第8話 ゼルアーバとの戦い

 ゼルアーバ討伐の準備を終えたパトリシアたち勇者パーティ一行は、ギアグラ峡谷に位置するというゼルアーバの拠点に向け旅立った。


 王都を出てしばらくは草原地帯が続くものの、街道をしばらく進んだあたりからは徐々に道が荒れ始め、次第に道幅も狭くなっていく。そして最終的には、馬車一台通るのがやっとというような、細い山道へと変貌していくのだった。


「……何だか急に、寂れた感じになってきたわね」


 パトリシアの正面に座るマギーが、周囲に目を配りながら呟いた。


 既に王都を離れて丸一日が経過しており、あと数時間ほどで目的地の近くへ到着する予定だ。


「魔王軍の幹部が拠点とする場所ですもの。人目につかない、寂れた場所に拠点を構えるのは当然と言えば当然でしょうね」


 パトリシアの隣に座るマリアが言った。パトリシアは、納得した様子でコクリと頷く。


「それにしても、ゼルアーバの拠点ってどんな場所なんだろうね……」


 マギーの隣に座るメグが、誰に向けて言うでもなく呟く。


「そうね……私たちの故郷魔法使いの里の魔術師の皆を打ち負かした、私たちにとっての仇敵が居る場所だから……気を引き締めないといけないわね」


 マギーが、ぐぐっ、と杖を握る手に力を込めた。心なしか、いつもより少しだけ顔がこわばっているようにも見える。


 それに気付いたパトリシアが、マギーに対し優しく、元気づけるように言った。


「大丈夫ですよ、マギーさん。……私たち、しっかり準備してきたんですから」


「そうだよ、お姉ちゃん。魔導譜の内容だってあたしたち、ちゃんとマスターしたでしょ。後は覚えたとおりに、発動するだけだよ」


「……そうね。ありがとう、二人とも」


 マギーの表情が、少し和らいだ。


 そんなやりとりをする間にも、馬車は進む。


 やがて周囲の景色には緑が増えはじめ、空気にも湿った土の匂いが混じり始めた。そして、木々の葉が茂り始めるとともに道はどんどん険しくなり、いつの間にか周囲にはゴツゴツとした岩肌が目立ちはじめる。


 更に進むと道は完全に獣道に変わり、いつ魔物が飛び出して来てもおかしくない雰囲気さえ感じられるようになってきた。


 そしてその時。御者を務めていたアレックスから声が上がる。


「皆、見えてきたぞ……!」


「えっ……?」


 四人は一斉に馬車の外を見る。するとそこには、禍々しい紫色のオーラを放つクリスタルがいくつも突き出したような塔が立っていた。その塔の入り口は漆黒の闇に満たされており、外からは何があるのか見通す事が出来ない。



「皆、覚悟を決めよう。……間もなく、入り口に到着だ」



 アレックスの言葉を受け、緊張が走る。いよいよ、ゼルアーバの本拠地に到着したのだ。



 * * *



 ゼルアーバの本拠地である塔の内部もまた、異様な光景だった。


 壁面には無数の紫の水晶柱が生えており、それぞれが何らかの魔力を放っているようであった。


 床は石材のように固い物質で覆われているように見えるのだが、所々が黒曜石のような質感になっており、表面を走る亀裂からは時折紫色の光が漏れ出している。


 そんな中で、一同は無言で歩き続けた。聞こえるのは、自分たちが立てる足音のみ。それは否応なしに緊張感を高めていく。そうして歩く事数分。目の前に、大の男五人分以上をゆうに超える高さの、巨大な扉が現れた。


「……きっと、ここだな。皆、準備はいいか?」


 アレックスの言葉に、四人は黙って頷いた。彼はその様子を確認すると、扉を両手で静かに押し開ける。ギイィーッという重い音を立てながら、扉が開いたかと思うと……



「ファイヤーストーム!」



 突如響き渡る声と共に、渦巻く火炎が部屋の中から飛び出してきた。


「ぐうっ!」


 アレックスは咄嗟とっさにタワーシールドを構え、炎の渦を防ぐ。


「フン……命拾いしたな。人間よ」


 部屋の中心に立っていた男……頭部に二本の角を生やし、灰紫色の肌を持つ長身の男はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。


