第4話 迷宮化の楔

 その後、無事に王都に帰還したパトリシアたち三人は国王に謁見えっけんし、事の顛末てんまつを報告したところ……最終的には勇者であるパトリシアの要望が叶い、アレックスとマリアは勇者の護衛として旅に同行することを認められた。


 そして、その翌日。


「……えいっ、えいっ、…………えいっっっ」



 王城敷地内にある騎士団の訓練場にて、パトリシアは聖剣を両手に握りしめてピョンピョンと飛び跳ねながら、宙をく動作を繰り返していた。はたから見ればいささか滑稽にも見えるのだが、本人は至って真剣な様子だった。


 そんな彼女を、副団長マリアが見守る。


「うーん、なかなか出ないわね、勇者パトリシアちゃんの必殺技……」


「うう……やっ……ぱり、あれは……まぐれだった、んでしょうか……」


 パトリシアがレッドドラゴンのブレス攻撃を突き破って放った、空中攻撃……あれが無ければ、絶体絶命どころか本当に命を落としていたかもしれない。


 それだけ、レッドドラゴンは危険極まりない敵だった……とは、団長アレックスの談だ。


 そんな相手に対し、一撃でほうむったあの技こそ、まさに必殺と呼ぶにふさわしいものであるのは間違いないだろう。だが、やはりその再現には至っていないようだった。


 そもそもなぜあの時、自分があんな技を出せたのか……その原因が分からずじまいだったため、今のパトリシアにとっては焦りがつのる一方であった。


「一旦ストップ、パトリシアちゃん」


 マリアは、両手をパチンと合わせて彼女に呼びかける。


 パトリシアはその声に応じ、聖剣を手にしたままその場で静止し、マリアの方を向いた。


「あんまり焦らないで、パトリシアちゃん」


「マリアさん……でも……」


「でも……?」


「また同じような状況になった時に、あの技が出せなかったら私…………私、死んじゃうかもしれないんですよ」


「パトリシアちゃん……」


 そう。勇者であるパトリシアとて、一人の人間……ましてや、十五歳の少女なのだ。自分の死に対する恐怖心は当然にあるはずであり、それを回避する方法を必死に模索するのも無理はない……という事は、マリアも十分に理解していた。


 だがそこで……ふと、マリアが「必殺技」が発動する直前の状況を振り返る。


「そういえばパトリシアちゃん、あの時……『聖剣が自らの意思を持ったように、空中に浮かんだ』ように見えたけど?」


「……あ」


 言われて初めて気付いた様子のパトリシアに、マリアは思わず苦笑いをする。だがすぐに表情を戻すと、さらに言葉を続けた。


「もしかしたらだけど……パトリシアちゃんがピンチになった時に、聖剣が勝手に動いてくれるんじゃないかしら?」


「……!」


 マリアがその言葉を言い終わった瞬間、パトリシアの持つ聖剣が眩い光を放ち始めた。


(勇者パトリシアよ。副団長の言った事は、ほぼほぼ正解じゃ。もしその時が来れば、お主の幼馴染が、きっとまた……全身全霊をもって、お主を守ってくれる事じゃろう)


「パトリシアちゃん、これは……」


「多分……多分ですけど、『マリアさんの言った事が正解だ』って聖剣さんが言ってるんです。そうか、私……『守ってもらった』んだ……」


 パトリシアはそう言った途端、つぅ……と一筋の涙を流した。


 彼女は今、心から実感していたのだ。勇者として未熟で……実際に命を落としかけた自分を守ってくれた存在が、ここに確かに「在る」という事を。


「マリアさん……私、勘違いしてました」


「勘違い?」


「はい、自分は勇者だから、やろうと思えば自力ですごい技が出せるんだ、って。実際はただの村娘なのに」


「…………仕方ないわ、誰だって最初から強いわけじゃないもの。それに……良い事だってあるじゃない」


「何ですか?」


「もう必殺技の練習のためにピョンピョンする必要ないのよ、パトリシアちゃん!」


「ふふっ……笑わせないでくださいよ、もう」


 パトリシアは涙をぬぐうと、笑顔で答えた。その表情にはもう、悲壮感や不安といった感情は一切見受けられなかった。


「でも……いざとなったら聖剣が守ってくれるからと言って、慢心して戦闘に臨むわけにはいかないと思うんです。何より、そんなの勇者らしくないですから」


「……さすが、勇者パトリシアね。今後も私と団長とで、さらに勇者としての経験を積めるようしっかりとサポートしていくつもりだから、よろしくね」


「ありがとうございます、マリアさん」



 * * *



 その後のパトリシアはマリアたち同伴のもと、少しずつ魔物との実戦経験を積んでいった。


「聖剣に守って貰わなくても大丈夫なくらいに強くなりたい」、そう願う彼女の熱意に応えるかのように、マリアもアレックスも非常に熱心な指導を続けたため、彼女の実力もメキメキと上達していったのだった。


(……のう、クリス。そのうちに、お主がお役御免になる日も来るかもしれんのう)


(ええっ?)


