第5話 魔法使いの里

「ゼルアーバ様。報告がございます」


 小間使いの魔物がうやうやしくひざまずき、玉座に座る主に対して言った。


 頭部に二本の角を携えた、灰紫色の肌を持つ異形の者。魔族のため実年齢は不詳だが、顔立ちは青年を思わせるほどに若々しい。


「……聞こう」


 ゼルアーバと呼ばれたその男……もとい、魔王軍幹部の一人である魔人ゼルアーバは、短く答えると配下の報告を促した。


「はっ! 以前、ゼルアーバ様が直々に出向いて設置された、南西採掘場の『迷宮化の楔』について、覚えておいででしょうか?」


「覚えているに決まってるだろう。あれは、王都での武具生産を停滞させ、我らが魔王軍にあだなす王立騎士団どもへの武具の安定供給を断とうとする計画においての事だ」


「はい、それに関してなのですが……実は先日、何者かによって破壊されたようなのです」


「ん? …………それは、何かの間違いだろう。確かな情報なのか?」


「ええ、ダンジョン化が解除されてしまっておりますから、ほぼ間違いないかと」


「ううむ、そうか……そもそも王都に、この私自ら仕込んだ防御魔術を打ち破れる魔術師が居るなど……まるで聞いたことがない。そのような魔術師が王都に居れば、既に情報を掴めているはずで……そうでなくとも、もっと早い段階で『楔』が破壊されていた可能性が高い。……と、なると」


「と、なると……何でしょう?」


「王都以外の人間……例えば、『魔法使いの里』から派遣された魔術師の仕業しわざかもしれないな」


「その可能性は……無くはないですね」


「うむ。危険の芽は……早めに摘んでおく必要があるな。『迷宮化の楔を破壊できるほどの魔術師』を放置していては、我々魔王軍にとっての、脅威となり兼ねん」


 そしてゼルアーバは立ち上がると、配下に向かってこう言った。



「私が直接出る。魔王軍我々あだなす者に、容赦はしない」



 * * *



 さて、王都の南西に位置する採掘場のダンジョン化が解除されたことにより、王国は再び大量のミスリルを手に入れられるようになり、早速武器や防具の生産を再開していた。その結果として新品の剣や鎧を装備した騎士たちは大喜びで、士気は大いに高まったという。そして、騎士団員たちの士気の高まりにより、王都の人々にもその活気が波及し、街全体の雰囲気はとても良いものになっていたのだった。


 パトリシアはその光景を、心から喜んでいた。


 ただの田舎娘にしか過ぎなかった彼女が、今は王都の平和と安寧を願う勇者という立場に置かれている事を……彼女はしっかりと自覚していた。


 ゆくゆくは、王都だけでなく世界の平和のため魔王軍と本格的に渡り合わねばならない未来が待っているが……今はその時ではない。


 理由は色々あるが、勇者パーティの人員が固まり切っていない事がその一つだ。


「……パトリシアちゃん」


 不意に、マリアから声をかけられた。パトリシアは彼女に向き直り、返事をした。


「何ですか?」


「あの、『魔法使いの里』を訪問する計画についてなんだけど……」


「ああ……『魔術を使えるメンバーを勇者パーティに招き入れる』事についてですね」


「そうね。……出立は一週間後。そこで適任者が見つかったら、その人を連れて帰ってこようと思っているの」


「適任者……って、どうやって見分けるんです? それこそ『迷宮化の楔を破壊できる』くらいすごい人じゃないと……」


 マリアはその言葉を聞くと、待ってましたとばかりの表情で答えた。


「それはもう、考えてあるわ。……パトリシアちゃんの聖剣に、実力を見て貰えば良いのよ!」


「え、え、え……?」


 予想外の回答に動揺するパトリシア。そんな彼女をよそに、マリアの話は続いていく。


「パトリシアちゃんに肯定的なシグナルを送る時に、聖剣が光るようになっているでしょう? だったら、パトリシアちゃんが『この魔術師は実力者ですか』……って聖剣に問いかけてその回答を得れば、『適任者』かどうかは簡単に分かると思うのよね」


 ピッ、ピッ、ピッ……


 パトリシアの聖剣が、弱弱しい点滅を放つ。


(何とも、ひと使いの荒い副団長じゃのう……確かに、わしの判断能力は人間のそれとは比べ物にならんくらい速い事だけは間違いないが……そもそも、クリスのような「非常に」優秀な魔術師など、簡単には見つからんのじゃがな…………まあ、その時で良いか)


「パトリシアちゃん、聖剣が点滅してるけど、これは……?」


「ええと……何だろう……『自信はないけど、やってみるよ!』みたいな……?」



 …………シーン。



 しばしの間、沈黙が流れた。


「……とりあえず、出発は一週間後ね……」


「わ、わかりました……」



 * * *



 そして一週間後。パトリシアたち一行は、新たな仲間を求めて、「魔法使いの里」へと向かうことになった。


 途中、宿屋に立ち寄り宿泊を挟みながら馬車に揺られること三日。彼女たちはようやく目的地に到着したのだった。


 そこはまさに森の奥深くといった場所で、鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた場所だったが……。


