第2話 勇者選別の儀式

 パトリシアたちの乗る馬車は途中、特にトラブルに見舞われることもなく順調に進んでいった。


 そのため、彼女たちは比較的のんびりとした時間を過ごしていたのだった。


 そんな中、ふとパトリシアは隣のマリアに尋ねた。


「あの……マリアさんはどうして、騎士団員になったんですか?」


「あら、気になるかしら?」


「はい。同じ女性なのに凄いなって……」


「あらあら……ご期待に沿えず申し訳ないけど、『騎士の家系に生まれたから』っていう、至極単純な理由なのよ」


「なるほど……それでも、女性でありながら騎士団の副団長にまで上り詰めるなんて……やっぱり尊敬しちゃいます」


 目を輝かせながらそう言うパトリシアを見て、マリアは小さく笑う。


「ふふっ、ありがとう。でもね、私一人の力でここまで来たわけじゃないのよ?」


「そうなんですか?」


「ええ。私の他にも、たくさん仲間がいるわ。その人たちがいてこそ、今の私があるの」


「…………」


 マリアの言葉を聞いてふとパトリシアの頭をよぎったのは、故郷の村に置いてきてしまった幼馴染の彼だった。読書好きで頭が良くて、いつも仲良くしてくれた大切な人。そんな彼のことを想うと、少しだけ心が温かくなったような気がした。


 そんなことを考えていると、不意に馬を操る騎士が声をかけてきた。


「まもなく王都に到着します」


 その言葉を聞いたパトリシアは思わず身を硬くする。いよいよ運命の瞬間が迫ってきたことを感じ取り、緊張が高まるのを感じた。


 そんな彼女の様子を見たマリアが言った。


「……大丈夫? 緊張してるみたいね」


「はい、実は少し……」


 不安げに答えたパトリシアに対して、マリアは優しく微笑む。


「無理もないわね。ここまで来ておいて『実は勇者じゃありませんでした~!』なんてことになったら、面目が立たないものね」


「そ、そうですよね…………」


「あらあらごめんなさい、冗談が過ぎたわね。大丈夫よ、あなたならきっと勇者に選ばれるはずだから」


「えっ……どうしてそう思うんです?」


「『大切な人のために頑張れる人間は、強い』…………って、騎士団に昔から伝わる言葉なんだけどね。パトリシアちゃんを初めて見た時、何故か真っ先にこの言葉を思い出したの」


「…………!」



 予想外の言葉に、パトリシアの顔はほんのりと赤く染まる。


「あらあら、そんなに照れちゃって……いるのね、ご両親の他に……大切な人が」


「います。…………でも、彼は村に残してきました」


 うつむきがちになりながらもそう答えるパトリシアに対し、マリアは静かに微笑みかけながら言った。


「きっと彼もあなたの事を応援しているはずよ。いつの日か胸を張って再会できるようにするためにも……頑張ってきてね」


「…………はいっ!」


 そんなやりとりをしているうちに、ついに王都が見えてきた。


 王都を取り囲む、侵略者を退けるべく堅牢に造られた巨大な防壁。マリアによれば、防壁を構成する煉瓦れんが一つ一つにいにしえの防御魔術が練り込まれており、そのために魔王軍も迂闊うかつには手を出して来ないのだという。


 やがて、馬車は王都への来訪者をチェックするための門へと辿り着いた。


 そこには槍を持った二人の門番がおり、彼らは馬車をあらためつつ言った。


「おかえりなさいませ、アレックス様、マリア様! お勤めご苦労さまです!」


「うむ、出迎えご苦労だ。早速だが通らせてもらうぞ」


「はっ! どうぞお通りください!」


 門番たちの敬礼を受けつつ、馬車は開かれた大門を通過し、遂に王都の中へと入っていった。


 それから程なくして、彼らの乗った馬車は、大きな広場のような場所に出た。そこは様々な建物が立ち並び多くの人々で賑わっており、田舎育ちで都会とは無縁の生活を送って来たパトリシアにとっては、見るもの全てが新鮮で刺激的に映ったのだった。


 ――ここが王都……想像していたよりも、ずっと賑やかな所なのね……!


