01 二度目のループ

 こんなのだめだ。

 あの子達の居場所がなくなるなんて、絶対にいやだ。だめだ。

 

 見上げると、上からどんどん雪が降ってくる。寒さで震えながら、私は仰向けに横たわっていた。

 

「だめっ!嫌っ」

 

 拳で地面を叩く。

 雪に覆われた地面を。

 私は泣き崩れた。でも、すぐに歯を食いしばって考え始めた。


 ここで私が死ぬわけにはいかない。

 雪に覆われた大地からよろよろと起き上がった。


 今は一体いつなのか?

 

 私の記憶が正しければ、これは私がただの没落令嬢だった時代の5年前の雪の日だ。私は転んで、雪の上でこんなふうに転んだ日のことを思い出した。


 2度目のループは5年も前に戻っている?



 私の目の前には茶色い壁の大きな館が見える。雪の帽子を被ったそのお屋敷は、ドヴォラリティー伯爵の屋敷だ。5年前のあの日、私はここで転んで、雪の中でひっくり返った。間もなく、馬車で私を助けてくれる人が通りかかる。


 でも、その馬車に乗ってはダメだ。


 私は必死でドヴォラリティー伯爵の門を叩いた。心臓の音が早鐘のように聞こえる。


 彼らに遭遇する前に、頭を整理したい。

 作戦を練りたい。



 私の子供達を返して欲しい。子供達が生まれる前までループするなんて、思いもしなかった。


 もう一度愛する子供に会うためには、夫に再会するしかない。


 私を冷たく見据えて私を捨てたあの男に。


 もう一度夫を愛するなんてできそうもなかった。


 失敗したのだ。

 私は死んだのだから。

 子供達も私も死んで時を戻ったのだから。





 

***

 私は必死で門を叩いたドヴォラリティー伯爵家に運よく迎え入れられて、暖かい暖炉の前に座り込んでいた。


 ドヴォラリティー伯爵家の当主は若いリーヴァイという青年だ。年齢は24歳ぐらいだろうか。



「何がだめなの?」


 リーヴァイは私に聞いた。

 私は目の前にいる優しい瞳をしたドヴォラリティー伯爵を見つめた。彼は私に温かいお茶の入ったカップを差し出して、私は煌々と燃える暖炉の前で毛布をかぶって震えていた。


 雪で濡れてしまった私のドレスはすぐそばで乾かしてある。


 私はカップを受け取って、一口飲んだ。温かいお茶が冷えた体に染み渡る。


「あの子達に会えない未来を選択できないという意味よ。死に戻ったのなら、もう一度会えるようにしなければならないわ」

 

 私は震える声で話し続けた。


「もう一度夫と結ばれなければ、あの子達の居場所がなくなるの。もう一度あの夫と再会しなくちゃ、だめなのよ」


 私が涙声で必死で話す言葉は、ドヴォラリティー伯爵にはまるで意味が分からないだろう。私は彼の豊かな茶色い髪の毛と、穏やかで理知的な輝きを宿すブラウンの瞳を見つめた。


 彼に全てを打ち明ける訳にはいかない。打ち明けたら、彼は私の事を完全にクレイジーな人だと思うだろう。


 私は転生者だ。子供達3人もだ。私がここまで死に戻ってしまえば、あの子たちがの世界から来れなくなる。この意味が分かるのは私一人だ。


 私が転生者であることは、彼には理解できないだろう。5年前の過去に戻ったという話だけでも眉唾ものなのに。



「落ち着いて」



 彼は私の両肩に手を置いた。お茶の入ったカップを手に床に座り込んで涙を流す私に、彼は真剣な表情で言った。


「君は未来を見たというのか?いや、君は未来を経験したんだね?」


 彼はなんとか私の話を受け止めようとしてくれている。ありがたいことに。


 私は小さくうなずいた。


「未来で君は皇太子妃になって、子供が生まれたんだね?」


「そうよ。私には3人の子供がいたわ」

「一体、何があった?」


「夫であるアンドレア皇太子はパトリシアを愛してしまい、私には愛がなくなったと、子供と一緒に私は捨てられたの。その後、子供達と私はあなたに助けを求めに行く途中で、命を失った。何かが馬車にぶつかってきて、煙が車内に充満した。馬車の外に出ようとしたけれど、扉が開かなくて出れなかった。子供たちが次々に意識を失ったわ。そして気づいたら、あなたの屋敷の前に私一人でひっくり返っていたのよ。5年前のあの日と同じように」



 私は5年前に戻ってきていた。


 5年前。

 つまり私が結婚する前だ。

 その頃、私はただの没落令嬢だ。

 5年前の何者でもない自分に戻っていた。


「もう一度やり直すしかないわ」


 私は震える声でドヴォラリティー伯爵に言った。


 私はもう一度やり直す。

 同じ人と結婚をして、子供を3人産む。

 もう一度、絶対にあの子たちに会うのだ。


 私の宝物に会うのだ。


 そして、あの子達を今度こそ守るのだ。

 私の力で必ずあの子たちの未来を変えよう。


 そうだ。私は覚悟を決めなければならない。私は子を3人もなした男性ともう一度恋に落ちなければならない。


 普通の感覚なら無理だ。


 私の夫であった皇太子が、子供3人を連れた私に別れを告げた時の冷たい顔を思い出す。愛がなくなったから別れると言われた。宮殿から出ていくように言われた。


 皇太子は美しい男だ。褐色の髪をかきあげて、特徴的なグレーのようなブルーのようなグリーンの瞳に果てしない色気を漂わせ、私を見つめる皇太子を思い浮かべた。


 普通なら無理でも、あの皇太子なら私は自分の本音に蓋をして再チャレンジできるかもしれない。お腹の出た得体のしれないおじさんと18歳でやり直すわけではない。若くてスラリとして、美しいとも言える男性とやり直すのだから。私が18歳に戻ったのならば、アンドレア皇太子も5歳若いのだから。


 あの美しい男となら、自分の心を偽ってでもやり直せるかもしれない。もう一度、未来で自分を振った男を、何も知らないふりをして私の方に振り向かせるのだ。

 

 5年前に私たちは恋に落ちて、5年前に戻った今、私はもう一度夫と恋に落ちて見せよう。


 私は18歳のジェニファー・メッツロイトン。

 一度は皇太子妃にまでなったが、23歳で3人の子供もろとも命を失って5年前に死に戻った。


 未来を知ることを盾にして、もう一度夫を振り向かせる無理目な恋を仕掛けるのだ。


 これからもう一度。


 二度目の恋は1000%しんどいものだ。

 相手が未来で私を捨てると知っているのだから。

 何かを変える事ができるだろうか。



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