第9話 パトリシアの悩み

 勇者たちとの戦いに敗れた後、捕縛され王都へと連行された魔人ゼルアーバは、王城内にある地下牢に収容された。ゼルアーバには、魔術による抵抗が行えないよう、魔力を減衰させる特殊な手錠をかけられている。


 騎士団長アレックスが残りの魔王軍幹部の居場所等についてゼルアーバに聞き取りを行おうとしたが、ゼルアーバは頑として口を割らなかったため、特に情報は得られなかった。


「……と、言うわけなんだ。パトリシア殿。次いつ魔王軍の幹部連中と戦うことになるかは、見通しが立っていない状況だ」


「そうですか……」


「そして……この前、君が言っていた『ゼルアーバを倒したら、里帰りする』件について、我々も色々と話し合ったんだが……」


「…………」


 パトリシアが、やや不安そうな表情でアレックスを見つめる。


「やはり、君がゼルアーバを倒した功労者だという事もあってな。現在、許可を出す方向で進んでいる」


「そうなんですね、ありがとうございます」


「では、日程が決まり次第、また連絡する。それまでは、ゼルアーバとの戦いの疲れを癒やすなり、鍛錬をするなり自由に過ごしてくれ」


 そう言って、アレックスはパトリシアの部屋を去っていった。


「鍛錬……鍛錬かぁ」


 パトリシアはベッドに横たわると、ゼルアーバとの戦いの中で、一度だけ自力でジャストパリィ出来ず、攻撃を喰らいそうになった瞬間を思い出す。


 また、自分が未熟なせいで聖剣に助けてもらってしまった……と、彼女は不甲斐なさを感じていた。


「もっと強くならなきゃいけないのに、里帰りなんて本当にして良いのかな……」


 そんな思いが、彼女の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。こんな不安を抱えたままでは、もはや里帰りをするような気分ではなくなってしまうのではないか……もしそうなった場合、アレックスに里帰りの件を白紙に戻すよう、相談をした方が良いのではないか……と。



 * * *



(……聖剣さん)


(おお、クリス。どうしたんじゃ)


(パトリシアのジャストパリィ練習用の魔導譜を考えたので……早速マギーさんとメグちゃんに、紙とペンを用意するよう声を掛けてもらえますか)


(それは良いが……お主は本当に、いつもいつも……どれだけパトリシアに尽くすんじゃ…………)


(うーん、俺が死ぬまで、ですかね……)


(…………重い愛じゃな。そのくせ、自分は必ずしもパトリシアと結ばれなくたって構わない……と来ている。お主のその精神力は一体どうやってつちかったんじゃ?)


(それは多分、俺が幼い頃から闇魔術師として育てられてきたからだと思います)


(……どういう事じゃ?)


(闇魔術は、他の魔術よりコントロールが難しくって……使いこなすには、何事にも動じない忍耐力、精神力が必要なんです。だから……)


(……だから?)


(俺の想いがパトリシアに届かなかったで心を乱してしまうような精神力じゃ……そんな弱い闇魔術師じゃ……きっと、パトリシアを守り切れないと思ってます)


(それはまた、難儀じゃのう……)


(……仕方ありません。闇魔術師の一族に生まれた以上は)


(…………まあ、パトリシアがレッドドラゴンに襲われた際のお主は少し、動揺しておった気がするがの)


(うっ……それは確かに、そうでしたね……)


(…………まあよい。お主の精神力は、その時のお主よりも確実に強くなっておると思うがのう。だからこそゼルアーバとの戦いで、お主は冷静にサポートが出来ていた。パトリシアと同じく、お主も成長しておるんじゃ)


(……そうだと良いんですが)


(ふぉっふぉ。前向きに行こうではないか。…………さて、マギーとメグに声掛けをするかのう)



 * * *



 翌日。王城敷地内にある、騎士団の訓練場にて。


「さあパトリシア、お望み通りビシバシ行くわよ!」


「『パトリシアさんが、速くてジャストパリィが難しい魔術への不安を払拭ふっしょく出来るように手伝って欲しい』って、トン……じゃなくて聖剣さんから言われてるんだ」


「うん、二人とも……よろしくお願いします!」


 マギーとメグの二人は、手にした杖を高く掲げると……杖の先端に、紫色のバチバチとした光を纏わせる。


 二人の様子を見たパトリシアは、いつでもジャストパリィを行えるよう、聖剣を構える。


 そして……。


「……よし! まずは私からいくわ!」


 マギーの声と共に、杖の先端から紫色の稲妻が勢いよく放たれる。


 ――くっ……速い!