 王都の街並みにすっかり目を奪われているパトリシアの様子を横目で見つつ、マリアは言った。


「パトリシアちゃん。王都の人々は皆……次なる英雄の到来を心待ちにしているわ。あなたはこれから、多くの人たちの期待を背負っていくことを忘れないでね」


「……はい!」


 力強い返事を受けて、マリアは小さく微笑んだ。


 しばらくして馬車はだんだんと大きな建物に近づき、速度を緩めた。この建物こそが、勇者選別の儀式が行われる大聖堂であった。


 大聖堂の敷地内に入ると同時に、一行は一斉に馬車を降り、地面に降りたつ。そしてそこから大聖堂の入り口まで歩いたところで、改めて先頭の騎士団長アレックスが声を上げた。


「勇者候補、パトリシア殿のご到着です!」


 その言葉を聞き、大聖堂の扉がゆっくりと開かれる。中から姿を現したのは、白い装束に身を包んだ老人だった。彼は穏やかな笑顔を浮かべたまま、パトリシアの方に歩み寄ると口を開いた。


「ようこそおいでくださいました。私は大神官のヨセフと申します」


 そう言いながら深々と頭を下げる彼に続いて、パトリシアも頭を下げた。


「はじめまして。 私は勇者候補として呼ばれて来た、パトリシア・ハーバートと申します。よろしくお願いします」


「ふむ……あなたが。なるほどなるほど。あなたが来てくれたこと、心から嬉しく思いますよ」


 そう言って優しく微笑みかける大神官に、パトリシアも微笑み返す。温かな歓迎に、彼女は少しばかりリラックス出来たようだった。


 そんな折、おもむろにヨセフが口を開く。


「それでは早速……『勇者選別の儀式』を始めることと致しましょう。さあパトリシア殿、お進みくだされ」


 そう促されたパトリシアは、一礼の後、アレックスの先導に従ってゆっくりと歩みを進めた。



 * * *



 一方その頃クリスは、闇魔術「影隠れ」でアレックスの影に潜みながら一行と共に移動していた。


 影に潜っている間も、魔導の力で周囲の状況を把握することは可能である。


 パトリシアたちが歩く大聖堂内は、格調高い彫刻や色鮮やかなステンドグラスなどの装飾が施されており、荘厳な雰囲気をかもし出していた。


 村から出なければ、一生目にすることは無かったであろう景色を前に、クリスの心は高揚していた。だが同時に、自分がこの神聖な場所にこっそりと忍び込んでいる事に対する若干の罪悪感にさいなまれてもいた。


 そんな気持ちを少しでも紛らわせようと、彼は頭の中でぼんやりと考える。



 ――普通に考えたら……特に剣術の鍛錬を積んだわけでもない、ただの村娘であるパトリシアが勇者に選ばれるはずがない。それに、仮に勇者に選ばれたとしても……戦力としては元々騎士である人たちの方が上なんじゃないか? パトリシアは、大丈夫なんだろうか……。



 しかしふと、クリスはパトリシアが口にした言葉を思い出す。



 ――(もし勇者として『たくさんの人に希望を与えられるような存在』になれるとしたら、こんなに誇らしいことはないと思うの)



 ――そうだよな。剣術の腕が優れてるかどうかじゃない。……パトリシアは、勇者になろうとする心意気を間違いなく持っているんだ。そんな彼女を俺は、幼馴染として誇らしく思う。だったら俺も、俺に出来る限りのことをやるだけだ。