(いやなに……最近の勇者パトリシアの成長ぶりには、目を見張るものがある。お主の援護無しで、強敵を倒す事だって夢物語ではないかもしれぬぞ)


(うーん、まあそれはそれで……改めて、パトリシアが勇者にふさわしい人物だったという事になりますから、幼馴染として誇らしく思いますよ)


(ふむ……お主が彼女を援護する必要がなくなり、ただのストーカーに成り下がるという心配は、しなくて良いのかえ?)


(ちょっ……)


(いや、冗談じゃ……魔王も、魔王直属の幹部連中も、一筋縄ではいかぬ相手揃いじゃ。経験を積んだ今のパトリシアでも、間違いなく苦戦する事じゃろう。彼女がお主の力を必要とする日は、きっとまたやって来る。その時は、よろしく頼むぞ)


(……分かりました)


(……っと、彼女たちが、本日の目的地に到着したようじゃな)


 パトリシアたちが馬車を降りた場所は、王都の南西に位置する、とある洞窟の入り口付近であった。


 アレックス曰く、ここは元々採掘場だった場所がダンジョン化したものらしく、内部は魔物の巣窟になっているらしい。そのため定期的に騎士による現地調査を行っているそうだ。


 そして今回の目的は、その調査の手伝いだ。主に内部の小型の魔物の掃討などが目的であり、比較的安全な仕事内容だと言えるだろう。


 パトリシアたちは準備を整え、その入り口へと足を踏み入れていった。


「……ところで、聞きたいことがあるんですが」


 周囲を警戒しながら歩くパトリシアは、隣のアレックスに尋ねる。


「ん? 何だい?」


「ここって、『採掘場』だったんですよね。どんな鉱石が採れたんですか?」


 すると彼は立ち止まり、腕組みをしながら答えてくれた。


「主に……ミスリルを始めとした鉱物類など、だな」


「なるほど……」


 ミスリルといえば広く重宝される金属の一つであり、王立騎士団に所属する騎士たちが身に付けている武具にも使用されている素材だ。


「しかし今、ダンジョン化されて魔物が出現するようになっており、その影響でほとんど採掘が行えない状況だ」


「そうなんですね……」


 パトリシアは興味深そうに相槌を打つと、顎に手を当てて何やら考え事をし始めた。そんな姿に疑問を抱いたのか、アレックスが口を開く。


「……どうしたんだい?」


「いえ、ちょっと気になって。あの……ダンジョン化の解除というのは可能なんですか? もし元の採掘場に戻せるなら、その方が良いんじゃ……」


「うーん、手段は分かっているんだが、実行に移すのは難しくてね」


「そうなんですか?」


「ああ。というのも、このダンジョン内の最奥部にある『迷宮化のくさび』と呼ばれる物を破壊しなければならないんだが……」


「ふむふむ……」


「その『迷宮化の楔』というのが厄介な代物でね。それは強力な魔術でないと破壊できないようなんだ」


「……ということは、今ここに居る私たちでは破壊は出来ない……と」


「ああ、そういう事になるな」


「パトリシアちゃん、勇者パーティに魔術を使えるメンバーを招き入れる事も考えた方が良さそうね」


 二人の会話を聞いていたマリアが、横から助言をした。


「確かにそうですね…………あの、王都に『凄腕の魔術師!』みたいな方って居るんですか?」


 パトリシアの問いかけに対し、アレックスは顎に手を当てながら考え込む。


「なかなか、難しい質問だな。腕の立つ魔術師自体は探せばすぐ見つかるだろうが……実は、王都に住む魔術師のほぼ全員が、医療魔術しか学んでいないというのが現状だ」


「そうなんですか?」


「ええ。そもそも王都内では、特別に許可を与えられた魔術師以外には戦闘用魔術の使用を禁じているのよ。これは王都の治安維持のために必要な事なの」



「そうだ。百年以上前の話だが、昔はそのような制限がなく、魔術師が自らの魔術を振りかざして権力の座を奪い合った時代もあったらしい。そこに、魔術を使えない一般市民が巻き添えを食う事も多かったと聞く。そのような争いを止めるために、当時の国王陛下は戦闘用魔術の使用を原則禁ずる法律の制定を命じたのだ。当時は、魔王軍の脅威もなかったからな」