 咄嗟にジャストパリィではじこうとするパトリシアだったが、避けきれずに当たってしまう。


「っ! …………あれ?」


 マギーの放った魔術を喰らったパトリシアは、不思議そうな顔をする。


「パトリシアさん、びっくりした?」


 メグが、若干悪戯っぽい笑みを浮かべながら問いかける。


「えっ? は、はい。確かに当たったはずなのに、喰らった感じがほとんど無くて……」


「そう、今回私たちが使う魔術は、『わざとそうなっている』のよ」


 マギーとメグが受け取った魔導譜に記されていた魔術は、発動時の外見や攻撃速度はゼルアーバの「デス・ライトニング」を模しているが……喰らった際のダメージとしては静電気以下の、ほぼほぼ無害なものだったのだ。


「え? そんな、私に都合のいい魔術が存在するんですか……?」


(そりゃあ、お主の幼馴染が、お主のためだけに考案したオリジナル魔術じゃからな……)


「まあ、存在するから今発動出来たんだけどね……次はメグ、お願い」


「オッケー、……行くよ、パトリシアさん!」


「……はい!」


 始めは二人の魔術を喰らってばかりだったパトリシアも、だんだんとその速さに反応出来るようになったようで……少しずつだが、ジャストパリィが成功するようになっていった。


 そうして、パトリシアが感じていた自身の未熟さについての不安も、徐々に薄れていったのだった。



 * * *



 数日後、王城内の騎士団長室にて。


「パトリシア殿。君の里帰りの日程について、こちらで決めさせてもらった。出発は明後日だ」


「わかりました、アレックスさん」


「そしてもちろん、私たちもついて行くわ!」


「お姉ちゃん、なんでそんなにテンション高いの……?」


「だって、パトリシアの男友達ボーイフレンドに会えるかもしれないじゃない!」


 マギーの言葉に、パトリシアの顔はほのかに赤く染まる。


「ちょっとマギーさん……男友達ボーイフレンドじゃなくて男友達おとこともだちなんですけど……!」


「うーん……でもパトリシアさん顔赤くなってるし、満更じゃなさそうだね」


「メグちゃんまで!」


「実際のところはどうなの? パトリシア」


「ええと…………」


 パトリシアは顔を赤くしたまま、うつむいて黙り込んでしまった。


 そこに助け舟を出したのは、副団長のマリアだった。


「マギーちゃん、メグちゃん。その辺にしておいてあげましょう。 もし二人が恋人同士だとしても『まだ』そうではなかったとしても、私たちはただ、温かく見守ってあげましょうね」


 かばってくれたマリアの方を向いて、パトリシアは礼を言う。


「あ、ありがとうございます、マリアさん……」


「……でも、私も応援してるわ、パトリシアちゃん」


「えええ……?」


 そこに、アレックスが割り込んできた。


「皆、勇者の恋愛事情が気になるのは致し方ないかもしれないが、妙な噂を下手に口外こうがいして、勇者にマイナスなイメージがつかないようにはして欲しいところだな。パトリシア殿だってそんな事、望んではいないだろう」


 アレックスの発言を聞いたパトリシアはハッとして、表情を固くする。


 ――勇者の本来の役割は、魔王軍……ひいては、魔王と戦う事。その勇者に……好きな人がいるとしたら? 「色恋にうつつを抜かして、本来の役目を忘れてるんじゃないか」とか思われちゃうのかな?


 パトリシアの心を見透かした聖剣が、チカチカと光を放つ。


(マギー、メグ。パトリシアの手を取ってくれ)


「わかったわ」


「オッケー」


 二人が、パトリシアの両手を握る。


 そして、パトリシアの脳内に聖剣の優しくさとすような声が響いてきた。


(勇者パトリシアよ……案ずるでない。単に、「お主には大切な人がいる」という、ただそれだけの事じゃ。そこに、責められる余地など一つもない。勇者であるお主とて、一人の人間なのだから……他の誰かを「想う」事だって、きっとあるじゃろう。……お主は、この言葉を聞いたことがあるはずじゃ。「大切な人のために頑張れる人間」は「強い」とな)


「『大切な人のために頑張れる人間』は『強い』…………確かマリアさんから、聞いた気がします」


「ええ。確か、パトリシアちゃんが初めて王都に来る時の馬車の中で私が言ったはずだわ。覚えていてくれたのね」


 パトリシアは、マリアの方を向いてコクリと頷く。


(そもそも「大切な人のために頑張れる人間」は「強い」……という言葉は、王立騎士団設立にも関わった、とある勇者がのこした言葉じゃ。……わしの言いたいことが伝わっていると嬉しいんじゃが。過去の勇者にもお主と同じく「大切な人」が居て……そして、「大切な人」の存在を自身の「強さ」に変えていた……とでも、言えば良いじゃろうか。だからむしろ、気に病む必要はないどころか……まあ、ざっくり言ってしまえば「逆に自分のモチベーションにしてしまえ」という事じゃよ。……お主にそれが、出来そうかのう?)


