03 1度目のループ(2)

***


 蘇った記憶は2つある。


 1つ目はこの世界の皇太子妃として殺された記憶。子供達も巻き添えにされた。訳の分からない謎の煙で殺された。私は、このことが断じて許せない。自分が殺されても許せないのに、子供たちまで失ったら、どうしても許せない。末代まで呪う以上に許せない。寝首をかくまでして、相手を殺る覚悟が生まれても仕方ない。


 2つ目は、別の世界の、おそらく私が皇太子妃の人生を歩む前の前世の記憶だ。フルタイム勤務で、2つの保育園に子供を預けるワーママの記憶だ。おそらく今の私は転生している。


 私は時代として遥か未来に生きた前世の記憶を保ちながら、今世で皇太子妃として殺された身。


 今は死に戻りを果たして2年前にまき戻っている状態だ。やり直しが可能だが、誰が犯人でどう死を回避すべきか分からない。


 異世界スキルで言えば、「やり直し」スキルの付与ということか。冗談を言っている場合ではない。子供たちの命もかかっている。

 

 つまりは私は両方の時代の知識を有しながら、敵と戦えるとも言える。

 

 私は冷静にこれらのことを頭の中で判断した。

 せいいっぱいの何気さを装って、黒髪のダンディなクイーンズマディーノモベリー伯爵にお引き取り願う旨を告げた。


「せっかくですが、お断りいたしますわ。今日は秋の舞踏会のドレスの最終仕上げでとても忙しいのです。それに今週は来週に控えております隣国のザックリードハルトからの来賓の準備に追われておりますのよ。私は子供達を乳母任せにはできないたちでして、大変申し訳ございません。ウィルはまだ幼いですが我が国の未来の国王になります。挨拶の練習もしなければなりませんし、下の双子たちもやんちゃでして。ごめんなさいね」


 私はそれだけ言うと、メイドに合図を送った。お引き取りをしていただく合図だ。


「公爵がおかえりになります」


 私は冷たい響きを滲ませてメイドに告げた。


「なっ皇太子妃様?突然何をっ?」


 ダンディーなクイーンズマディーノモベリー公爵は、慌てふためいた様子で私に異議を唱えようとしたが、私は未来のヴィジョンを知ってしまったのだ。誰かが私たちを殺した。その犯人の第一容疑者は、クイーンズマディーノモベリー公爵の姪であるパトリシアか、クイーンズマディーノモベリー公爵本人かもしれないのだ。


 ――あなたは私と私の可愛い子供3人を死に追いやった可能性があるからには、私はあなたと親しくはできないわ。



 私は誰に助けを求めるか、決めた。

 クイーンズマディーノモベリー公爵と犬猿の仲ということで有名だったドヴォラリティー伯爵に私は助けを求めるべきだ。


 今の私がどういう立ち位置なのか、転生してさらに死に戻った私は、はっきりと分かる。


 私の夫は皇太子。

 5年前にパトリシアという婚約者から、皇太子を奪った女が私。私は皇太子妃の地位を築き、可能な限り、民に富を還元しようとした。それは確かに色々な高位貴族を怒らせたかもしれない。


 愛人になるという約束を果たそうとした挙句、仕掛けた側も予想もつかないことにどういう運命のイタズラか、皇太子妃の座を射止めてしまった令嬢が私だ。


 そう、あの時、ブレッチダービー公爵、ヒュームデヴォン伯爵に身染められた没落令嬢だ。私は悪役令嬢側の立場。善良で真面目なパトリシアという令嬢から、皇太子を奪って突然婚約破棄させた。


 貧しかった私は彼らの策略に加担して、我が一族の完全な没落を防いだ。一族の完全な没落を防ぐための選択だったとはいえ、思いもかけない最高な位置まで上り詰めた私は、誰かの逆鱗に触れた可能性はある。


 計画外過ぎることが起きていた。私は愛人どころか18歳で皇太子妃となり、子供を3人設けた。しかも男子3人だ。


 世継ぎ、世継ぎ候補1、世継ぎ候補2、つまり世継ぎとなり得る直系男子3人をあれよあれよという間にもうけてしまった23歳が私。第2子が双子だったのだ。




 今でもマルキューノ博士が私の柔らかい肌を触った時の屈辱は忘れられない。


 私にだって罪がある。そのために、婚約破棄された令嬢パトリシアが仕返しに皇太子を奪ったとしても、私は文句を言うつもりはない。

 でも命まで差し出すつもりは毛頭ない。



 これから2年の間に私の夫は、元婚約者パトリシアによって奪われる。皇太子妃の私は夫である皇太子から離縁を突きつけられ、3人の幼な子を抱えて王家から追い出される。そして、命を失った。


 子供たちの命を救う方法は何か?

 死に戻った私は必死に考えた。いちかばちかで、ドヴォラリティー伯爵に助けを求めてみよう。彼が助けてくれるとなったら、その時に彼の真意や動機を確認すれば良い。今は疑わしい点をドヴォラリティー伯爵と、後から一緒に確認すれば良いと思えた。


 私は最後まで私をかばってくれた人たちを記憶している。メイドの中でも年配のヤスカと若いリリアンの2は、私たち親子を守ろうと必死になってくれた人たちだ。


「ヤスカとリリアンを呼んでくれるかしら?」


 私はすぐそばにいたメイドのジェーンに頼んだ。ジェーンは敵側に寝返ったメイドの一人に思える。警戒を怠らず、決して信用ならない。しかし、私が真実を悟ったことを彼女に悟られてはならない。あくまで穏やかな何気ない雰囲気でお願いした。






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