第7話 ゼルアーバ討伐へ向けて

 王城内にある、騎士団の訓練場にて。


「エナジーボルト!」


 マギーがそう唱えると、彼女の持つ杖から稲妻のようなエネルギー体が放たれ、パトリシアに向かって一直線に飛んで行く。



 ピキィン!



 パトリシアは、自らに向かってきた「エナジーボルト」を聖剣で上手くはじいた。「ジャストパリィ」の成功である。


「ファイヤーボール!」


 今度はメグが、自らの手に持つ杖をかざすと……炎の塊が現れ、勢いよくパトリシア目掛けて飛んでいく。



 ピキィイン!



 パトリシアは、聖剣の一振りで「ファイヤーボール」を上手にはじき、かき消した。「ジャストパリィ」の練習については、パトリシアの元々の運動神経の良さもあってか、順調に進んでいるようだ。



 ……しばらくして。


「ふう、今日はそろそろ、これくらいかな……二人とも、ご協力ありがとうございます」


「いいえ、これくらいお安い御用よ」


「うん、お姉ちゃんも言ってたけど……あたしたち『前に、パトリシアさんに酷い事を言っちゃった』から、遠慮せず頼って欲しいな」


「二人とも、本当にありがとうございます…………ふう、それにしても……汗かいちゃったなあ。……あ、そうだ」


「どうしたの?」


「三人で、王城内にある大浴場に行って……湯浴みをしませんか?」



 * * *



「ふう、極楽極楽……」


「お姉ちゃん……なんか、ババくさいよ、それ」


「なんてこと言うのよ、メグ! あなたなんかこうしてやるわ!」


 たわむれで、お湯をメグにぶっかけるマギー。


 メグは頭部にモロにお湯を浴び、髪からポタポタと水滴がしたたり落ちる。


「もー。お姉ちゃんたら……仕返し!」


 メグも負けじと、マギーにお湯を浴びせかける。


 そんな光景を、パトリシアはにこやかに見守っていた。


「ふふ。 二人は……仲良しですね。私は一人っ子だから……羨ましいなあ」


 マギーは、パトリシアの言葉を聞くと、彼女の方に振り向き、言った。


「そう言えば……まだ、聞いてなかったことがあったわね」


「何です?」


「パトリシアは、何歳なの?」


「ええと、十五歳ですけど…………」


「どうしたの、パトリシア」


「いや、年齢としだったら王都に着くまでの馬車の中とか、もっと早いタイミングで聞かれてもおかしくなかったんじゃないかと」


「甘いわね、パトリシア。淑女レディの年齢というのは、あなたが思っているよりずっと神聖で奥ゆかしいものなの。だから、こうやってお互いに身も心もさらけ出しているタイミングで伝えるのが一番いいのよ」