 聖剣の言葉を受けて、パトリシアは真剣に思いを巡らせる。


 ――私にとって……まず、お父さんとお母さんは大切な人。……だけど、聖剣さんが言っているのはきっとその事じゃない。


(そうじゃ。お主が「想っている」人間の事じゃ)


 ――クリスは……私にとって大切な男友達。それは間違いない。でも……私がクリスに対して抱いている想いは、一体何なんだろう。単なる男女の友情として片付けようとすると、何だか切なくなってしまって……かと言って、この気持ちを「恋愛感情」の四文字で呼ぶに至るには……まだどこか、成熟しきっていない気がしていて。


(勇者、パトリシアよ)


「……はいっ」


(お主はまだ、十五歳じゃ。今すぐ答えを探さずともよい。ゆっくりと答えを見つけていけばよいのじゃ)


「……そうですね。私、焦りすぎていたかもしれません」


(うむ。そして……いつか、お主が心の底から納得出来る相手に出会えたら……その時こそ、その気持ちをしっかり受け止めれば良いと思うぞ)


「……はい! ありがとうございます!」


 聖剣との会話を終えたパトリシアの表情は晴れやかで、どこか吹っ切れた様子だった。


 それを見たアレックスとマリアも安心した様子で、小さく頷いていた。


「さっきはごめんなさい、パトリシア……でも、その幼馴染のクリス君に会った時は、良かったら、私たちにも紹介してね」


「パトリシアさんのお友達……ってくらいだから、パトリシアさんと同じで良い人なんだろうなあ」


 マギーとメグの言葉に、パトリシアは笑顔で応える。


「二人とも……はい、その時が来たら紹介しますね」



 * * *



(のう、クリスよ)


(聖剣さん、何です? 今忙しいんですが)


(少々、話をするだけじゃ。……いやあ、愛の重いお主とは対照的に……パトリシアはお主がただの異性の幼馴染止まりなのか、そうでないのかわかっておらんようじゃの)


(何が言いたいんです?)


(いやなに、お主の想いが彼女に届いておらず……まあ、届けるのが難しいという現状はあるが……若干、不憫に思えてな)


(…………前も似たような事を言ったと思いますが……闇魔術師である俺が、勇者である彼女と結ばれるなんて不釣り合いなんじゃないか、って自分では思っています)


(しかし……彼女は恐らく、そうは思っていないようじゃが)


(…………)


(クリス?)


(話はそれだけですか? 今は「影分身」の操作に集中させてください)


 クリスが現在使用している闇魔術「影分身」は、自らの分身を精巧な魔導物体として生み出し、遠隔操作出来るようにするものである。


(忙しいのは分かるんじゃが、わしの言う事も聞いてくれんかの……)


(…………パトリシアが俺を「悪く思ってない」事くらい、自分でも分かってます。物心ついてから一度も、彼女にあからさまに嫌われるような事をした覚えはありませんから)


(今現在、彼女を絶賛ストーカー中である事についてはどうなんじゃ?)


(……会話、打ち切って良いですか?)


(すまん、すまん、そうではないな。大変失礼した。…………お主はよくパトリシアを支えている。聖剣としても、有難い限りじゃ)


(それは……どうも)


(であるからして、お主はもっと感謝されるべきではないかと、わしは思うておる。…………そうでもないと、お主の勇者パトリシアに対する多大な貢献と釣り合わんのじゃ)


(……だから今、俺は「別に感謝されるためにしているわけではないが、きっと感謝されるであろう行為」の真っ最中なわけですが……)


(何じゃ? それは。「べっ……別に、あんたに感謝されたいわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよ!」的なものじゃろうか)


(どこで覚えたんですかその言葉……ほらこの前、……ええと、パトリシアたちが三人で入浴してたあの時に、あなた聖剣が俺に提案してくださったじゃないですか)


(…………おお、思い出した。それにしても遠くからお主の影分身を操って、大変じゃのう)


(今さら、大変さをわかっていただけても……)


(時にクリスよ。「影分身」の魔術は、魔導譜に書き起こしてマギーとメグに使わせる事も可能かの? 勇者パーティの強化に繋がると思うんじゃが)


(原理的には可能ですが、あの二人が使いこなせるかどうかは未知数です。それに……)


(それに?)


(闇魔術ですから、発動方法も特殊で……それが、魔導譜の内容にも反映されるんです。つまり……トンチキ野郎の正体が闇魔術師だと、二人にバレるリスクをはらんでいます)


(そうか……それは、お主にとっては難儀じゃの。まあ仕方ない。あいわかった)


 クリスは聖剣の返事を聞き頷くと、再び自らの影分身の操作に集中するのであった。

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