 * * *



 一行は、儀式を行う大広間に到着した。そこは広く厳粛な雰囲気に包まれており、神聖な空気に満ち溢れているように感じられた。


 中心部にある台座の上には、聖剣が突き刺さっている。かつて勇者と呼ばれた者が引き抜いたとされる伝説の剣だ。


 そしてその最奥に座しているのが今回の儀式における主賓である国王であり、彼の傍らに佇む女性が王妃であることがうかがえた。


 彼らが待つ部屋の入口まで辿り着いたところで、騎士団長アレックスが立ち止まった。そして振り返って言った。



「ではこれより、大神官ヨセフ様による『勇者選別の儀式』を始めさせていただきます」


 そう言うとアレックスは数歩後ろに下がり、入れ替わるようにして大神官ヨセフが進み出た。そしてゆっくりと、おごそかな表情で話し始めた。


「さあ、パトリシア殿。聖剣の柄に触れ……『聖なる選別』を受けるのです」


「分かりました」


 パトリシアはそう言って頷くと、聖剣に向かって歩き出す。彼女が床に敷かれた赤い絨毯じゅうたんの上を歩むごとに、その足音だけが静かに響き渡った。


 やがて彼女は聖剣の前に立つと、両手で静かに聖剣に触れ、目を閉じて集中する。周囲の人々は、固唾かたずを飲んでその様子を見つめるのであった。



 * * *



 ちょうどその頃クリスは、アレックスの影の中からこっそりとバレぬように、聖剣に対し神経を集中させている所だった。


「聖剣が持ち主を選ぶ」詳細なメカニズムなど、クリスには知る由もない。……しかし、クリスの予想通りであれば、「聖剣と対話が出来る」はずなのである。そう考えたからこその行動だった。


 しばらくして、クリスの頭の中に声が響く。



(…………なんじ、何者ぞ?)



 ――よし、上手くいったぞ……魔導言語による、聖剣との対話だ。



(はじめまして。俺はクリス・ブラッドワースと言います)



 クリスは、聖剣に対する応答を魔導の波に乗せて発信する。魔導の素質を持たない普通の人間ならば決して受け取ることが出来ないが、相手は伝説の武器であるため、それを行える可能性があったのである。そしてどうやらクリスの思惑通りの結果になったようだ。


 パトリシアが今その手に掴んでいる聖剣は、魔導武器……武器でありながら、その身に宿やどした魔導の力により自らの意思を持ち得る存在だったということだ。



 クリスが魔導武器と対峙するのは生まれて初めての事だったが、臆せず対話を試みようとしている。



(ふむ。クリスとやら、お主…………)


(はい?)


(このむすめに、惚れておるな)



 クリスは、拍子抜けしてひっくり返りそうになった。まさかそんな言葉を投げかけられるとは思ってもいなかったからだ。



(え!? いや……それはその……確かにそうですけど……)


(よいよい、人間と言う存在はわしからすれば、非常に短い生涯を生きる儚い生物でしかないからのう。その中でつがいとなる相手を大切に想うというのは至極当然な事じゃて)


(なるほど…………)



 さすがは聖剣だ。おそらく、クリスが生まれるずっと前からこの世に存在していて、数多あまたの人間という生き物のことを見てきたのだろう。だからこそ、人間の感情の機微についても詳しいのかもしれない。



(それにしてもお主は面白い奴じゃのう。わしと難なく対話が出来る、その魔導能力を生かして……自らが勇者になる選択肢もあったじゃろうに)


(ありえないですよ。……闇魔術を使って戦う勇者なんて、誰が歓迎するというんですか)


(ほう……お主、影に潜っているのは闇魔術のたぐいなのか)


(ええまあ……そういうわけなんです)


(では、お主がこの男……騎士団長の影に潜っている理由は何だ? お主がホの字……もとい、想っている女子おなごの影に潜った方が精神衛生的な意味で幸福なのではないか?)


 なんて事を言い出すんだこの聖剣は…………と一瞬思うクリスであったが、言われてみれば確かにその通りであるような気がしたので、しばらく何も言い返せなかった。


(いや…………パトリシアの影に潜る、ってのはまるで彼女をストーカーしてるみたいな気分になりますので……)


(??? ストーカーしてるみたい……ではなく、実際にはるばる追いかけて来たのではないか? お主もこの娘も、王都の人間ではないようじゃからな)


(…………すみません、おっしゃる通りです)


(……ようやく、本題に入れそうじゃな。お主は、この娘が実際に聖剣この儂に選ばれて勇者となれるかどうか、心配でここまで来たのであろう?)