「な、なるほど……」


 パトリシアはマギーの持論に圧倒されつつも、あまりピンと来ていない様子である。


「違うでしょ、お姉ちゃん。あたしがお姉ちゃんと七歳差だって、仲良くなった人以外に伝えたくないから年齢としの話をしてこなかっただけでしょ」


「うぐっ! ぐぬぬ……」


 図星をつかれてひるんでいるのか、悔しそうな表情をするマギー。


「どういう事ですか?」


「あたしは十一歳でお姉ちゃんは十八歳なんだけど、お姉ちゃんの身長はあたしよりほんの少し高いだけなの。王都に来てからも、何回双子と間違われたか……」


「なるほど……」


「で、お姉ちゃんはこの事実を伝えても良いってくらいには、パトリシアさんと仲良くなれた、って感じてるわけ」


「……なんで全部言っちゃうのよ! メグ!」


 マギーが真っ赤な顔でメグに抗議する。


「いいでしょ別に。パトリシアさん、とっても良い人だし」


「そりゃあそうだけど……はあ……というか、喧嘩してる場合じゃないわね。お風呂から上がったら『彼』が提供してくれた魔導譜に、二人で早速チャレンジしてみたいし」


「うん、……それは、あたしも思ってた。一緒に頑張ろうね、お姉ちゃん」


 その会話を聞いていたパトリシアが、マギーに尋ねる。


「マギーさん、『彼』……って、誰です?」


「…………あ」


「お姉ちゃん……」


 しばらくの間、沈黙が流れる。




「『彼』、『彼』、『彼』、……そうよ! 彼氏! パトリシアには彼氏とか、そういう大事な人とか、いるの?」


 マギーは強引な力技で話題を捻じ曲げた。……魔術師らしからぬ、力技で。


 それを聞いたパトリシアは……頬を赤らめながら答えた。


「ええと、彼氏ではないけど……大切な、男友達がいます。私が勇者候補として王都に来てからは、ずっと会えずじまいだけど……」


「へえ……その人の、名前は何て言うの?」


「クリス。……クリス・ブラッドワース」


「ふうん……どんな人なの?」


「読書好きで、物静かで……とにかく冷静で、頭が良くて……それでいて、全然不愛想な所はなく、私にはいつも優しく接してくれた。…………そっか、もう一ヶ月くらい会ってないんだなあ……」


 パトリシアはそう言うと、両手で顔を覆った。……彼の事を、真剣に思い出しているようだった。


「……クリス君に会いたくなっちゃった? パトリシア」


 パトリシアは、マギーの言葉に無言で頷いた。


「じゃあ、会いに行けばいいんじゃないの? ……ゼルアーバとの戦いが終わったら、パトリシアさんの故郷に行ってみようよ」


「それは良いわね、メグ。私も、そのクリス君とやらに会ってみたくなったわ」


 二人の言葉を聞いた、パトリシアは戸惑いの表情を見せる。


「ええっ、良いのかな……勇者が私用で出かけるなんて……」


「何言ってるの、……勇者にだって、休養が必要でしょ? たまには休息を取らなきゃ、いざという時に全力を出し切れないわよ」


「そうそう。……大体さ、勇者だけが頑張らなきゃいけないなんて決まりは無いと思うし。許可さえ貰えば、別に故郷に帰っても構わないんじゃないかな」


「…………そうかも、しれませんね。後でアレックスさん達に、聞いてみます。二人とも、ありがとう」


 パトリシアは、にこやかに礼を言った。


「ふっふっふ……じゃあ、故郷に帰ったらついでに、ボインの誘惑で彼をイチコロにしちゃいなさい!」


「え? …………きゃっ!」


 マギーが背後から突然、パトリシアの……大きさは普通だが形の良い二つの膨らみを掴むと、彼女は小さく悲鳴を上げた。


「ちょっとお姉ちゃん……『ボインの誘惑』って何? なんだかジジくさいよ?」


「まあ、細かい事は気にしない、気にしない!」


 マギーはそう言いながら、なおもパトリシアの胸を揉み続ける。


 そしてついに我慢できなくなったのか、パトリシアは思わず大声で叫んだ。




「いやああんっ! もういい加減にしてくださーい!」



 * * *



 マギーとメグの二人が、緊急事態に対応できるよう大浴場に杖を持参していたため、普段は聖剣を持ち込んで入らないパトリシアも、この日は一緒に武器を持って入浴する事にしたのであった。


(クリス、三人とも楽しそうじゃぞ。お主も加わったらどうじゃ)


(……反重力魔術で溶鉱炉に飛ばして、跡形もなく溶かしますよ?)


(冗談に決まっとるじゃろがい。……それにしてもストイックじゃのう……視覚遮断の魔術をお主自身にかけるとは。影に潜っているのだから、別に「見ようとしなければ、何も見えない」というのに)


(そりゃ……念には念を、ですよ。自分の出来心に負けたら、おしまいですから)


(ふむ……そういう物なのか。生物というのは、実に不思議じゃのう)


(…………)


(そう言えば、先ほど三人が「パトリシアの故郷に帰る」話をしておったが……クリス、お主はどうするんじゃ)


(……パトリシアとは、会わないつもりでいます)


(ほう……どうしてじゃ?)


(勇者である彼女は……非常に目立つ立場にいます。そのうえ真面目で、優しくて、正義感が強くて……そんな彼女に、俺みたいに陰気な闇魔術師の男なんて絶対に釣り合いませんし、そもそも誰も歓迎してはくれないでしょう。……いっそ、彼女には俺の事なんか忘れて、自身と釣り合う相手を見つけて……そして、幸せになって欲しいと思ってます。それこそ例えば……一国いっこくの、王子とか)


(な、なんて事を言うんじゃ……)


(俺は、パトリシアが幸せならそれで十分なんです。たとえ俺が、その隣に居られなかったとしても)


(ううむ……)


(でも……もし、パトリシアと再会しようものなら……きっと俺は、心のどこかで夢見てしまうと思うんです。他の誰でもない、俺自身が……パトリシアの隣に立っているという、望むべくもない未来を)


(…………)


(だから俺には……パトリシアに直接会う勇気はありません。今はただ、勇者である彼女を陰で支える、という……聖剣さんとも約束した使命に、集中します)


(そうか…………ではわしから、一つだけ提案するとしよう)


(……何です? 聖剣さん)


(パトリシアに直接会わないにしても……じゃ。励ましの言葉くらいは、彼女に届けてやっても良いのではないか?)



