第6話 トンチキ野郎

わしの声が、ちゃんと聞こえているかのう……? 勇者、パトリシア)


「……えっ!?」


 突然脳内に響いてきた声に、パトリシアが驚きの声を上げる。


(その様子じゃと……ちゃんと聞こえているようじゃな。マギー。メグ。ご協力感謝する)


「いいえ……これくらい。私たち、彼女に酷いことを言ってしまったから……その償いが出来ればと思うわ」


「あたしも……お姉ちゃんと同じ。パトリシアさんには出来るだけ、協力したい」


「お二人とも……」


 二人の言葉に、感極まったような表情を見せるパトリシア。


(二人が、話の分かる人間で……良かったのう、パトリシア)


「はい、とってもありがたいです。……でも、どういう仕組みなんですか、これは……?」


「多分……聖剣さんが、『私たち三人が聞き取れるような魔導波長』で、魔導言語を飛ばしてきてるのよ」


(うむ、そういう事じゃな。もし仮に、お主……「パトリシアだけが聞き取れる魔導波長」でわしが魔導言語を飛ばしても、今のお主には聞き取れない。お主の身体に「魔導言語を解釈して、脳内再生する」能力が、備わってないからじゃ。まあ通常、それなりに鍛錬を積んだ神官や魔術師あたりにしかできない芸当ではあるがな)


「だから今、お姉ちゃんとあたしとで、パトリシアさんの……魔導言語聞き取りに必要な能力を、肩代わりしてる感じかな」


(そうじゃな。お主らのどちらか一人だけでも、不可能ではないかもしれんが……二人の方が安定する。このままでよろしく頼む)


「わかったわ」


「オッケー」


 マギーとメグの姉妹が、口々に返事をする。


「あの……」


 そこでマリアが、おずおずと手を上げた。


「どうしました? マリアさん」


「聖剣さんの声が聞こえない私と団長は蚊帳の外なんだけど……ここに居て大丈夫かしら」


 マリアがそう言い終わると、聖剣が光を放った。


(いや……勇者パーティのメンバーとして、団長と副団長にも居て欲しい……パトリシアたちよ。適宜、二人にわしの語る内容を伝えてくれ)


 パトリシアは聖剣が語った旨を、マリアとアレックスに伝えた。


(さて、どこから話そうか……)


「聖剣さんは、この里を襲撃した犯人について、どう思いますか……?」


「それなら、襲撃を受けている最中に、だけど……名前が聞こえたわ。確か魔王軍の『ゼルアーバ』とかいう男よ」


「なんか、『迷宮化の楔』がどうのこうの、言ってたよね」


「…………!」


 パトリシアが、急に狼狽うろたえた様子を見せる。


 それを見て、マギーが口を開いた。


「どうしたの、パトリシア?」


「えっと……この前、王都の南西にある採掘場の『迷宮化の楔』が破壊されたんです。強力な魔術でないと破壊できない、水晶みたいなやつで……誰が破壊したかは私たちも知らないんですけど、『ゼルアーバ』はもしかすると、『迷宮化の楔』を設置した犯人で……そしてこの里の誰かが『迷宮化の楔』を破壊したと仮定して、それで報復に来たのではないでしょうか」


「はぁ? この里の誰かがそんな採掘場に行ったなんて話、聞いた事ないわよ」


「あたしも……」


「じゃあ私たちは、どこのどいつか知らないけれど……『迷宮化の楔』を破壊したトンチキ野郎のせいで、里をめちゃめちゃにされたってわけ?」


「トンチキ野郎…………」


 そうつぶやいたパトリシアの心は何故か、ズキンと痛んだ。


 …………と同時に、一つの疑問を抱く。


「そう言えば聖剣さん、……『迷宮化の楔』を破壊したのが誰か、知ってますか?」



 * * *



(……どうする、クリス)


(…………パトリシアたちと一緒に、寝てた事にして下さい)


(それは聖剣としてどうかと思うんじゃが……まあいい、あいわかった)


(……魔法使いの里がゼルアーバに襲われた原因が俺にあることは、重々承知してます。トンチキ野郎と言われても仕方ありません…………で、その罪滅ぼしになるかどうかはわかりませんが……もし二人が仲間に加わったら、俺から彼女たちに教えようと思ってる事がありますので……その時は聖剣さん、ご協力お願いします)


(……ほう、承知した。その時になったらまた、言ってくれ)


(はい、ありがとうございます)



 * * *



(……あの時はわしも意識を失ってな、「迷宮化の楔」が破壊される瞬間を見ていないんじゃよ……トンチキ野郎の正体も不明じゃ)


「そうですか……」


「ぐぬぬ……トンチキ野郎、絶対に許せないわ……」


 マギーが、爪を噛みながら言う。


「お姉ちゃん……」


(お主たちよ……正体不明のトンチキ野郎よりも……ゼルアーバについて考えるべきではないかの?)