「そんな事が……」


 アレックスの話を聞いていたパトリシアは、ハッと息を呑んだ。


「けど今となっては、王都に住む魔術師と言えば医療従事者というイメージがすっかり定着しているわね。彼ら彼女らのお陰で、王都とその近辺の住民の平均寿命は八十才ほどをキープできているのよ」


 マリアは微笑みながらパトリシアに語り掛ける。


「ただ最近は、魔王軍に対抗するため戦闘用魔術を扱える魔術師も居た方が良いのではないかという話題が上るようになってきた。まだ、実現段階にはないが……」


「そうなんですか……ではそうなると、王都以外の場所から魔術師の方に来てもらう事になりそうですね……」


 パトリシアが言うと、マリアもアレックスも同時に頷いた。


「それだったら……王都からはかなり距離があるが、『魔法使いの里』に行って、パーティに参加してくれる優秀な人材を探す、という手があるな」


「もちろん『優秀』なだけじゃなく、魔王軍の強敵との対決に臨めるだけの胆力と、心の強さも持ち合わせていなければならないけど」


「ああ。マリアの言う通りだ。……そのうちに、訪問する計画を立てるとするか」


「はい!」


 そんなやり取りをしつつ、一行は奥へと進んでいく。道中、何体かのゴブリンなどの小型魔物が襲い掛かってきたものの、問題なく撃退することができた。


 それから二時間ほど経って、ついに一行はダンジョンの最奥部まで到着した。


 そして、パトリシアがある物を指差して言った。


「アレックスさん、あれが……『迷宮化の楔』ですか?」


 そこには、禍々しい紫色のオーラを放つ巨大なクリスタルのような物体があった。表面に刻まれた文様を見る限り、それが何らかの魔力で作られた物である事は明白だった。


「そうだ、あれで間違いない。あれを破壊する事が出来れば、おそらくこのダンジョン化した場所を元の状態に戻す事が出来るはずだ」


「私……やってみます」


 そう言うとパトリシアは聖剣を構え、静かに精神を集中させる。そして、大きな横薙ぎの一閃を放った。



 キィン!



 聖剣から放たれた斬撃は……クリスタル状のそれに命中はしたものの、甲高い音を上げただけで、びくともしていない様子だった。


 どうやらかなり強固な魔力で守られているようで、やはりアレックスの言う通り、強力な魔術攻撃以外では破壊できない仕組みになっているようだ。


「……駄目ですね。聖剣の攻撃ですらビクともしないなんて……」


「勇者の本気の剣撃を受け止めるとなると、よほどのものみたいね……」


 パトリシアの言葉を受け、マリアがつぶやく。


 それを聞いたアレックスが口を開いた。


「別に、無理に破壊しようとする必要はないぞ、パトリシア殿。皆、ここを再び採掘場として利用する事は半ば諦めてしまっている」


「アレックスさん……でも、もしダンジョン化を解除して、再び採掘ができるようになれば……騎士団員の皆さんの装備をより充実させられ、それによって、王都の人々もより安心して暮らせるようになる、って……そう思いませんか?」


 パトリシアは真剣な眼差しで、自分の想いを伝える。その言葉を聞いたアレックスは腕を組み、考え込むような姿勢を取った。


「王都の人々にまで考えが及ぶとは……それでこそ勇者パトリシアだ! と、言いたいところだが……今ここに魔術攻撃を放てる者がいない、という事実は変わらないぞ」


「そうです、よね……」


 パトリシアはガックリと肩を落とし、すっかり気落ちしてしまった様子だった。



 * * *



(クリス。……お主は、どう思うんじゃ)


(…………)


(幼馴染の落ち込んでいる姿を前にして、何か思うところは無いのかえ?)


(そりゃ、何とかしてあげたいですよ。「こうすればいいんじゃないか」って、方法も考えついてるし……)


(ならば勿体ぶらず、はよう実行せんかい)


(うーん……なんか邪道っぽいので気が引ける、というか……)


(お主、闇魔術師のくせに変なところで真面目な奴じゃのう……では、このまま幼馴染を見捨てるつもりか? 本当に良いのか?)