 * * *



 王都の中心部に位置する宝石店に、ローブを着た一人の男が入店した。


 店内は煌びやかな照明で照らされており、高級感あふれる内装が施されていた。商品棚やショーケースの中に並ぶのは、色とりどりの美しい宝石の数々。


 その中で、男は一つの宝石に目を奪われた。


 勇気と情熱を象徴する赤色のルビー。それは、正義感と使命感に燃える彼女の瞳の色を思わせるものであった。



 * * *



「お姉ちゃん、すごいね……この魔導譜。読めば読むほど」


「そうね……同じ魔術師としては少し悔しいけど、間違いなく天才の所業だわ……」


 王城内の大浴場から戻ったマギーとメグの姉妹は早速、マギーの部屋でトンチキ野郎クリスからの課題に取り組んでいたのだが……その結果、二人は驚愕したのだった。


 何しろ、本来複雑怪奇になりがちである高度な術式が極めて簡潔にまとめられているにもかかわらず、その効果を最大限に発揮できる実用的な内容になっていたからだ。


「さすが、聖剣とお友達なだけはあるわね……どんな魔術師なのかしら」


「もしかしたら長老おばあちゃんより年上の……ものすんごいおじいちゃんな魔術師かもよ」


「うーん、そんなご老人が『パトリシアに存在をバラしたくない』なんて思うかしら」


「確かに……あっ、こんなのもあるんだ」


「どうしたの、メグ?」


「見て……ここら辺。副次効果」


「ええと…………なるほど。これはパトリシア『だけ』に恩恵がある効果ね。とりあえず……ご老人かどうかは置いておいて、『パトリシアの事を大切に想っている誰かさん』が書いた魔導譜なのは読み取れるわね」


「だね。……クリスさん、だっけ。パトリシアさんのお友達の。その人が書いた魔導譜だったら面白いね」


「そうね、両想いだものね。……まあ個人的には、そんなうまい話あるかなあ……って、思うけど」


「こんな魔導譜を書ける人が友達だったらあたし、絶対に自慢しちゃうなあ」


「確かに……もっと色々教えてもらいたくなるかも。一体どうやったらこんな魔術師になれるのかしら」


「たぶん、相当な信念の持ち主だろうね。…………並の努力じゃ、ここまでは無理だと思う」


「私も、そう思うわ。……私たちも、『彼』に一歩でも近づけるよう、頑張らないとね」


「……うん!」



 * * *



 数日後。勇者パーティの五人は、聖剣の呼びかけで王都内の鍛冶場に招集された。


 マギーとメグによる魔導譜の解釈が一通り完了したため、ゼルアーバ討伐の遠征へ向けての目途が立ちつつあったからである。


(さて、早速だが……ゼルアーバとの戦いにおいて、団長と副団長にも役割を担ってもらいたい。魔術を詠唱中に無防備になるマギーとメグを、魔物の攻撃から守り抜く……という役割じゃ)


 パトリシア、マギー、メグの三人が聞き取った聖剣の発言は、アレックスとマリアにも伝達された。それを受けて、アレックスが聖剣に尋ねる。


「承知しました。それで……我々をここに集めたのは、どのような目的でしょうか、聖剣殿」


(団長と副団長には、特注のミスリル製タワーシールドを装備して欲しい。それを、今ここで作ってもらうんじゃ)


「聖剣殿……私ならば一応は持てますが、マリアの方は装備が厳しいかと……」


 タワーシールドとは、名前の通り盾の一種であり、防御に特化した大型の物である。ミスリル製のタワーシールドとなると重量は相当なもので、常人であれば両手で持つことすら難しいだろう。


(心配はいらぬ。「特注」と言ったじゃろう? わしの言う事を、少しは信用して欲しいものじゃ)