「お前が……ゼルアーバか」


 アレックスは男に問いかける。


「いかにも……私は魔王軍幹部が一人、ゼルアーバだ! 我が配下たちよ、勇者パーティどもを駆逐しろ!」


 その言葉を皮切りに、室内に控えていた魔物たちが一斉に襲いかかってきた。


 しかし、アレックスとマリアの二人はそれに臆することなく、各々の武器を振るう。


 その間、マギーとメグは、アレックスたちに守ってもらいながら「魔導譜」に書かれていた魔術の詠唱を開始していた。



 そして、パトリシアはというと……一対一で、ゼルアーバと向かい合っていた。


「喰らえ、ライトニング!」


 ゼルアーバの右手から放たれた雷状の魔術攻撃が、パトリシア目がけて一直線に飛ぶ。


 それに対しパトリシアは瞬時に聖剣を振りかざし、自らに迫る雷撃魔術をはじき、かき消した。


 マギーとメグに協力してもらい猛練習した、ジャストパリィである。


「ほう……さすがは勇者。だが、いつまで持ちこたえられるかな……ファイヤーストーム!」


 再び放たれる火属性魔術。それも難なく聖剣ではじくパトリシアではあったが……その後も相手の放つ魔術の数があまりにも多すぎるため、彼女がゼルアーバに近づくことは不可能だった。



「ハァ、ハァ、ハァ……」



 未だ息一つ乱していないゼルアーバとは対照的に、既に肩で息をし始めているパトリシア。


 それを見たゼルアーバはニヤリと笑みを浮かべると、彼女に言葉を投げかけた。


「フッフフ……そろそろ限界が近いようだな、勇者よ。安心しろ、すぐに楽にしてやる……」


 そう言って右手を高く掲げると、その手に魔力を込める。すると室内を埋め尽くす紫色の光の中に、バチバチと音を立てて小さな稲妻が走った。



 ――来る……!


 パトリシアは本能的にそれを察知する。


 ――ジャストパリィで防ぎきれるかな……?


 一瞬そんな不安が頭をよぎったが、ここで諦めて負けるわけにはいかない。


 ――私は勇者として選ばれて……ここに、戦いに来たんだから。


 パトリシアは再び聖剣を握り直すと、迫りくるであろう攻撃に対して身構える。


 そして次の瞬間、ゼルアーバの手の上で発生した紫色の光が一層輝きを増していく。



「デス・ライトニング!」



 ゼルアーバの放った魔術は、そのまま高速で彼女に向かって飛んできた。


 ――駄目、速すぎる……喰らっちゃう!


 防ぎぎれず、直撃する……パトリシアが、そう思った瞬間だった。


 聖剣が突然、彼女の手を離れたかと思うと……まるで生き物のようにその身をうねらせ、襲いかかってくる光をいとも簡単に跳ね飛ばしたのだった。


「……何!?」


 聖剣の、予想外の動きに驚くゼルアーバ。


 一方でパトリシアも驚きはしたが、「あ……そういえば」と、以前マリアに言われた言葉を思い出したのだった。


 ――(もしかしたらだけど……パトリシアちゃんがピンチになった時に、聖剣が勝手に動いてくれるんじゃないかしら?)


 ――マリアさんの言ってた事、やっぱり正しかったのかも……。


 自らの手に戻って来た聖剣を見つめつつ、パトリシアは思う。


 ――未熟な私をまた、助けてくれてありがとうございます。聖剣さん。


 パトリシアは心の中でそう感謝を告げると、再び彼女の敵へと向き合うのであった。



 * * *



(クリス……彼女はジャストパリィを頑張って練習したんじゃ。あまり、甘やかしてはいかんぞ)


(わかってますよ。……それでも、本当に危ない時は俺が守ります)


(お主は相変わらずじゃのう……まあよいわ。それでこそクリスじゃからな)


(それって……褒めてるんですか、けなしてるんですか?)


(どっちもじゃよ)


(はぁ…………あっ、魔物の方は既に殲滅されたようで……マギーさんとメグちゃんの準備も出来たみたいです)


(よし、あいわかった!)