「あっ……」


「確かに」


「ゼルアーバ……」


 パトリシアの言葉を聞いたアレックスが、口を挟む。


「魔人ゼルアーバは……魔王軍幹部の一人で、常に強固な防御魔術を身に纏っており、ダメージを与えるのが非常に困難だと聞いている。……きっとこの里の魔術師たちも、苦戦させられたのだろう……」


「…………」


 しばし沈黙が流れた後……パトリシアが、口を開いた。


「…………でも、いくら強敵だからといって、この里を……罪の無い人々を襲った犯人を、私は許せません」


(ほっほ。……だんだんと勇者らしくなってきたのう、パトリシア。後は……マギー、メグ。お主らはどうしたい?)


「私たちだって……やられっぱなしじゃあ、終われないわ! そうよね、メグ!」


「うん、お姉ちゃん!」


(うむ。二人とも、頼もしい顔をしておるな。良いことじゃ。……して、勇者パトリシア)


「はいっ、聖剣さん」


(マギーとメグ、この魔術師の姉妹を、勇者パーティに加える、という事で相違ないな?)


「はい! 二人と、もっと仲良くなりたいですし……魔王軍の強敵を一緒に倒すために……二人を仲間に加えます!」


(二人も、異論はないな?)


「ええ!」


「大丈夫!」


(うむ。それでは……パトリシア。お主との会話を一旦、終了する。必要があればまた……この二人に協力してもらうといい)


「わかりました……ありがとうございます、聖剣さん」


 パトリシアはそう言って頭を下げた。



 * * *



 その後、パトリシアたち勇者パーティ一行は、魔法使いの里を後にし……三日ほどかけて、王都に帰還した。


 そして、勇者パーティのメンバーとなったマギーとメグには「王都内での戦闘用魔術使用の特別許可」、それと二人それぞれに王城内の個室が与えられた。


 最初は二人も慣れない環境に戸惑いを見せたものの……だんだんと順応していき、王都での生活に馴染んでいったのだった。


 一方その頃、クリスはと言うと……


(まだ見つからんのか? クリス)


(まだです……というか、無茶言わないでくださいよ……大陸全土に対し闇魔術「影探り」を使って、ゼルアーバの位置を特定しようだなんて)


(弱音を吐くでない。そもそも「出来る」と言ったのはお主自身じゃろう。「迷宮化の楔」に防御魔術をかけた術者の位置を、「影探り」で特定出来る……と)


(それは確かに、そうですけど……)


(けど……何じゃ? ……もしやお主、「ゼルアーバの位置を特定したら、勇者であるパトリシアが戦いに行かないといけない」という事を心配しておるわけではあるまいな)


(そりゃ、心配は心配ですけど……正義感も、責任感も強いパトリシアの事ですから。行くのをめさせようとまでは思いません)


(うむう……急に、幼馴染づらをされてものう……)


(幼馴染づらじゃなくて本当に幼馴染なんですけども……)


(はぁ……そんな事、わかっておる。はぁ……)


(どうしたんです? 聖剣さん)


(いや、いい。……お主に言っても、どうせわからんじゃろうからな)


(…………?)


 そんなこんなで、たわいもないやり取りを繰り返していたクリスと聖剣だったが……ようやく、クリスが位置を特定した。


(でかしたぞ、クリス! 早速勇者パーティの招集じゃ!)


(いや……今、夜中ですよ。夜が明けてからにしましょう)


(ふむ……生物というものは睡眠が必要なのか……不便じゃな……と、言うかクリス、お主……三日三晩、寝ずに探し続けていたのか!?)