「どういう事だ、これは……」


「何があったの、一体……?」


 なんと、魔術師たちが住んでいたであろう家々はことごとく破壊されており、見渡す限り瓦礫がれきの山ばかりであったのだ。


 焼け落ちた住居跡を見るからに、どうやら激しい戦闘があったらしい事が見て取れるが……何故か死体は、一つも見つからなかった。


「死者は見当たらないが……生存者も見つからない。一体どうしたものか……」


「うーん…………そうだパトリシアちゃん、こういう時こそ、聖剣に聞いてみましょう」


「聖剣ですか? えーと……」


 マリアの言葉を受けたパトリシアは、困惑した表情で聖剣を見つめる。


(なるほど、副団長の判断は間違っておらん。……相手が魔術師相手だからな。試してみる価値はある)


「パトリシアちゃん、聖剣は何て言ってる?」


「『やってみるよ』って言ってます……多分」


 パトリシアがそう言い終えた瞬間、聖剣が眩い光を放ち始めた。パトリシアはそれを見て、コクリと頷く。


 ――聖剣さん……よろしくお願いします。


 パトリシアはそう言うと、聖剣を天高く掲げた。するとそれに呼応するかのように、聖剣が凄まじい光を放ち始める。


わしは、勇者パトリシアが持つ聖剣じゃ。……もし生存者が居れば、名乗り出て欲しい)


((…………))


「ふむ……何も反応なし……か」


 アレックスが、ぽつりとつぶやく。


 しかし、マリアは真剣そのものであるパトリシアの顔を見ながら、こう返した。


「いいえ、団長……もう少し、待ってみましょう。パトリシアちゃんと聖剣を、信じてみましょう」



 * * *



「どうする? お姉ちゃん……勇者と聖剣だって。本当なのかな……」


「うーん、敵意はなさそうだけど……まだ、完全には信用出来ないわね」


 二人の少女が、地下室で会話を交わす。


 恐らく、この場所魔法使いの里に襲撃があったタイミングでここに避難したのだろう。彼女たち姉妹には怪我の一つもないようだった。


「かと言って、ずっとここで生活するのも億劫おっくうよね……一度出てみるのもアリかしら……」


 そう言って、姉らしき少女の方は地下室の低い天井を仰いだ。


「……でも長老おばあちゃんが、『あたしたち二人がこの里の希望だ』……って、言ってたでしょ。……どういう意味で言ってたかは、分からないけど……油断大敵だよ、お姉ちゃん」


「そうね。……メグの、言う通りだわ」



 * * *



(おーいクリス、助けてくれんかのう)


(生存者探しでしょう? ……既に、やってますって)


(おお、さすがは幼馴染溺愛ストーカー男じゃな)


(その呼び方はシャレにならないのでやめてください)


(すまん、すまん……で、生存者の気配は見つかったかのう)


(えーと、闇魔術「影探り」で探索中です)


(ほう……そんな事が出来るのか)


(はい。まあ簡単に言えば、一つ一つの影について、その影の主の生命エネルギーだったり魔力だったりを察知出来るんですけど……何せこの里全体が対象ですから、時間がかかっています)


(なるほど、仕方ないのう)


(それにしてもここは、酷い有様ですね……一体何があったんでしょうか)


(それは十中八九、魔王軍の襲撃があったという事で間違いないだろう)


(魔王軍……!)


(ああ、強力な防御壁や多数の騎士たちを抱える王都とは違い、攻め込まれた場合の対策は恐らく、十分にされていなかったのであろう)


(なるほど、そうだったのかもしれませんね…………あ! 今……地下に二人、生存者が見つかりました。二人とも魔術師みたいです)


(本当か! よし、すぐにパトリシアを案内してくれ!)


(パトリシアを……?)


(レッドドラゴンを倒した時の要領で、じゃ)


(……わかりました)



 * * *



 突然、パトリシアの持つ聖剣が、まるで彼女を誘導するかのごとく、何かに引っ張られるように動き出した。マリアは慌てて彼女の肩を掴み、パトリシアが倒れないように支える。


「パトリシアちゃん、大丈夫!?」


「ええ、平気です……!」


 聖剣の動きに合わせて移動しながら、パトリシアは答えた。


「団長、私たちも行きましょう」


「うむ」


 こうして三人で、聖剣が導く方へと向かって行き……やがてこの里の奥まった場所にある、立派な家屋の前で聖剣は動きを止めた。


 とは言え、多分に漏れずこの家も、ある程度損傷している様子だったが……それでもかろうじて原形を保っていた。


 そしてパトリシアたちは意を決して、家の中へと入っていったのだった。


「あれ? 誰もいませんね……」


 ドアを開け、中に入ったパトリシアがつぶやく。


 確かにぐるりと見渡しても、人の気配は全くなかった。


 ……しかし再び、聖剣が何かに引っ張られるように動き出すと……剣先が、床のある一点を指し示した。


 よく見ると、そこには巧妙に隠された取っ手のようなものがあり、それを引っ張って床板を開いてみると、地下に続く階段が現れたのだった。


「……地下に、誰かいるのでしょうか?」


「聖剣が指し示してるから、多分そうみたいね……」


 パトリシアたち一行は、一人ずつ慎重に、階段を降りていく。


 そして、パトリシアが地下室に足を踏み入れた、まさにその時だった。



「止まりなさいっ!」


「来ないで!」



 パトリシアが声のした方に視線を向けると、そこにはローブを着て杖を構えた二人の少女が立っていた。彼女らは、背格好からすると十五歳のパトリシアより身長がだいぶ低く、二人ともパトリシアより年下ではないかという印象だった。