「失礼しました、聖剣殿」


(ふむ。それでは早速、鍛冶職人に作ってもらうとしようかの)


「……というわけで、お願いします」


 パトリシアが、鍛冶職人に頭を下げた。


 タワーシールドの製造工程は至ってシンプルだ。まず金属素材を溶かし、型枠を作り、そこに流し込むのである。


 その後型枠に流し込んだ金属素材が冷却されるのを待ち、完成品をチェックするだけだ。後は持ち手を付ける等して仕上げれば、一丁上がりである。


「……と言うわけでして。特に難しくは無いのですが、少々お時間をいただきます」


「わかりました。ではよろしくお願いします」


(クリス、あとはよろしく頼んだぞ)


(聖剣さん、ありがとうございます)


 クリスは……タワーシールド製作工程の中で、型枠に流し込まれた高温のミスリルに対し、反重力魔術を丁寧に練り込む。こうする事により、完成するタワーシールドは常時、反重力魔術を纏っている状態となり、装備者にかかる重量負担は格段に減少する事になるのだ。


 そうして出来上がった「特注のミスリル製タワーシールド」をアレックスとマリアに装備してもらうと……それは、二人の想像を絶する程に軽かった。


「本当に、信じられないくらいに軽いな……」


「まるで、革の盾を装備してるみたいだわ……」


 アレックスとマリアは口々に感想を述べた。


「どんな方法を使ったは知りませんが……さすが、聖剣さんですわね」


「でも、こんなに簡単に出来るのなら、他の騎士団員にも……」


(いや、申し訳ないがあくまで団長と副団長のための特注品じゃ。ヒラの騎士団員にも同じ装備を用意する事は、想定しておらん)


「そうですか……仕方ありません」


 アレックスは、ガックリと肩を落とす。


 しかし、そこに食い下がったのは……他ならぬ勇者パトリシアだった。


「聖剣さん、こんなに軽くて防御力の高い盾が騎士団員の方々の間に広まれば……きっと皆さん、今よりも安全に戦えると思うんです。……何とか、他の団員の方々の分も作れないでしょうか?」


 彼女は真剣な眼差しで、聖剣を見つめる。


(…………パトリシアは相変わらずじゃのう。どうするんじゃ? クリス)


(……大量生産じゃなくて、一日に五十枚ずつくらいで区切って作るんだったら、こなせると思います)


 回答を待つパトリシアに、聖剣が答えた。


(……おっほん。勇者、パトリシア。大量生産は難しいが、例えば一日に五十枚ずつなど、数量限定での生産なら可能じゃ。少し時間はかかるかもしれんが、それでも騎士団員たち全員に行き渡るのに、一ヶ月もかからんじゃろう)


 聖剣の回答を伝え聞いたアレックスが言う。


「それで構いません! ぜひ、お願いいたします!」


 アレックスとマリアは、聖剣に向かって深々とお辞儀をした。


「私のわがままを聞いてくれてありがとうございます、聖剣さん」


 パトリシアも、聖剣にうやうやしく礼を述べた。



 * * *



(……パトリシアに激甘なのは変わらんのう、クリス。溶解した金属に反重力魔術を練り込む作業が、どれだけの集中力と、精緻せいちな魔導操作技術を必要とするか……彼女は何も知らずに言っておるのじゃからな)


(当たり前でしょう。そんな事、魔術師でないパトリシアが知る必要はありませんから)


(やれやれ……お主は本当に面倒な人間じゃのう……)


(ほっといてくださいよ……根暗で卑屈でぼっちでコミュ障。……闇魔術師らしいでしょう?)


(いや……少なくとも今のお主は、独りぼっちではない。……わしが、ついておる)


(…………)


(クリス……何か、言わんかい)


(いえ……聖剣さんなりに、励ましてくれようとしたんですよね。ありがとうございます)


(……礼には及ばん。お主は、自らの役目……「勇者パトリシアを支える」という役目を、今の所きちんとまっとう出来ている、とわしは思うておる。……だから、あまり自分を卑下ひげするでない。お主が、彼女のためにやっている事は……決して、無駄ではないのだから。……たとえそれが、彼女の目には映らない頑張りであっても……じゃ)


(……はい)


 クリスは、聖剣にそう短く答えると…………「この先も、自分の持てる全てをかけて、勇者パトリシアを支え続ける」決意を、新たにするのだった。

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