(…………パトリシアの、ためですから)



 * * *



 翌日、日が高く昇った頃。


 勇者パーティのメンバーは全員、騎士団長室に集まっていた。


 パトリシアの両脇にはマギーとメグがおり、以前そうしたように二人でそれぞれパトリシアの右手と左手を握り、聖剣の声が彼女に届くようにしていた。


(おっほん。では早速、わしからの報告をしたいのじゃが……その前に、この大陸の地図はあるかのう)


「ああ、ええと……アレックスさん、聖剣さんが『この大陸の地図があるか』って聞いてます」


「……あるぞ。すぐに持ってこよう」


 そうして執務机の上に、アレックスの持ってきた地図が置かれた。


「それで聖剣さん、『報告』というのは……」


(クリス。羽根ペンを操作してくれ)


(了解です)


 パトリシアが言葉を言い終えた瞬間、執務机の上に置かれた羽根ペンがふわりと宙に浮き……そして、地図上の一点を指した。


 羽根ペンの指す先を注意深く観察したアレックスが、口を開く。


「ここは……ギアグラ峡谷がある辺りだな。我々王都の騎士団員は、普段は寄り付かない場所だ」


「そうなんですね……」


わしは、この場所にゼルアーバが居る可能性が非常に高いと見ている)


「なるほど、さすがは聖剣さんね……でも、どうやってわかったのかしら?」


 マギーが、興味本位で聖剣に尋ねる。


「あたしも……一人の魔術師として、気になるなあ……」


 メグも、物欲ものほしそうな顔で聖剣を見つめる。


(それは……その、そうじゃ……あれじゃ、聖剣パワーじゃ)



「「は?」」



 思わず間の抜けた声を上げる、マギーとメグの二人。


(……とにかく、場所はわかったであろう。後は……勇者、パトリシア)


「はいっ」


 パトリシアが、凛とした声で答える。


(お主には……ゼルアーバとの対決に臨む前に、決定的に不足しているものがある……魔術攻撃への対策じゃ。よって、マギーとメグに協力して貰い、一週間で魔術攻撃に対するジャストパリィを極めるように)


「ジャストパリィ……って何ですか?」


(攻撃が自分に当たりそうになったタイミングで、完璧に剣ではじく防御技じゃ。特に、聖剣で魔術攻撃のジャストパリィに成功した場合……はじいた魔術の魔力を一部吸収する事により、一定時間、魔術攻撃力が上がるという恩恵がある)


「魔術攻撃力が……?」


(そうじゃ。……まあ、その時になったらその恩恵について、改めてわかるじゃろう。では、これから一週間の間にみっちり練習するんじゃぞ)


「はい、頑張ります!」


(では最後に……パトリシア。聖剣を、一時的にここの机の上に置いていって貰えんかのう。マギー、メグとちょっと相談したいことがあるのじゃ。ジャストパリィの練習は、その後にしよう)


「あ、はい、わかりました……」


 そしてパトリシア、アレックス、マリアの三人が部屋から退室し、騎士団長室にはパトリシアの聖剣と、マギー、メグの二人が残った。


「……それで、何かしら? 私たちに用事って」


「くだらない内容だったら、承知しないよ」


(……ふう。メグの方は、手厳しいのう。妹じゃから、甘やかされて育ったのかのう)


「もう……あたし、そんな挑発には乗らないよ。……こんな事のために、あたしたちをここに残したわけじゃないでしょ」


(その通りじゃ。実はのう……「ゼルアーバの位置を特定するのに、聖剣パワーを使った」というのは、真っ赤な嘘じゃ)


「「…………」」


 マギーが呆れの眼差しを、メグが侮蔑ぶべつの眼差しを聖剣に向ける。


(いやはや困ったのう、そんな目で見ないでおくれ。……ここはお主らの方から「じゃあ、誰が特定したの?」と、聞き返すところじゃろうが)


「まあ……それは確かに少し、気になるけど……」


「あたしも……」


(それは、他でもない……「トンチキ野郎」じゃ)


「待ってね。……と、言う事は……聖剣さんあなたは、『迷宮化の楔』を破壊したとかいう、あのトンチキ野郎と知り合いって事!?」


(ああ、そうじゃ)


「この事……パトリシアさんも知ってるの?」


(彼女は……知らぬ。とある事情があって……「トンチキ野郎」が、彼女に存在を知られる事を望んでいないんじゃ。……なので、二人には本当に、心からお願いしたい事なんじゃが……ここは、彼の意思を汲み取ってやって欲しい)