 一方の少女は、明るい茶髪のロングヘア。


 もう一方も同じく明るい茶髪だったが、髪型はショートボブで、こちらの少女の方が身長がやや低いようであった。


「ええとあの……私、怪しい者ではなくて……王都から来た、勇者のパトリシアです。それで……ここに居るって事は、生存者の方ですよね。良かった……本当に良かったです、生存者の方に会えて」


 パトリシアは、心底心配していた事を示すような声で語りかける。


 それを聞いた二人の少女は、構えていた杖を下ろし、警戒を解いた。地下室への訪問者が、自分たちに危害を加えるような相手ではないと判断したのだろう。


 ……しかし、ロングヘアの少女は、パトリシアの言葉にカチンときた様子でこう言った。



「そんな安っぽい同情とか、要らないわ。王都の人間が私たちの心配をするなんて、ちゃんちゃらおかしい話よね?」



「そうだよ。お姉ちゃんの言う通り。王都の人間は王都の人間らしく、あたしたち田舎者を馬鹿にするのがお似合いじゃないの?」



 思いもよらず二人に責め立てられたパトリシアは、シュンとなってうつむき……そして、頭を下げた。



「……ごめんなさい。お二人は、私なんかには想像もできないくらい大変な目に遭ったんですよね。それなのに私は……差し出がましい事を言ってしまって、本当にごめんなさい」


 そこに、マリアが割って入る。


「…………ちょっと待ってね。二人とも。前提が間違っているわ」


「……どういう意味よ」



「パトリシアちゃんは確かに『王都から来た』のは事実なんだけど……元々はとある村の出身で、王都に住み始めてからまだ一ヶ月くらいしか経ってないの。だから……彼女は王都の人間私たちじゃなくて田舎の人間あなたたちに近い、と考えるのが自然だと思うわ」



「「…………!」」



 マリアの言葉を聞いていた二人の表情が変わった。


 本来、言葉責めにすべきでない相手を一方的に責めてしまったのだ。無理もないだろう。


「ごめんなさい、勇者パトリシア……私たち、気が立っていて……ついカッとなって、酷いことを言ってしまったわ……」


 ロングヘアの少女が言う。


 するとそれに続くように、ショートボブの少女も口を開いた。


「あたしも……ごめんなさい。『都会の人間はあたしたちを見下してる』っていう勝手な思い込みがあって……」


 二人はそう言うと、パトリシアに対して深々と頭を下げた。


 それを見たパトリシアは慌てて手を振りながら、二人を制止する。


「そっ、そんな……二人とも顔を上げてください! ……それよりも名前! まだ聞いてませんでしたよね……?」


 その言葉に顔を上げた少女たち。まず、ロングヘアの少女が自己紹介をする。


「私はマギー。マギー・デニスよ。……で、こっちが妹の……」


 マギーはそう言って、ショートボブの少女に視線を送った。それを受けて彼女が口を開く。


「メグ。メグ・デニス。よろしくね、パトリシアさんたち」


 メグがそう言い終わった瞬間、パトリシアの聖剣がピカピカと光を放つ。


(マギー。メグ。先ほども声を聞いていたかもしれないが、わしは勇者パトリシアの持つ聖剣じゃ。……早速で済まないが、お主らに頼みがある)


「ええと……何かしら?」


 聖剣が彼女らに送った魔導言語に対し、マギーが口頭で返事をした。


「???」


 マギーが言い放った脈絡のない一言に、パトリシアが疑問を呈するような顔をする。


 それを見たメグが、パトリシアに説明した。


「今ね、パトリシアさんの聖剣がお姉ちゃんとあたしに話しかけてるんだよ」


「ええっ……聖剣の声を聞けるのね、二人とも」


 パトリシアは感心した様子で二人を見つめた。


「で、聖剣さん、あたしたちに頼みって何?」


 メグが、マギーの代わりに聞き直す。


(パトリシアの両手を……二人でそれぞれ片方ずつ、握るようにしてほしい)


「ええと、こう……かしら…?」


 マギーはパトリシアの右手を、メグはパトリシアの左手を取って……そっと握った。


「…………?」


 二人の行動の意図が分からず、困惑するパトリシアの脳内に……突然、声が響いてきた。


わしの声が、ちゃんと聞こえているかのう……? 勇者、パトリシア)



「……えっ!?」



 勇者パトリシアは、聖剣の声をようやく……その時初めて、聞くことが出来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る