 * * *



(マギー、メグ。お主らの準備が出来たようじゃな)


 マギーとメグの脳内に、聖剣の声が響き渡る。


「うん、準備OKよ」


「あたしも大丈夫!」


(よろしい。では、二人ともよろしく頼む)


 二人はお互いを見て頷くと、それぞれの杖をクロスするように構え、「魔導譜」に記された魔術の発動を開始する。



「「反-防御魔術フィールド……展開!」」



 二人が協力して放った魔術は、ゼルアーバの拠点全体を一瞬で覆い尽くした。


 クリスが魔導譜に記した内容は、以前彼が「迷宮化の楔」を破壊する時に使用した「反-防御魔術」を広範囲に適用するものであった。きっかけとなったのは、団長アレックスの以下の発言である。


 ――(魔人ゼルアーバは……魔王軍幹部の一人で、常に強固な防御魔術を身に纏っており、ダメージを与えるのが非常に困難だと聞いている)


 クリスは、ゼルアーバが自身に適用している防御魔術が「迷宮化の楔」に対してかけていた魔術と同じではないかと推測し……そしてそれは、クリスが予想した通りだったのだ。


「なんだと……!?」


 予想だにしなかった魔術の発動に、驚きを隠せないゼルアーバ。「『迷宮化の楔』を破壊した犯人が二人の魔術師の少女に『反-防御魔術』を伝授した」など、彼には予測不可能だったのだろう。


(……勇者パトリシア。聞こえるかのう)


 突然聖剣の声を聞いたパトリシアは、驚きの声を上げる。


「あれっ? 聖剣さん、どうして!?」


(マギーとメグが放った魔術の「副次効果」じゃ。この魔術の範囲内では、お主単独でも聖剣の声を聞くことが出来る)


「そんなことが出来るんですね……」


(そうじゃ。そりゃあ「誰かさん」が考案した、オリジナル魔術じゃからのう)


「……?」


 パトリシアには、ピンと来ていない様子だった。


(……まあよい。マギーとメグのお陰で、ゼルアーバが自身にかけていた防御魔術は無効化されておる。攻撃のチャンスじゃ)


「でも、いつ魔術攻撃を仕掛けてくるか分からないゼルアーバには、なかなか近づけません。ここからどうやって……」


(安心せい。お主がジャストパリィを繰り返したお陰で、魔術攻撃力が十分に溜まっておる。あとは、わしの言う通りにすれば良い。……剣先を、ゼルアーバに向けるんじゃ)


「こう……ですか?」



 その間、自分に何度防御魔術をかけてもすぐに解除されてしまう、という状況に取り乱していたゼルアーバであった。マギーとメグが発動した魔術は、魔王軍幹部の一人を狼狽ろうばいさせ、正常な判断力を失わせるのに十分なだけの力を秘めていたのである。



(そして、こう叫ぶんじゃ――「必殺、オーバーブレイド」とな)


 パトリシアは短く息を吸うと、高らかに叫んだ。


「必殺、オーバーブレイド!!!」



 次の瞬間、手にした聖剣が眩く輝き、長大な光剣を形成したかと思うと……その光の刃は、一瞬でゼルアーバを貫き通した。



「グハアッ!」



 そして……その一撃により、ゼルアーバは床に倒れ伏したのだった。


 ゆっくりとゼルアーバに歩み寄ったパトリシアが、アレックスに言う。


「アレックスさん、ゼルアーバですが……まだ息があるようです」


「ううむ……どうしようか」


「このまま放っておいても、いずれ絶命すると思いますけど……」


 マリアがそう言うと、マギーは一歩前に踏み出て言った。


「待って……! 私たちの故郷魔法使いの里のみんなをどこにやったか、コイツに聞かなきゃ……」


「だよね、お姉ちゃん。最低限、死なないレベルの回復魔術をかけて、話だけ聞いてみようよ」


 メグの言葉に同意し、頷く一同。


 メグはそれを受けて、軽い回復魔術を唱える。するとゼルアーバの傷は見る間に癒えていった。


「何のつもりだ、貴様ら……?」


「この前、魔法使いの里を襲撃したのはあなたでしょう? 一体、みんなをどこにやったの?」


「ああ……奴らなら、魔力源に利用できそうだったので連れ帰り、ここの地下牢に幽閉してある」


 その言葉を聞いたマギーとメグは、ホッ、と安堵のため息をついた。里の人々に死者が居なさそうだと分かったからである。


「じゃあその、地下牢まで案内してもらおうかしら」


(……いや、ゼルアーバにそれをさせる必要はない。こちらの方で、既に地下牢へのルートは把握済みじゃ)