「ふうん、トンチキ野郎にも事情があるのね……まあ、私はベラベラ喋ったりはしないけど」


「あたしも、パトリシアさんには黙っておいてあげるけど……でも、トンチキさんの行動が原因であたしたちの故郷魔法使いの里が襲われた、っていう事実は変わらないよね」


(そう、そこなんじゃ。「トンチキ野郎」は、お主らの故郷魔法使いの里が襲撃された事に関し、責任を重く受け止めておる……だからこそ、彼はお主らに腹を割って、聖剣と繋がりがある……と、情報開示しようと考えたわけなんじゃ)


「うーん、情報開示されても別に、嬉しくもなんともないけど…………まだ、何かあるのかしら?」


「結局、お姉ちゃんとあたしに何をさせたいの?  わざわざ人払いまでして」


(ふむ。ここからが本題……「トンチキ野郎」が、お主らへのせめてもの罪滅ぼしとして、「贈り物」をしたいそうじゃ)


 聖剣がそう言い終えたかと思うと、机の上に置かれていた地図がひとりでにヒラリ……と反転し、裏のまっさらな面を見せる。


 そして次の瞬間、羽根ペンが勝手に動き出し……猛烈なスピードで筆記を始めた。


 それを見た二人はしばらくして、口々に声を上げる。


「お姉ちゃん、これ……」


「そうね、『魔導譜』だわ。それも……かなり高度な魔術の」



 魔導譜とは……魔術の発動方法を、魔導文字や記号で記述したものである。


 原理的には、魔導譜に記された内容を正しく解釈し、その記述通りに魔力を練り上げる事で、誰でも同じ魔術を発動出来ると言ってよい。


 とは言っても、実際には術者の練度不足・魔力不足によって記述通りに発動出来ない事も多々あり、結局のところ、魔導譜を読んだ魔術師は全員その魔術を扱える……というような代物しろものでは決してない。


 しかし……トンチキ野郎クリスには、直感的にではあるが……確信があったのだ。自らが現在記述している高度な魔術の魔導譜も、マギー・メグの姉妹ならば正しく解釈して発動でき……そして「それが、パトリシアの助けになる」……と。



 やがて……羽根ペンは動きを止め、元の場所に収まった。


 そして、マギーとメグ……二人の眼前には、紙一枚をびっしり埋めるほどの、内容の濃い魔導譜が広がっていた。


 二人は、それを食い入るように見つめる。


(これが、「トンチキ野郎」からお主らへの「贈り物」じゃ)


「ふうん……確かに、こんなに高度な魔術の魔導譜は……なかなか、見たことがないわね」


「……で、この魔導譜の内容は、つまり……『今のあたしたちに必要なもの』って事でしょ?」


(まあ、そういう事じゃな。お主らには、一週間かけてこの魔導譜の内容を解釈し、発動できるようにして欲しい)


「いや……解釈だけなら一週間も要らないわ、これ。メグはどう思う?」


「あたしもそう思う。……三日もあれば十分かな」


「……ね。やっぱり、それくらいよね」


(ほう、頼もしいのう……お主ら、魔術師としての才能はかなりのものじゃな)


「いや……それもあるわ。確かにあるんだけど……」


(……何じゃ?)


「これを書いてくれたトン……じゃなくて、これを書いてくれたお兄ちゃんが、ここまで高度な内容をあたしたちに分かりやすいように……大事な所とか、ちゃんと整理して書いてくれてるから……」


「そうね、トンチキ野郎って呼んで……ごめんなさい! あなたは、気配りの達人! と言っても、過言じゃないくらいに……丁寧に書かれた魔導譜を、私たちに提供してくれたわ」


(ほう、そのようなクオリティの高い魔導譜を書けるとは。さすがはトン……もとい、「彼」じゃな)


「でも、お姉ちゃん……発動は結構、難しそうだね」


「そうね、魔導譜から読み取れる必要魔力量からして……私たち一人ずつの魔力じゃ、発動が安定しないわ。私たち二人で協力してやっと発動できる、大型魔術ね」


「うん。あたしたち姉妹の、ウデの見せ所だね」


「ええ。ここまでしてもらったからには……私たち二人で、『彼』の期待に応えてあげましょう」


 そして、マギーとメグはお互いに見つめ合うと……二人揃って頷き、決意を固めたのだった。

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