(はい、それはその通りです)


(ふむ…………勇者の最大の役目は、魔王を倒す事。逆に言えば、どう頑張っても魔王に対し勝ち目のない人間は、勇者になるべきではないということじゃな)


(はい。……ですから、ただの村娘でしかないパトリシアが勇者になる事が本当に正しいのかどうか……俺には分からないんです)



 クリスは聖剣にそう伝えると、ため息をついた。そんなクリスの言葉を受けて、聖剣はこう言葉を返した。



わしが提示できる選択肢は二つじゃ。一つは、「ただの村娘」でしかない今の彼女には、とても魔王と張り合える実力など無いので……勇者とは認めず、お引き取り願うという選択肢)



 クリスは、ゴクリと唾を飲み込んだ。



(もう一つは…………お主じゃ。わざわざわしが鎮座する大聖堂まで彼女を追いかけてきた、お主の存在が前提となる話なんじゃが)


(と、言うと……?)


(うむ。お主は、わしと双方向での魔導言語による対話を、難なく行えているが……お主ほどの高度な魔導能力を持った魔術師は、なかなか居ない。よって、お主のような実力のある魔術師が常にサポートに付く前提であれば、彼女は少なくとも「ただの村娘」ではなくなり……魔王と張り合える「可能性」が生まれる。そこに賭けるかどうかが、二つ目の選択肢じゃ)


(なるほど、あくまで可能性ですか……。つまり、パトリシアの命が危険に晒される恐れがある)


(それは、彼女が勇者として戦いに行くのであれば、当然の話じゃな。もっとも、その点について彼女はすでに折り込み済みであろうよ)


(ああ、そうですね……)


 ――言われてみれば確かに、パトリシアは既に覚悟を決めているだろう。…………それに、考えてもみろ、今さら「勇者じゃありませんでした」なんて事になったら、パトリシアに大恥をかかせてしまう。大切な幼馴染を……そんな目には遭わせたくない。だからもう、リスクは承知の上で……こちらの選択肢を選ばざるを得ない。



(決めました。勇者としての役目を果たそうとするパトリシアを、俺が精いっぱい支えます)


(……ふむ。念のため言っておくが、これから先、多くの困難に立ち向かわねばならぬ勇者を支える者として、お主もそれ相応の気概が必要じゃ。……本当に、それで良いのかの?)


(……はい!)


(よろしい。かつてお主が言い放った「この娘は加護を受けている」という言葉を、お主自身の手で現実のものにするのじゃぞ)


(なっ……!?)


(それでは、彼女を精いっぱい支えるという、お主の言葉に嘘偽りが無いことを信じるとするかのう)



 聖剣はクリスにそう伝えると、眩い光を放ち始めたのだった。



 * * *



 パトリシアが聖剣を握って数分経つが、今のところ何も変化は訪れない。ただじっと剣の柄を握っているだけである。


 周りの人にとっては、それがどれくらいの時間だったのかはよく分からなかっただろうが、当のパトリシアにとってみれば、随分と長い時間のように感じられたことであろう。


 やがて聖剣を握る彼女の手に汗がにじみ始める中、周囲の人々にもその緊張感が伝播でんぱし始める。


 そんな中、ついにその時が訪れた。パトリシアの持つ剣から眩い光が放たれ始め、一同はその輝きに目を覆ったのだ。


 そして次の瞬間には光は収まり、彼女は見事に聖剣を引き抜いていた。


 パトリシアが、正式に勇者として認められた瞬間だった。


「おお……!」


「やったぞ!」


「やはり、パトリシア殿が勇者だったのだ!!」


 周囲から歓声が上がると共に、祝福の言葉が飛び交う。国王も王妃も騎士たちも、その場に居合わせた誰もが、新たな英雄が到来した喜びに満ち溢れていた。



 だが一方でクリスは今になって、これから数々の苦難が待ち受けているであろう幼馴染の行く末を想い、複雑な心境になっていた。……そもそも、自分が彼女をこの状況に引き込んだのだから。



 しかしながら、パトリシアの表情がどこかスッキリとした晴れ晴れしいものになっていることに気付き、ひとまず胸をなでおろしたのだった。

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