「もしかして、それって『彼』のお陰かしら……」


 マギーが聖剣に尋ねる。


(もちろんじゃ)


「やっぱり抜かりないね、トン……お兄ちゃんは」



 * * *



 ゼルアーバの言う通り、地下牢には魔法使いの里の人々が居た。皆、一様に衰弱した様子ではあったが、命に別状はなかったようだ。


長老おばあちゃん!」


「無事で良かったわ、長老おばあちゃん


 捕らえられていた人々の中には、マギーとメグの祖母もいた。


「おやおや、あなたたち……本当に、助けに来てくれて……『里の希望』になってくれたんだねぇ……」


 二人に声をかけられ、ゆっくりと顔を上げる長老。その表情からは、孫たちの来訪を心から喜んでいる様子がうかがえた。


「うん……勇者のパトリシアさんや、王都の人たちのお陰だよ」


「そうね。……私たちだけだったら、多分ここにはたどり着けなかったと思うわ」


「そうかい、そうかい。皆さんには感謝しないとだねぇ……」


「あ……そうだ、アレックス団長」


 マギーは急に、何かを思い出したかのようにアレックスの方を振り向く。


「ん、どうした?」


「無理を言って申し訳ないんだけど……王都からここへ馬車を出して、里のみんなを、しばらく王都に住まわせてもらう事は出来ないかしら。みんな弱っているし、魔法使いの里も今は荒れ果てたままだし……」


「ふむ…………君たち二人は今回、ゼルアーバ討伐に大きく貢献してくれた。だから我々も、それに報いるとしよう。王都に帰還し次第、すぐに手配する」


「本当!? とっても、助かるわ」


「ありがとうございます、団長さん」


 それを聞いて安心したのか、マギーとメグの表情が和らいだ。


 そして……。


「団長。ゼルアーバについては、いかがいたしましょうか」


 マリアが、アレックスに問いかける。


「……そうだな。魔法使いの里の人々も一応は無事だったわけだし、命まで奪う必要はないと私は考えている。……捕縛して、王都まで連行するとしよう」


 アレックスの言葉に、一同は頷いた。


 こうして、魔王軍幹部の一人である「魔人ゼルアーバ」との戦闘に勝利した、パトリシアたち勇者パーティ一行。一行はその後、ゼルアーバを連れ王都へと凱旋するのだった。



 * * *



「……ゼルアーバが、勇者にやられたようであるな」


「マジかよ。……ケッ、自分の防御魔術を過信しすぎたツケだな。同情はしねえ」


「アタイらも、勇者への対策を強化した方が良さげ?」


「ふんっ、勇者など……かかってきたとしても、我輩が木っ端微塵に打ち砕いてやるでごわす」


「ありゃあ、乗り気だねえ。……ボクはめんどいから、普段通りにしてようかなあ」


 その頃、魔王軍の幹部たちは……特殊な通信魔術を発する、専用の魔導具を使って連絡を取り合っていた。その中でもっとも早く反応したのは、「魔物使いの老師」ことキュグニであった。


 キュグニは、自らの居城に設置した水晶玉のような魔導具の前で、座禅を組みながら会話に参加していた。


「皆の者、我らの敵である勇者はよわい十五の少女である事は既に知っての通りであるが……油断は禁物である。自らの力を過信して準備を怠ると、ゼルアーバのようになりかねないのである」


「そりゃそうだけど、準備つっても……正直どちゃくそめんどくね?」


「我輩が跡形もなく叩き潰すので、問題無いでごわす」


「いやいやいや、そういうのを自信過剰って言うんじゃねえのか…………?」


「ぬぬ? ……貴様が先に犠牲になりたいでごわすか?」


「は? ざけんな、おい!」 


「アッハッハッハ! 仲間がやられたってのに愉快だねえ、君ら! お陰で退屈しないよ! …………キュグニおじいさんは、何だか考えこんじゃってるね……まあ、いいか」



 その後もしばらく、建設的なのか非建設的なのかよく分からないやり取りが、魔王軍の幹部たちの間で繰り広げられたのであった。

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