったよ。まさか、パトリシアちゃんへのプレゼントを持ってきて、応援の手紙を書いて、……と、そのためだけに遠くから影分身を操るなんてな。さぞかし根気の要る作業だったろう)


(でもまあ、聖剣さんに「直接会わないにしても、励ましの言葉くらいは届けた方が良い」って言われて、その通りだと思って……)


(……なるほど。「パトリシアちゃんのためだから頑張れた」という事で良いかな)


(そうだね……)


(いや……しかし、前に「若いうちは好きな子のために頑張るもんだ」とは確かに言ったけれども、まさかこんな事になっているなんてな)


(そうなんじゃよ。お宅の息子さんは、「好きな子」のために頑張りすぎなんじゃないかと思うくらいに頑張っておるわい)


 クリスとクリス父との会話に、聖剣が割り込んできた。というか、二人は元々聖剣にも聞こえるように会話していたのだが。


(いやしかし、伝説の存在であるあなたがうちの息子を見守ってくれているなら安心です。どうか厳しくしつけてやってください)


(あいわかった、クリスの父殿。わしも貴重な話し相手を得られて、とても有難く思っている所じゃ)


 クリスの父と聖剣がそんな会話をしている間、クリスは一人、物思いにふけっていた。


 ――パトリシアが自分に会えなくて……寂しがっていた。……かといって、今からノコノコと姿を現すのは不自然すぎる。このまま影に潜んでいるしかない。


 クリスは、自分が選んだ「会わない」という選択肢によって、パトリシアに寂しい思いを抱えさせてしまった事を申し訳なく思った。……ただ、申し訳なく思うと同時に、「会えなくて寂しい」と彼女に言わせてしまうくらいには、彼女にとって自分が大切な存在なのではないかと考えると、なんだかこそばゆい気持ちになったりもしていた。


(お主も罪な男じゃのう、クリス)


(聖剣さん……分かってますよ、自分でも。「パトリシアが寂しい思いをしているという事は、少なからず俺に好意を持ってくれている」事の表れなんじゃないか……? っていう自惚うぬぼれを、心の片隅に持ってしまっているんです、俺は)


(「罪な男じゃのう」とは言ったが……わしは別にそれを、責めようとは思っておらん。自然発生する自惚れを無理やり抑え込む必要もないじゃろう。それに……)


(それに?)


(お主はパトリシアに寂しい思いをさせた分、裏で彼女のために身を粉にして尽くす事により、その埋め合わせをしようとしておる。……そうじゃろう?)


(そうですね。…………自分でも、そういう結論になると思います)


(ふぉっふぉ。……そしてそれが、また勇者パトリシアのためになる。パトリシア・ハーバートを勇者として選んだわしの慧眼に、狂いはなかったようじゃな)


(…………ご期待に沿えるよう、俺も頑張ります)


(気負わずともよい。ほどほどにな)


(……わかりました。ありがとうございます、聖剣さん)


 ……と、このように幼馴染クリスと聖剣が会話を繰り広げているとは露知らず、勇者パトリシアは故郷でのひと時を長閑のどかに過ごしたのであった。

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