(そこまで言われたら…………分かりました、やってみます)



 * * *



「迷宮化の楔」を破壊する事を諦め、帰路につこうとした一行だったが……彼らを、突然の眠気が襲った。


「うっ……!?」


「むうっ!? こ、これは……?」


「何なの、一体……?」


 パトリシアやアレックスたちは必死に抵抗するものの、その強烈な睡魔の前にはなすすべなく……全員がその場に倒れ伏してしまうのだった。


 しばらくして、聖剣の影からスルスルとクリスが抜け出してきた。


(……ふむ。全員に睡眠魔術をかけて眠らせてしまうとは、何とも強行な手段に出たものじゃのう)


「パトリシアや騎士のお二人には申し訳ないですが、仕方ありません。俺の存在が知られたら、絶対に面倒なことになりますから」


 クリスはそう聖剣に伝えながら、「迷宮化の楔」に近づくと……両手でゆっくりと触れて、神経を集中させ……分析を始めた。



 ――なるほど……確かに強力な防御魔術がかかっているが、同じくらい強力な反-防御魔術をかけて一瞬でも無効化出来れば、あとは重力魔術で簡単に押し潰すことが出来そうだ。…………よし。



 ……次の瞬間。「迷宮化の楔」はバリバリと音を立てながらひび割れていき、やがてバラバラに砕け散った。そしてクリスは宙に浮いたままのそれらの破片を、飛び散らないよう丁寧にコントロールしながら地面に落としていった。下手に飛び散らせて、パトリシアたちに怪我をさせてはいけないからだ。


 クリスは全ての破片を落とし終わると、今度は大きく両手を広げ、魔術を唱え始めた。


(何をしておるんじゃ? クリス)


「採掘場全体に、結界を張ってるんです。「迷宮化の楔」を設置した犯人……正確には、「迷宮化の楔」に防御魔術をかけた術者に、再び戻って来られないように」


(ほう……あれだけの短時間で、術者の情報まで分析していたのじゃな。…………それにしてもお主は、用心深い事をするのう)


「ええ。……パトリシアの望みは、出来るだけ叶えてあげたいですから」


 しばらくして彼は結界を張り終えると、再び聖剣の影の中へと戻っていったのだった。


(……クリスよ。相変わらずの魔導操作技術じゃのう……お主のように優秀な魔術師が、村の少年Aとして正体を隠していた事実が信じられんわい)


(いえ、そもそも……正体を明かさないのが普通なんです。闇魔術師僕らにとっては)


(それは…………何とも、損な役回りじゃな、クリス)


(そんな事ないですよ……俺は、幼馴染が勇者として着実に成長していく姿を間近で見られて、何だか誇らしい気分になれて……それだけで、幸せですから)


(……………………)


(……聖剣さん?)


(……いや、何でもない。さて、そろそろ彼らを目覚めさせるとしようかの)



 * * *



 寝息を立てるパトリシアの手元に置かれた聖剣が、強い光を放ち始めた。すると彼女のまぶたがピクピクと動き始め、ゆっくりと目を開いた。


「う……ううん……」


 彼女は身体を起こすと、周囲をキョロキョロと見回し、寝ぼけまなこをこすりながらつぶやいた。


「あれ……? 私、どうしてたんだっけ……確か、ダンジョンの奥深くまで潜って行って……」


 アレックスとマリアもほぼ同時に目を覚まし、同じように辺りを見回していた。


「……おや?」


 ここで、アレックスが気が付いた。先ほどまでそびえ立っていたはずの「迷宮化の楔」が砕け散っている事に。そしてさらにその周囲には、紫色のクリスタル状の破片が大量に散らばっていたのである。


「ど、どうしたんだこれは……!?」


「あらあら、いつの間に……!?」


 驚愕の表情を浮かべるアレックスたち。


 無理もないだろう。なぜなら、「今ここに『迷宮化の楔』を破壊できる者は居ない」はずであったからだ。


 そんな中、ただ一人パトリシアだけは、穏やかな表情で手元の聖剣を見つめていた。


 ――そうか……聖剣さん。…………きっと、私の「再びここで、採掘が出来るようになれば良いな」って願いを、叶えてくれたんですね。…………ありがとうございます。


 聖剣が、まるでパトリシアに微笑み返すかのように、チカチカッと光を放つ。


(勇者パトリシア。…………お主が心から感謝しているという事、お主の幼馴染にも、しかと伝えておくとしよう)


 それを見たパトリシアは……確かに聖剣が何らかの形で関わっていたのではないかという小さな確信を抱いた後、アレックスたちに向かってこう言った。


「アレックスさん、マリアさん。『迷宮化の楔』がどうやって破壊されたか……確かに気になるかもしれませんが、それよりも『ここを再び採掘場として利用する』事について、正式に検討を始めるというのはどうでしょうか」


「……そうだな。国王様に報告した後、前向きに検討するとしよう」


「そうね。私も賛成するわ」



 しかして一行は、既にダンジョンではなくなったこの場所を後にし、王都へと帰還していったのだった。

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